80話 進展≠後退
「言った通り人質を留めておけたらしいなぁガキ共、お前らも多少は使えるじゃねぇか!……おい人質共、交渉の時間だ。ついて来い!」
「っあの、」
「しー、大丈夫やで。ウチもチト君も、めっちゃ強いから!」
「おいお前ら何をしている、早く動け!!」
荒々しく乗り込んできた襲撃者達は、確実に子供達を見下すような笑みを浮かべた後直ぐに動き出した。相手には見えない様にひっそりと、不安そうに服の裾を引く少女の手をそっと放して微笑んだ葵は、次いで襲撃者に向けてこの場所に連れ込まれた時ど同様の不安でいっぱいですと言わんばかりのか弱い表情を浮かべて、少し先で心配そうに振り返るチトに駆け寄った。対するチトも困ったように葵を受け止めて、二人そろって襲撃者に続いて教会を離れる。小さく振り返ったチトに手を振られた子供たちは、その余裕そうな表情を見てようやく二人が本当に問題ない事を理解したのかこわばった表情を少しだけ緩めていた。
―――
「———ここだ、余計な行動は起こすなよ」
辿り着いたのは、オーフの訪問中に一度近くを通りすがって説明を受けた高い塔の最上階だった。冗談抜きで体力の限界と戦いながら必死で階段を登り続け、ようやく辿り着いたその場所から見える景色は本当に素晴らしく、重力操作魔法でここに辿り着いていたならば純粋に景色を楽しめたのだろうかと葵は場違いな事を考えていた。実際、窓際に近付けば一際目立つこの塔は周囲からも良く見えた。交渉にはもってこいの立地だろう。
常に杖を構えた襲撃者にされるがまま窓際に立たされた二人は、少しして地上付近に複数台の馬車とオーフの兵士たちが集まってくる様子を視認した。このまま人質交換の交渉が行われる予定なのだろう。不意に一際豪華で厳重な警戒がされた馬車から顔を出したヴィルとオルコス、そしてルシエの姿に無意識で身を乗り出した葵は、慌てて襲撃者の様子を確認しつつ不自然にならない程度の声で三人を呼んだ。
「…っ皆!!」
「ん…アオイ!大賢者様も、お怪我はございませんか…!?」
「ルシエ落ち着け、一目見た限り手荒な真似は受けていないようだ」
「でも、」
「今は我慢の時ですよ、ルシエさん。交渉さえ上手く進めば、お二人は解放されるのですから」
「今のところ大丈夫ですよ!安心して下さい!」
「そうか…」
如何にも心配しています、と言った雰囲気を纏ったルシエの演技に思わず白々しいなぁ、と呟きかけた葵はぐっと言葉を呑みこんで純粋無垢な人質ごっこに勤しむ。最後にヴィルが襲撃者達に聞こえない程度の声量で吐いたそうか、の言葉の裏にはそうだろうな、の副音声が重なって見えた気がして、思わず吹き出しそうになったのを必死でこらえた。チトはチトで襲撃者達に見えない様に子供達の演技に対して爆笑するのを必死に我慢しているようで、腹が立った葵はチトの脛をつま先で蹴り上げつつ背後で襲撃者達が完全に油断している状態である事を確認して小さく息を吐いた。油断し過ぎて人質甲斐のない襲撃者である。減点。
そんな事を考えている内に、馬車から数歩踏み出したオルコスが一心に襲撃者の方を見上げて口を開いた。
「皆様方の望みは、聖人交代によって職務を外された者たちへの職の旋回と待遇改善、それから賠償金の支払いと言う認識でよろしかったでしょうか。国家間問題を起こしてまで手に入れた権利を、今後のオーフで満足に利用できるとそう判断なさったのですね?」
それなりに距離がある筈なのに、オルコスの叫んだ訳でもない声は当の最上階に居る葵達にも良く聞き取れた。こういう所が聖女らしいのだろうか、日本で言う所のカリスマ性を感じた葵は心の中で称賛と拍手を送った。そんな葵とは裏腹に、感情の押さえられた淡々とした問いかけと事実の陳列を受け表情を歪めた襲撃者の一人は、喚くように叫ぶ。
「お前たちが悪いんだ!これまで国に貢献してきた俺達貴族をないがしろに死、挙句の果てに貧困街へ落とす計画がある事だってこっちは知ってるんだ!!何が新聖人だ、聖女だ、立場を弁えろ!!」
