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とある記憶 39


「…じゃ、俺はトートに行ってくる。直ぐに帰ってくる予定だし、お前人間の割に強いんだから問題ないと思うけど…ヘマすんなよ。あと、俺の呪いを解く約束も絶対だからな」

「も~チト君それ百回聞いたよ!さっきから私の事子ども扱いし過ぎ!もう分かったから、早く行きなって!」

「あっおい押すなって!あーそれからソフィ、お前も有言実行忘れんなよ!」

「はいはい、もう十三回は同じ事聞いたよぉ。往生際が悪いなぁ、さっさと行って…らっしゃぁい!!」

「どぅわっ!?ちょ、い、いってきまーーーす!!」


「…ふふっ、いってらっしゃーい!」


イロアス達と出会った街を抜けて寄り道なく真っすぐ小屋へと戻った三人は、早速自身の目的の為の行動を開始していた。直ぐに荷物を纏めてトートへ旅立つ事を事前に宣言していたチトは、ニコニコといつもと変わらない満面の笑みを浮かべて緊張感にどこか欠けるXXXを心配しながらも、ソファ越しに重力操作魔法を使ったソフィによって強制的に森の外まで追い出されてしまう。ようやく静かになった小屋の中で、遠くなるチトの姿が見えなくなるまで大きく手を振っていたXXXはゆっくりとその手を下ろして反対の手で握った。


「…あーあ、いっちゃった」

「だねぇ。ボク達も一度席に着こうか。エトちゃんには言えないお話が、あるんでしょう?」


軽く伸びをしてソファから立ち上がったソフィは、自らの提案に一切否定する事もなく素直に頷いて動き出したXXXに肩を竦めた。


「エトちゃんがいないと、XXXちゃんって結構素直だよねぇ」


精一杯背伸びをして笑う少女は、そうするべき相手が居なくなった途端ソフィの前では見た目相応の少女の様に振る舞う事が多々ある。これは、二人になる機会が何度かあった迷宮攻略の際にソフィが気付いたXXXの小さな変化だった。それが意図的なものであるのか、それとも無意識下で行われているものなのかは分からなかったが、敢えて指摘しても一切の反応がない様子を見ればそれが前者である事が伺えた。


無言のまま机を挟んで向かい合って座った二人を、小屋の中に広がる沈黙だけが見詰めていた。何か言葉を探す様に視線をさ迷わせたXXXを前に、先に口を開いたのはソフィだった。


「何かやらかすつもりなんでしょ」


確信を持った問いかけに対して、XXXは反応を示さない。ただ落ち着きなかった動きを止めて、机に敷かれた布の端を見詰めているようだった。無言を肯定と判断したソフィは、変わらず言葉を重ねる。


「恐らくは、生死に触れる可能性が高い何かを君は起こそうとしている。その結論に至ったのは迷宮攻略の最中で、決意を固めたのは例のトート王族の子供達と出会った頃かなぁ?」


矢張り返事は一切ない。それこそが、全ての答えだった。自ら口にしておいて、それが事実であると肯定されてしまったソフィは自分の中に僅かな迷いがある事を自覚した。このまま考察の続きを言葉にして、その全てが肯定されたら。果たして自分は、どう動くのだろうか。折角道中で人間に近付いたのだと言ってもらえた自分が、また無意識に自らその枠を外れる行為をしてしまうのではないだろうか。本人に自覚はなくとも、初めて芽生えたささやかな恐怖心は確かにソフィの言動に作用していた。


「…ねぇ、ボクは君が数多の人間たちとは違う、面白い存在だと認識している。君をボクやエトちゃんと同じ長寿種にしてしまおうだなんて、考えてもいるんだ。初めてボクが興味を抱いた人間…エトちゃんだってもっと長くいられたら喜ぶだろうし、ボクも悪くないって本気で思ってる」


情に訴える、まさに人間らしい言動を、人間から逸脱した発想と共に口にするソフィはどこまでも曖昧で、哀れな存在だった。迷いを含んだ瞳で、けれどもはっきりと積み重なっていく発言の全てはソフィの変化とその限界値を明確に示しているような気がして、ようやくXXXは僅かに力なく微笑んだ。その笑みの意味が分からなかったソフィは、どうしていいのか未だはっきりしないまま言葉を重ねていく。


