79話 生き方
「アオイちゃんは、どうして捕まっちゃったの?お金持ちだから?」
「ウチは金持ちではないで?ウチのお友達が、大金持ち!」
「アオイちゃんは、チトちゃんの彼女~?」
「……違うかなぁ、チト君の昔の知り合いによく似てるだけ」
荒れ果てた貧困街を子供達と手を繋いで歩く葵は、質問攻めにあっていた。まるで新任の教師の様な気分だ。純粋な顔をして向けられる疑問は何もかもが今の葵にとって鋭い刃でしかなくて、子供が改めて残酷な生き物である事を嫌々再確認した葵は内心ため息を零した。チトの彼女、そんな余りにもあり得ない状況に、子供達からすれば今の関係性が見えているのだろうか。
「えぇ~?でも、チトちゃんアオイちゃんの事ずっと見てたよ?おれたちも家族がいなくなると、他のだれかを家族だって思うようにするんだけどね、そう言うのってなんとなく分かるんだ。でも、チトちゃんは違ったよ?チトちゃんは、ちゃんとアオイちゃんの事見てた!」
「………そんな筈、ないよ」
僅かに動きを止めた葵は、自分自身に言い聞かせるようにその言葉を否定した。
そんな筈はない、今更そんな事、あっていい訳がないのだ。
「期待すればするだけ、後で辛くなるから」
「アオイちゃん?」
「んーん、何でもない!ウチの話より皆の話が聞きたいな~、どんな遊びが楽しい?」
僅かに芽生えた期待を必死で埋めて、葵は強引に話題転換を行った。幸いにも子供たちは素直に、葵の疑問に答える様に口々に好きな遊びの話を始めてくれた。危うかった、本気で良くないやり取りだった。もしこれ以上続いていたら、自分は一体何を言い出していたかも分からない。思い出すのはつい最近チトと交わしたやり取り。自分は何者なのか、それは存在そのものに向けた問いではない。自分の立場がこの世界にとって一体何者なのか…葵はただそれだけが、知りたかった。
―――
「えーっと……何してるの?」
軽く周囲の地形を目視で確認して教会に戻ってきた葵は、無防備に椅子で眠るチトに向けて刃物を向ける女に困惑の表情を浮かべた。慌てて葵と行動を共にしていた子供達が止めようと動き出したところを引き留めて、ゆっくりと近付いて行った。チトと共に昼寝大会を開催していた子供たちは、相変わらず猫の様にチトの隙間に入り込んで熟睡しており起きる気配はない。何かしらの魔道具が使われているのかもしれなかった。どうやら女は今まさに、チトの首元を目指して刃物を振り上げた瞬間の様だった。
「っ何よ…生きる為には必要な事なのよ!!アンタ達だって分かってるでしょ!?」
近付く葵や怒りの表情を浮かべるコドンたちに対して言い訳染みた叫び声を上げて、女は躊躇なく刃物を振り下ろした。けれども当然の様に結界が発動した音が響き、甲高い接触音と共に勢いよく刃物が弾き飛ばされた音が教会内に響き渡る。
「…チト君おはよー」
「おう…おはよ。何コレ、どういう状況?殺意がぬるすぎて直前まで気付けなかったわ」
先程までの命のやり取りなどまるで一切なかったかのように平坦な会話が始まる。ゆっくりと身体を起こしたチトは、自身の周りに沢山の子供達が丸まって眠っていることに気付き、少し居心地悪そうに頬を掻いた。大きなあくびを終え、一先ず自分の上に乗って爆睡している幼児を椅子に丁寧に下ろしてから刃物を下ろした姿勢で固まる女の方へ視線を向けた。
「で、なんすか?」
「何よ…なんなのよアンタ!魔法が使えなくされてるんじゃなかったの!?」
「自己防衛の結界位なら張れる。そっちこそ何だよ、いきなり刃物t突きつけられてさ。一応俺は人質だぞ?傷付ければ面倒になるのはお前の方じゃん」
あくまでも人質を自称する呑気なチトを前に吹き出しそうになるのを堪えた葵は、冷静さを装って女を見詰めた。呆れたようなため息と共に女を睨みつけるチトを前にたじろいだ女は数歩後ずさり、ようやく周囲の子供達から向けられる視線が厳しいものばかりである現状にも気付いたらしい。慌てた様に腰を抜かしてその場に座り込んだ。
「な、なによ、アタシが悪いって言うの!?この金持ちそうな男を殺せば衣服や宝石が手に入るわ!それを売れば、資金が潤うじゃない!アンタ達の為にもなるのよ!?何も間違った事なんてやっちゃいないわ!!」
喚くように吐き出された言葉を聞く限り、この貧困街では日常茶飯事に近い出来事なのかもしれない。けれども、仕方がない事だろう。子供たちは外の世界の事など何も知らないで今だけを必死で生きているが、大人になるにつれて徐々に自身が置かれている状況を理解してしまうのは仕方がない事だった。それを子供に押し付けるのは間違った行為だったが、全てを否定するつもりは葵にだってなかった。けれども意外にも一歩を踏み出したのは、代表の少女だった。