「…貴方達が職を失うに至った要因は、そもそもの怠慢や立場に相応しくない悪行が確認されたからです。正式な捜査の結果出た結論に新聖人様の意向は一切ありませんし、前提として自業自得ではありませんか?」
「うるせぇ!聖女にもなれなかった女の分際で交渉の舞台に上がったつもりか!!俺達がこの場に要求したのは新聖人だ!!」
「ただでさえ現在の我が国は一部の者が他国の賓客や大賢者を誘拐し人質に仕立て上げるなどと言う愚行を犯し、国際問題を発生させた対応に迫られているのです。今聖人様がやるめきは目下のトートとの国交を悪化させない為の交渉や結果を出す事であり、この場に立つ余裕などどこにもありません!」
やりとりが続くにつれて冷静さを欠いていく襲撃者に対し、どこまでも論理的に感情面を一切捨てて対応を続けるオルコスの表情に嘲りや憐みは何処にもなかった。だからこそ、襲撃者も後に引けなくなってきたのだろう。感情的に起こした暴走を、どこまでも倫理一本で反論されて苛立たない筈がなかった。理論には理論を、感情には感情を。それは対人関係における一種の基本であり、今叫んでいる男はそれだけを信じて生きてきたのだろう。世の中には、オルコスの様に完全に感情を殺して必要な情報だけのやり取りを平気で交わせる所謂選ばれた者が居ることを、知らずに。
「寧ろ、この場にトート国の現第二王子やその正式な護衛でありトート国で非常に名高い主要大魔導貴族のご息女様が居合わせている事実に感謝を述べるべきでしょう。現段階において、彼ら以上に社会的効果が高い存在はありません」
「ルコちゃん、めっちゃかっこええなぁ」
「聖女の仮面被ってれば、頼りになりそうなもんなんだけどなー」
現場は完全にオルコスの独壇場だった。淡々と口撃を続けるオルコスを前に襲撃者達は言葉に詰まるばかりで、いつの間にか碌な反論もできなくなっていた。反論できるだけの要素全てを失ってしまったのだ。場の空気は完全にオルコス一人に呑みこまれており、ひっそりと感想を投げ合う葵とチトは杖を構える襲撃者を横目に雑談を始めていた。
そんな二人の様子など素知らぬ顔で大袈裟に両腕を広げたオルコスは、これまでの冷静さをようやく鋭い目つきに変えて襲撃者達を睨みつけた。
「無駄な抵抗を控え、今すぐ投稿するのであれば多少の減刑における嘆願を考えましょう」
「……っふ、ざけるなぁっ!!俺は、俺達はっ…!!」
嘆願するだけで、それが通るとは言っていない。冷静に話を聞いていれば明らかにおかしい事を言っているのに、完全に錯乱状態に陥った襲撃者達はそれに気付けないまま自分たちが馬鹿にされたのだと間違ってはいない事を思い込んで、虚ろな視線のまま完全に忘れられていた葵達に杖先を向けた。このままオルコスの方へ魔法を放つのではないか、と多少面倒な予想を立てていた葵とチトは、襲撃者が素直に自分たちに魔法を向けてくれるらしい事実に僅かに目を丸くした。賢いのかそうでもないのか、良く分からない連中だ。他の襲撃者達が完全に腰が引けている中で、唯一先程までオルコスに向かって叫んでいた襲撃者だけがめちゃくちゃな魔法陣を組み立てて詠唱を並べていく。
大した反応も見せない二人に気付く事もなく、殺傷能力が高い炎属性の中級魔法が葵に向けて放たれた。
塔の下で魔力を感知したらしい、二人の真相をよく知らない兵たちが慌てているようだが、結果の予想が完全に出来てしまっているオルコス達は呆れた様にため息をつくばかりだった。自分たちに魔法を放っておけば、もう少し延命につながったかもしれないのに。そんな僅かな同情心を抱いてしまったのはここだけの秘密である。
「…なーんか、あっさりやったね」
「折角色々遊んでやろうと思ったんだけどなー」