「ねぇ、寿命の概念を越えられるとしても、君はよろしくない結末に辿り着きかねない行動を起こそうと考えているのかい?」


XXXは、矢張り答えない。表情を動かしても、それが工程や否定を一切含んでいない事は明白だった。何も言葉を返さないXXXを前に得体の知れない苛立ちを思えたソフィは、どうしていいのか分からないまま感情の高ぶりに乗せて制御を外れた魔力が身体から溢れるのにすら気付かずにその表情を険しく変えていく。机や椅子が揺れて、カーテンが暴れる様に舞った。


「君をこの世界に導いた違法な”勇者召喚”の魔法陣。その正しい召還方法は主に二つある。一つは召喚に使用した魔法陣の対となる召還の魔法陣を利用する事。そしてもう一つは……、対象の召喚者がこの世界で大地に還る…いや、死ぬことだ。もし君が後者の選択を迫っているのならば…ボクが納得できるだけの理由を述べてほしいなぁ?」


ソフィの視線は未だ鋭くなっていくばかりで、最早殺気さえ含まれたそれに真正面から当てられ続けたXXXは身体の震えを抑える様に大袈裟な深呼吸をして見せた。その様子からようやく自分の魔力制御が上手くいっていなかった事に気付いたソフィが慌てて魔力を戻せば、苦笑を浮かべたXXXは小さく頷く。息を吸い込んだ音が小屋の中でやけに響き渡り、目の前のソフィはただ続く言葉を一言たりとも漏らさない様に集中していた。


「私は…ううん、”ウチ”はどこにでもいる極普通の女の子なんや。両親が居て、親族も沢山いて、最高峰の教育や経験を与えてくれる環境が合って、安定した生活を送ってきて。決して、ソフィ君やチト君と一緒に居る事が許されるような、認められていいような立派な人間なんかじゃない。ずっと幸せに暮らしてきたんやで?……元の世界で」


肩を竦めて自嘲の笑みを浮かべたXXXは、僅かに目を見開いたソフィの反応を事前に理解していたのか敢えて言葉の隙間を作った。XXXの発言を咀嚼しているらしいソフィはらしくもなく必死な表情を見え隠れさせていて、それが少しだけ嬉しかったのだ。自分でも、このエルフにこんな表情をさせられるんだって、そんな下らない優越感。


「ウチは他の人間と同じように醜い感情や欲望を沢山持っとるし、精神的に強くないし、大噓つきや。自分にさえ…嘘をつかなきゃまともに立ってることすら出来ひん臆病者、それがウチ。…だから、かな。チト君と出会うまでのウチはずっと、死に場所を探してた。元の世界に還る方法なんか知らんかったけど、それでも本気で死のうとしてた。右も左も分からないまま、大義名分すらなく召喚されてしまったキーフの勇者として相応しい死に場所を、ね」


XXXは自らの首に常に掛けられているペンダントを手に取り、その美しい宝石が埋め込まれた蓋を丁寧に開いた。ソフィに見せつける様に写真に僅かに触れれば、そこにはXXXが元の世界…日本の豪勢な和風建築の建物の前で取られた家族写真が埋め込まれている。小さく笑ってその写真を取り出したXXXは、迷わずそれをソフィへと差し出した。丁寧な手つきで写真を受け取ったソフィは、僅かに目を見開きながらも異国の、異世界の文化を前に大きな反応は示さない。


「ソフィ君は、どこまで知っとるん?」

「……そう、だねぇ。君が地球と呼ばれる世界の、日本と称された国の中で生まれ育った女の子だって事くらいかなぁ。ご家族は健在で、魔法や戦争、身分から程遠い環境で育った無垢な子供。キーフの身勝手な召喚で酸いも甘いも知ってしまった、哀れな勇者。君が召喚された際には勿論世界樹に反応が合って、その際に調べているからねぇ。…どうかなぁ?」

「間違ってないよ、全部合ってる。しいて言うなら…ウチがキーフで学んだのは殆どが後悔と憎悪だった事くらいだよ」

「これは失敬、女性相手に気遣いの方向性を誤ったようだねぇ」


ソフィが並べた情報を静かに聞いていたXXXは、余りにも重たかった場の雰囲気を軽くするべくわざとらしく笑った。その考えを理解したソフィも、肩を竦めて片目を閉じて見せたお陰でいくらか空気はマシになる。そうして出来上がった空気感は、XXXが常日頃から得意とする会話を曖昧に、有耶無耶に終わらせようとする際に作りだす悪癖に近しいものだと、ソフィは気付いていた。だから、折角戻そうと動き、敢えて乗った空気は続いたソフィの言葉によってあっけなく散った。


