とある記録 40
「最後にこの小屋に新しい魔法陣を追加して…」
「おやぁ?詳しくは聞かないけど、そろそろ本命の魔法が完成したのかなぁ?」
「そうだね…うん、これできっと、大丈夫!」
ソフィの魔法によってチトの過去の記録を見て新たな決意を固めたXXXがとある魔法陣を作り始めてから早一カ月、ついに完成したらしい魔法陣をチトが頻繁に出入りする書斎の相変わらず積み重ねられた本たちを掻き分けてひっそり描き込んだXXXは、ソフィのゆるやかな問いかけにへらりと笑って答えた。繊細な魔力操作によって発動寸前の状態に調整された魔法陣は、ソフィであっても意識しなければ気付かない完璧な隠蔽が施されている。他の魔導書たちに押しつぶされる様に部屋の中へと溶け込んでいった魔法陣の詳細を見る事を、ソフィは自らの意志で大きく首を振って意識から外した。ソフィがXXXに出来る、せめてもの世界に対する裏切り行為である。
「…特別に、見逃してあげるねぇ。但し、ボクと君以外の誰かが一連の魔法の存在に気付いた時点でそこまで、速攻で禁忌指定と解除に動くからそれだけは忘れないでねぇ?」
「分かってる、譲歩してくれて本当にありがとう。でも…その第一発見者はチト君ではなれないかな。ソフィ君は当然情報を与える事はしないだろうし、そうだなぁ…この小屋に新たな風が吹かない限りは、永遠に在り続けると思う!」
「新しい風?こんな目隠しだらけの小屋に干渉できる存在なんて、この世界にそういないと思うんだけどぉ…。一体何を想定して創られた魔法陣なんだろうねぇ?」
「んふふ、なんだろうねぇ?」
XXXの比喩を用いた発言に素直に首を傾げるソフィの様子を悪戯っ子の様に笑いながしたXXXは、ほんの僅かに重力操作魔法で家具を動かして魔法陣の存在を完全に隠してしまった。これで、片付けの際に偶然見つかる、なんて可能性もなくなった。そのまま服の裾に付いた砂埃を軽く払って立ち上がったXXXは、どこか名残惜しそうに、それでも書斎の扉を自らの手で閉ざした。記録を見た日から一度も閉ざされなかった書斎の扉が閉まる事、それはXXXの心残りに対する処理が完了したことを指し示していて。
「……もう、行っちゃうの?」
「うん。最初からチト君が帰ってくる前に出発しようって決めてたからね。私、チト君にあの母親を見る様な瞳で縋られると、思わずなんでも許しちゃいそうになるんだ」
「母親?…記録の中のエトちゃんを見る限り、あの子が君に向けた瞳とは全く異なるものの様に見えたけどぉ?」
「うーん、チト君のお母さんはちょっと参考にならないかもね。もっと純粋で、本能的な感じかな?チト君が私に見せつけてくるのは、離れがたい絶対的な保護者に信頼を押し付ける…ちょっとだけ理不尽なものなんだ。でも、私はそれを拒めない。どうしたって私は、チト君の事が大好きだから。だからこそね、引き留められる前に私はキーフへ役目を果たしに戻るの」
ソフィの問いかけに困ったように苦笑を零したXXXは、自分自身も言葉を探す様に丁寧な説明を並べた。それでもソフィが理解する事は出来なかったが、少なくともチトが彼自身の母親に向けているものと、XXXへ向けているものとでは決定的な何かが異なっている事くらいは納得できた。今もチトの姿を思い浮かべているのだろう、迷いながらもほんのり頬を赤く染めたXXXは、どこか気恥ずかしそうにはにかんで、それからその表情を真剣なものへと変化させた。役目を果たす、その言葉の裏に隠された真意に気付けない程、ソフィは言葉遊びに弱いエルフではなかった。
「役目を果たす、ねぇ。…それじゃあまるで、」
何故その言葉を続けようと思ったのか、ソフィ自身にも分からなかった。けれども、言えば何かが変わる発言だったと、確かに思う。それはXXXにとって正解に近しい言葉だったらしく、続く結論を紡ごうとしたソフィの唇は、XXXの人差し指によって防がれた。ソフィが持つ者とは違い、人間の女性らしい細くて頼りない、少し握れば折れてしまいそうな指。そう言えば目の前の彼女は人間で、少女である。何故だかそれを思い出させられたソフィが思わず目を瞬けば、それをくすりと笑ったXXXはその場で片足を軸に一回転すると祈りの姿勢を取ってじっとソフィを見上げた。それは、普段の仲間ではなく、最古の生命体として世界に君臨するソフィに向けた、懺悔の始まりのように思えるものだ。
「…ソフィ君は、止めないでね。約束も忘れたらダメ、貴方が約束を破るとは思ってないけど…でも、本当は少しだけ、怖いの。いつか私も、チト君にとってのご両親みたいな過去の記録として処理される様になるのかなって思うと、それは…寂しいことだから」
瞳を閉じて僅かに震えた肩を隠しもせず紡がれていく言葉たちを前に、ソフィは決して口を挟まなかった。それは、今のXXXの振る舞いがソフィを神のように崇める他のエルフ達や、世界樹に祈りを捧げている際の祝詞と等しいように感じたからだった。言葉を挟んではいけないと、返事を望んでいる訳ではないのだと、ソフィは漠然とそう感じていた。
「拝啓、いつかチト君の元へ現れるだろう新しい風のあなたへ。どうか、どうか…っ私の代わりに、チト君の呪いを解く方法を見つけてね。私は噓つきだから、約束を破る事になる。それでもせめて、私が辿り着けた”ヒント”だけは、こうして必ず世界に残しておくから。大丈夫、あなたもチト君と同じ時間を過ごせば、きっと大好きになれるよ!」
XXXを中心に柔らかく穏やかな魔力が風に乗って溢れ出した。何処からか現れた花弁たちは気流に乗って舞い上がり、部屋中へと広がっていく。普段と変わらない小屋の中である筈が、その瞬間だけはまるで御伽噺の一項目であるかのように錯覚してしまう、それ程の幻想的な光景が広がっていた。
「———”約束”だよ!」
刹那、たった一瞬で吹き込んだ強風が小屋中を突き抜けた。床や壁、家具へと触れた花弁たちは光の粒子となって消えていく。それは、XXXが小屋全体に向けて祈りを込めてかけた、最後の魔法。いつか芽吹く、新たな風に向けた壮大な手紙の始まりと終幕を意味するものだ。最後まで残った僅かな蒼い花弁は、吸い込まれる様に物置と化している一室へ入り込む。そして、今はもう使わなくなって旅が終わってから物置へ押し込んだそれに向けて飛び、以前使っていた杖の柄の部分に触れると同じように粒子となって消えた。
「それじゃあ、”いってきます”!」
「ぁ…、…うん、”いってらっしゃい”XXXちゃん。この小屋でいつでも待ってるからねぇ」
「…ふふ、ありがとう。……さようなら」
咄嗟に零れたソフィらしからぬ人間染みた一言。それに僅かに目を見開いて、それから心底嬉しそうに笑ったXXXは決して振り返る事無く、ソフィに、今はトートに居るだろうチトに、そして長い時間XXXを閉じ込めた牢獄を形作る存在に、小屋自体に、別れを告げて歩き出した。
XXXが目指す先は、キーフである。
―――記録対象物体と魔法発動者が一定の距離を外れ、魔力供給が中断された事を確認。よって、以降の記録は中断される。新たな魔力供給者を求め、魔法陣は休息段階に移行。
魔法の効果が切れる。
もう、過去の記録が現れる事はないだろう。
☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。