「チトちゃんを傷付けちゃ、だめ、です…!それに、今回は人質にケガをさせない様に命令されてます…!」
「チトちゃん…?何、ガキ共今回の人質に絆されやがったの!?何のつもりよ、金持ちの癖にアタシたちの世界に割り込んできて、ガキまで掌握して…!」
だから人質だって言ってんじゃん、とは流石に言えなかった。チトだってこれまでの経験で学習している。余計な事を言えば話が面倒な方へ進む事くらい理解していた。一方で顔を酷く歪ませた女は、再び地面に落ちた刃物を拾い上げて今度は葵の方へ向けた。近くに居た子供達が怯えて反射的に座り込んだ様子に機嫌よさげに嗤って、勢いよく振りかぶる。
「……はい、そこまで」
一連の流れを黙って眺めていた葵が、女の刃物を結界を薄く纏った手で受け止めその腕を捻り上げた。落下した刃物はチトが靴底で踏みつけ砕いたかと思えば、明後日の方向へ蹴り飛ばす。痛みに苦しむ女の腕を掴んだまま、誰もいない壁の方へ投げる様に叩きつけた葵は、汚れを払う様に手を何度か叩いてから一息ついた。
「うーん、目の前の利益だけ見て後先考えられない人種と見た」
「だな。…ったく、俺相手だからこの程度で済んだけど、アオイ相手だったらもっと早い段階で空の彼方へ吹き飛ばされてたんじゃねーか?お前寝てる間に攻撃すると反撃に容赦ねーからな」
「なっ…それは寝込みを襲う方が悪いと思いまーす」
「変な言い方すんな」
「いてっ」
凍り付いた周囲の空気など一切気にしないまま始まった二人の日常会話を前に、恐怖に固まっていた子供達もようやくその緊張感を緩めた。誰かが凄かった、と零した純粋な感想を皮切りに、一気に集まってきた子供たちに再び取り囲まれることになった二人は苦笑を零しながらもその歓声の一つ一つを丁寧に受け取っていった。結局女はチトが重力操作魔法で捕まえて、教会から離れた貧困街のどこかへ放り出した。その後女がどうなるかは知らないし、どうなったところで何かするつもりはない。子供たちはチトが普通に魔法を使っている様子に驚いているようだったが、くすくすと楽しそうに内緒と繰り返していたのでお気に召したのだろう。
そうして教会襲撃事件はあっさりと幕を下ろした。
―――
「…え、これお前たちの食料なんだろ?俺達はなくても平気だから、ちゃんと食えよ。子供なんだし」
「んーん!チトちゃんとアオイちゃんも、いっしょに食べてください…!」
「うえぇ?ほんまに気にせんでええのに…」
子供達の一部がどこかに向かい、食料を抱えて戻ってきた。どうやら配給制らしく、毎日決まった時間に決まった量が配布されているようだ。恐らく、勝手に飢え死にされて貧困街の環境が悪化した結果感染症などが表世界まで広まったら面倒だと上層部が判断し、最低限の生活が維持されているのだろう。聖属性魔法という回復特化の固有魔法を持ちながら、その力を貧困街に対して一切使う気がない腐りきった内部事情に触れてしまった二人は思わず苦い顔を浮かべた。
子供達の代表の少女が自身のパンを割って二人に差し出せば、他の子供達も自分もとパンを割って渡し始めた。慌ててやめさせようとするが、譲るつもりはないらしい。元々好きで人質をやっている二人が、貧困街で暮らす子供達から食料を巻き上げる様な行為は取りたくなかったが、この好意を無駄にするのもまた良くない事だろう。目を見合わせた二人は結局、子供達一人一人から少しずつパンを貰って大人しく食べることを決めた。
穏やかな団欒の時間は、そう長く続かない。
「っみんなかくれて!悪い大人たちが来てる!!」
「っ…チトちゃん、アオイちゃん、二人もいっしょに隠れてください!ここは、わたしがどうにかします…!」
見張り役を勤めていた子供が、慌てて教会へと駆け込んできた。そうして発された一言に教会内が一気に騒がしくなった。少し考える素振りを見せた少女が真剣な表情でそんな指示を出すから、思わず二人は肩を竦めて笑ってしまった。
「ガキが大人に気を遣うなよ。ようやく俺達人質二人組の出番って事だろ?」
「心配しなくても、ウチらめっちゃ強いから安心してな!」
不安そうに二人の服を引く子供たちの頭を撫でつけるが、表情は明るくならない。どうやら想定以上にかなり夏枯れてしまったらしい。そんな子供たちの不安を押し出す様に得意げな笑みを浮かべた二人は、しっかりと笑みを見せつけてから教会に近付いてくる襲撃者たちの気配に唇を舐めて笑った。
ここからは、二人の出番である。
☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。