「———でも、それが何だって言うのかなぁ?ボクにとって重要なのは、君の過去や経歴じゃない。ボクは、ボク自身の興味関心に従ってこの永遠とも呼べる生を全力で謳歌しているんだ。その中の一つに、君の存在がある。君は、ボクの興味の一つとして今後も存在して欲しいと思えた。ボクの意思は世界の意志だ。XXXちゃんがボクを納得できるだけの理由を持ち出せないのなら、例え何をしたって君は永遠に死に触れることは出来ないよ」


嗚呼、何ともエルフらしい結論なのだろうか。どこまでも人間を追い求めて、人間に近しい反応を身に着けて、こうして会話に挑んでいるというのに、結局最後に頼るのは己を人外たらしめるエルフとしての、ソフィ自身が持つ権限なのだ。それがなければ目の前の少女一人だって捕まえておけないのだと、本気で思っている。XXXが言葉では動かないと、決めつけている。自分の純粋な言動による限界値を勝手に決めつけてしまっている。矢張り今の自分では足りなかった。まだ目の前のエルフを人間にするには、共に得た経験が足りな過ぎたのだ。ゆっくりと顔を上げたXXXは、困ったように微笑んだ。


「横暴で、傲慢。ソフィ君って、何処までもエルフだよね。流石は最古の生命体、本能的にエルフである前提が植え付けられとるんかな?」

「……、何がいいたいの?」

「簡単な話、結局ソフィ君がウチを人間の括りでしか見られない様に、ウチもソフィ君の事をエルフとしてしか見られないんや。どれだけの肩書を持っていても、どんな時を過ごしてきたとしても…ソフィ君は自らの有り方を捨てられない。…だから、ごめんな?ウチは、今のソフィ君やからこそ理解できる理由をもって、その発言を撤回させてあげる」


無意識下で喧嘩腰の言動を繰り返していたソフィは、対するXXXがどこまでも冷静で、一切の動揺を見せない事実に内心困惑していた。感情の一つ乱さない姿は、まるでXXXの方が普段の己の様だと、そんな事を確かに考えたのだ。ゆっくりと、見せつける様に顔を上げたXXXは、その純粋に煌めく瞳で迷いに揺れるソフィの瞳を射抜いた。有無を言わせない、全ての発言を許さない、そんな感覚を受けたソフィは思わず言葉に詰まって、口を閉ざすしかない。嫌な沈黙が、再び二人の間に流れた。


「……ウチが元の世界に還る事は、世界全体として喜ばしい事なんやろ?魔王軍との戦争が起きていないこの世界で違法な勇者召喚によって現れた勇者は、確実に異分子や。この世界で解決できる問題は、この世界の民自らの手で解決するべきなんやろ?…ね、最古の生命体にして、この世界の調整者様?」


紛れもない、事実だった。言い返す言葉など、何処にもなかった。感情を権能によって揺さぶっていた筈のソフィが、自らが持ち合わせた権能によって封殺されてしまったのだ。普段いくらでも回る舌は一切動かず、碌な反論も見つけられないまま黙り込んだソフィに挑戦的でありながらどこまでも優しい笑みを浮かべたXXXは、返事を促す様に小さく頷いた。考えて、考えて、考えた結果今の自分に可能な反論がない事を悟ったソフィは、無意識に肩にかかっていた力を抜くように椅子の背凭れに体重を預けた。


「…うーん、痛いところを突かれてしまったみたいだねぇ。おめでとう…ボクの負けだよ、XXXちゃん」


ソフィは自らに纏った殻を破る事が出来なかった。否、ヒビの一つや二つであれば入ったのかもしれない。それでも、大々的な変革を迎えることは出来なかったのだ。矢張り、まだ何もかもが足りなかった。薄っすら結末を予期していたXXXは、落胆の表情を浮かべることはせず読めない笑みを浮かべるばかりだ。そんなXXXを前に、普段通りの冷静さを水を得た魚の様に取り戻したソフィは、完璧な笑みを張り付けて口を開いた。