果たして、葵に向けて放たれた魔法は、当然の様に杖も詠唱もなく完璧に張り出された結界によって弾かれた。魔法使用不可の魔道具を未だ身に着けたままである筈の人質が当然の様に魔法を発動させた現状に完全に脳の処理が追い付かなくなった襲撃者達は、怯えた様にその場に力なく座り込んでしまった。顔を見合わせて肩を竦めた二人は、杖を呼び出して襲撃者達にその先を向ける。適当な魔法陣を浮かべて見せれば、恐怖心が限界に達した襲撃者達は気絶してしまった。退屈そうにため息をついた葵は、気を取り直して笑顔を張り付けたかと思えば、元気いっぱいに塔の柵に捕まり地上へ向けて手を振った。
見下ろせば呆れ顔のヴィルに満足げなルシエ、そしてほっと一息ついた様子のオルコスが笑って手を振り返してくれている。
「制圧完了ー!ルコちゃん、後はよろしくなー?」
「ふぇ!?あ、はいっ!お任せください!」
「どうせそんな事だろうと思ったさ。…さてアオイー、チトー、取りあえず降りてこい!あ、ついでに襲撃者達も引き渡してくれるか?」
「はーい!チト君、この人たちよろしくな?」
「え、お前はどうするんだよ」
「ウチは、こうするのだーーーっ!!」
ヴィルの母親染みた呼びかけに元気よく返事をした葵は、チトの呆れ顔を横目に柵を勢いよく飛び越えた。重力操作魔法も使わずに、風魔法で僅かに速度を落としながら下で満足げな表情を浮かべていたルシエに向かって飛び降りたのである。
「っんにゃ!?ちょ、まっ…!!」
そんな突然の奇行を前に一瞬思考停止の時間を経て我に返ったルシエは、慌てて両手を広げて受け止める体制をとる。魔法を使う、なんて初歩的な発想すら飛び越えた物理的な受け入れ態勢に機嫌を良くした葵は、ルシエと接触する直前にふわりと重力操作魔法で勢いを殺し、触れてから体重を戻す程度の衝撃で迷わずルシエの腕の中に納まった。思いのほか勢いがなかった葵を受け止めたルシエは、数歩蹈鞴を踏みながらもどうにか抱きしめてため息を零す。
「ん、アオイ、危険…」
「ふふーん、ルシエちゃんなら受け止めてくれるって思ったからな!」
「アオイの偶にルシエに見せる絶対的な信頼の根拠は、一体何なの…?」
ゆっくりとその場に座り込んでルシエの膝の上に座り、首に腕を回した葵。そんな様子を迷わず受け止めて軽く引き寄せたルシエの二人による、至近距離での会話を前に暫く眼福の表情で見詰めていたヴィルもようやく我に返ったのか慌てて駆け寄っていく。オルコスはそんな様子を、安心した様な、気の抜けたよな、そんな穏やかな表情で眺めていた。
暫くして、気絶したままの襲撃者達を乱雑に重力操作魔法で浮かせたチトがオルコスの前へとゆっくり降りてきた。
「何がともあれ人質沙汰はこれにて終幕だな。俺達もそれなりに丁重な扱いを終始受けてたし、怪我の一つもない。…ところでオルコス、後で直接確認して欲しい地域がある。時間取れるか?」
「ぁ…はい、問題ありませんよ」
駆け寄ってきた兵士たちに襲撃者達を引き渡しながらもふと真面目な表情を浮かべたチトを前に、気が抜けていた表情を聖女らしいものに戻したオルコスは気合を入れ直す様に拳を握って、しっかりと頷いた。そんな様子に苦笑を零したチトは、それでも彼女に知る責任があるオーフ上層が長らく隠してきた闇の一部を見た時、果たしてどんな反応を示すのだろうかと僅かに考えながらもそれ以上首を挟むことはしなかった。
「それにしてもさっきの交渉、中々やるな。どこまでがソフィの入れ知恵なんだ?」
「…今回は、全てわたくしの独断です。アオイちゃんが早い段階で意図を察して行動してくて、本当に助かりました。残る予定は、トートの上層部にてヴィルさん達が目視した実態を報告して頂くだけです」
「あっそ。まぁ…良かったんじゃねーの?」
「え…、……っ、はいっ!」
チトの何気ない誉め言葉を受けて瞳を輝かせたオルコスは、心の底から嬉しそうに頷いた。そんな今の彼女があの貧困街を見たら、碌なことにならないだろう。全部消す、なんて物騒な結論に至らないといいが…なんて改めて想像しかけた思考は、速攻で放棄されるのだった。
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