「他の人間より多少長く生きただけの人間である君なら、少しボクが睨めば大人しく従ってくれるんじゃないかって考えていたんだけれど…判断が甘かったみたいだねぇ。でも…猶更君が居なくなることが惜しいと思ったよ、やっぱりやめた、はなしかい?」

「んふ、なしだよ。自分からその問いを”私”に投げかけた時点で、こうなる可能性が一切なかった訳じゃないでしょ?何なら…もーっとソフィ君に意地悪な事、言っちゃう!」

「おやまぁ」


積み上げられた殺気にも等しい空気感は、一瞬にして消え去った。ソフィが人間的に揺らぐ感情を捨て、XXXが本来の彼女らしい弱さを再び隠してしまったからこそ作り上げられたある種のいつも通りの復活である。ぼんやりとした無駄に思考回路ばかりが忙しい雰囲気の中で、悪戯っ子の様に無邪気に笑ったXXXは、嫌な予感を察して視線を勢いよく逸らしたソフィに向けて詰まる事無く言い放った。


「今度は私の番。チト君の呪いを解きたいの。だから…呪いについて…いや、チト君について、もっと教えてくれる?」

「…今度はボクのお気に入りであるエトちゃんまで取り上げようって言うのぉ?XXXちゃんこそ、傲慢が過ぎるんじゃないかなぁ?」

「人間は一生が短い生き物だからね。あれもこれも、手が届く限り全てに触れようと足掻くものなんだよ!また一つ人間について、理解が深まったんじゃない?」

「随分と矛盾しているねぇ。…理解と納得は別問題だよぉ?そんな面倒な特性、到底受け入れられないなぁ」


普段通りの下らない茶番染みたやり取り、その裏側でXXXが無数の思考回路を駆け巡らせている事は明白だった。ソフィはその発言をなかったことにだって、今度こそ脅して押し流す事だって出来るだろう。それでもやらなかったのは、この願い事について話を聞かなければ、話をしてやらねば、後程面倒なことになると…後悔する事になると、なんとなくそう感じたからであった。これまで以上に踏み込んだ会話を拒まれない感触に僅かに驚いた様子のXXXだったが、だからと言って一度持ち出した会話を止める事もなくにこりと乾いた笑みでソフィの回答を求める。


「…はぁ。XXXちゃんがエトちゃん本人より、ボクの口から聞きたいって言うならそう難しい話でもないんだけど…。はっきり言って、解呪は不可能に近いと思うよ?何せ、あのエトちゃん自身が実質諦めたような内容なんだから」

「今の私に対して、チト君が素直に話してくれるとは到底思えない。そんなの待ってたら、私寿命で死んじゃうよ」

「それも、そうかもしれないねぇ…」


ワザとらしく肩を竦めたソフィは、杖を呼び出し片手に握りしめたかと思うと、空中に向けて何かをなぞるような動作を繰り返した。時に横に、時に縦に、そして時に何かを押すような動作に、XXXは確かに見覚えがあった。


「…それって、タッチパネル?」

「おや…そうだねぇ、XXXちゃんの世界なら近しい構造の物は存在しているか。正解だよ、君には目視不可能だろうけど」


こてりと首を傾げたXXXの問いを肯定するように頷いたソフィは、画面から視線を外すことなくふと視界に入ったらしい一つの情報の詳細を開くべく選択の文字を押し込んだ。


「これは世界樹と接続された世界の記録を再生できる機能があるんだよぉ。現世界においてボクにしか見えないもので、ボクが古今東西における全知全能でいられる理由の一端だねぇ。過去未来全ての世界の記録を検索し、必要な場面を取り出すことが出来る優れモノなんだぁ」


何でもない顔で淡々と説明を続けるソフィの手元は、あちこちに指先が動いて忙しそうだ。普段から使っているところなど一度も見た事がない以上、そう頻繁に使われているものでもないのだろう。どこか迷うような手つきに興味を持ったXXXがソフィが操作する空中に手を伸ばしたりと試したものの、何の感触も得ることは出来なかった。目視出来ないだけで、ソフィが敢えて空中を指でなぞっているだけだなんてそんなつまらない冗談は考えていない。実在する世界の機能なのだと既に納得しているXXXは、特に気にした様子もなく机に上半身を預けて頬杖を突いた。


「なんか、この世界って基本ファンタジーっぽいけど、妙に近未来的な部分もあるんだよなぁ…」

「確かに、これは所謂未来技術に当たるものだからねぇ。嘗て崩壊した文明の中で、電子技術に特化した世界があったんだよぉ。これはその名残を流用して、世界樹でも使えるようにしたもの、実用化まで千年以上かかったかなぁ…?あぁ見つけた、この記録を魔法陣に再生させるよう組み込んで…よし。ほら、XXXちゃんご待望の魔法陣完成だよぉ」


白紙を呼び出し杖一振りで魔法陣を描き出したソフィは、そのまま迷うことなく用紙をXXXへと差し出した。受け取りつつもさりげなく内容を解読しようとしたXXXは、魔法陣製作関連に自身があった自分ですら眩暈を起こすような複雑すぎる情報構成に思わず目を見開く。そんな反応は想定済みだったらしいソフィはゆっくりと手を伸ばし、肌が触れるか否かの至近距離で魔法陣を凝視したまま動けないXXXの視界を塞いだ。


「あまり詳しく見ようとすると、魅入られてしまうかもしれないからねぇ。無数の禁忌指定魔法陣と、世界によって封印された禁者達の集合体こそがこの魔法陣の本質。深入りすればするほど、世界に呑まれてしまう。世界樹に取り込まれたくないんだったら、魔法陣を発動させる事だけに集中する方が良いと思うよぉ」


ソフィの忠告の意味を身をもって理解したXXXは、素直にそれを聞き入れ生唾を呑みながらも手に取った用紙を魔法陣が下向きになる様に持ち直した。その様子を確認したソフィがゆっくりと手をずらし、ようやく開けた視界に思わずため息を零す。


「……、これは?」

「世界樹に記録された特定人物の記憶を抽出し、他者が指定範囲内の一部始終を追憶できる術式が組み込まれた魔法陣だよぉ。流石に、使用回数は一回きりに設定してあるけれど、禁忌指定された魔法の塊だと思ってくれて構わない。今回の記録は当然、エトちゃんのもの。彼がどのように誕生し、君と出会ったのかを辿る物語」


意図的にソフィが溢れさせた魔力がXXXの髪やローブを揺らす。補助の目的でXXXに流される魔力はどこまでも澄んでいて、森の中を通り抜ける一陣の風の様だった。繊細な魔法陣を発動させる異常、細心の注意を払って必要となる魔力を練り上げていく。


「さぁ、君が望んだ過去の再演だ。この魔法陣の発動中は時間経過の概念は存在しないから安心してねぇ?思う存分、世界の過去を堪能してきてくれたまえ」


にこり、酷く愉しそうに笑ったソフィは、きっと目の前で今から始まる記録の全てを見た先でXXXが浮かべる反応を想像しているのだろう。わざとらしく半目でため息をついて見せたXXXは、無意識で震える指先に力を込めて、発動の時を今かと待ち構える魔法陣へと魔力を注ぎ込んだ。


視界が閃光で埋め尽くされる。




暗転。






―――管理者の承認を確認・記録再生開始・展開対象者:魔人チェント




美術的価値の高い置物や家具がボロボロに薙ぎ倒された部屋に、赤子が泣き叫ぶ声が響き渡る。


息を荒げて満身創痍の金髪の女は、それでも表情を蕩けさせて赤子を強く抱きしめた。



「嗚呼…ようやく、生まれたわ…!貴方の名前はチェント、あの人の100番目の子供である事実から数をとって、チェントとこれからは名乗るのよ…!確かに、生まれてくるのは遅かったかもしれない。それでも…確かに貴方は、あの人と私の間に生まれた子供よ…!!」



狂っている。泣き叫ぶ赤子をあやす訳でもなく、自身の吐き出した言葉に酔いしれてギリギリとまだ小さくか弱い赤子の身体を抱き込んで、女は笑みを浮かべ続ける。



「貴方が、貴方こそがあの人の跡を継ぐの…!必ずよ、そうすれば私はまた…!!」



窓を突き抜ける様な激しい雷鳴の音が部屋中を突き抜けていく。



辺り一帯の空は暗く、激しい豪雨が降り注いでいた。



赤子の泣き声は止まらない。



世界一哀れで、最悪の奇跡の連続によって生まれた子供の名前こそが、チェントである。



☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。

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