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とある記憶 38


「別れは随分あっさりだったねぇ。良かったの?XXXちゃん」

「良かったの、これで。私は直ぐにいける約束はできないけど、チト君とソフィ君はまた必ずあの場所に足を運んでくれるんでしょ?それに、守ってくれるって約束もしてくれた。小屋に取り付けられていた魔法陣と似たような仕組みを取付けておいたし、何より私を慕ってくれる子供達を前に情けないお別れなんて出来ないよ」

「まぁ確かにまた行くって約束は受け入れたけどさぁ…。誕生日、だっけ?あれを祝うのはなんでだ?一人一人に一年一回とか、あんなのすぐじゃん」


三人はその後XXXの監督下でイロアスやシェルェールと必要な話し合いや計画の概要などを終えて直ぐ街を抜けた。街に入る前と比べて随分と上機嫌なXXXにソフィが心底不思議そうに問いかければ、にっこりと笑ったXXXはチトとソフィを振り返って笑った。続いたチトの面倒くさそうな疑問には少しだけ考える素振りを見せたが、その後小さく息を吐いて苦笑する。


「…私たちが迷宮を攻略している間に外の世界で経過していた五年間。たったそれだけの時間で、あの街は完全に姿を変えていた。人間にとっての一年はね、長寿種の二人にとっての十年や百年の重さがあるの。繰り返すけど、この世界で人間って長生き的でも精々七十年が限界なんだよ?」

「時間の概念、ね。まぁ確かにたった五年でガキどもは随分成長してたけど」


理屈としては何となく理解出来ていても、本心で納得は出来ていないのだろう。どこか曖昧なチトの反応を受けても、決してXXXは否定の言葉を述べることはしなかった。ただ困った子供を見る様に微笑んで、不思議そうな表情を浮かべるソフィの表情も確認してからそっと身体の向きを帰路へと戻す。


「一年って本当に大きくて、この戦争が支配する世界で一年を生き延びるのってきっと、本当に難しい事なんだよ。だから、無事一年を生き延びてまた成長してくれてありがとうって、皆をお祝いしてあげて欲しいの」

「まぁ、確かに人間は弱いからな。そんな子供なんて、もっと弱いだろうよ」

「それで、ボクたちにせめて親しくなった人間相手には祝ってくれって、話しかなぁ…。別にボク、子供達と親しくなった覚えはないんだけどぉ?まぁ、確かに言葉を交わすくらいの興味はあるかぁ」


空を見上げても月はなく、鉛空もこの世界では随分定着したものだとソフィは何となく思った。戦争無き時期にしか見られない月や星と言う存在が、ソフィは存外好きだったのだ。世界樹をもってしても不明点が大きい空の向こうの知識。それらを追求する時間は飽きる事無く、ソフィの好奇心を満たすのに貢献してくれた。今の時代だってその内戦争が終わり、また月を見上げることが出来るようになるだろう。果たしてあの子供達が導く革命によって、この雲が開けるかどうかは分からないが。


「私はね、二人に人間についてもっと理解を深めてもらいたいの。些細な事でもいい、ほんの少しだって言い。だって、折角この世界で共存する二人と会話が出来る種族なんだよ?仲良くなっちゃいけないなんて話、誰もしていないんだから!」

「…理解、ね」

「戦争が終わればまた満月が空に輝くのかな?私、楽しみになってきた!」


XXXの言葉を何気なく復唱したチトには、何かしら思う所がある様だ。そんな様子を横目にソフィが見上げていた鉛空に視線を向けたXXXは、本当に何気ない様子でその言葉を口にした。偶然にも、ソフィが思い浮かべていた存在について。


「XXXちゃんは月について何か知っているのかなぁ?」

「うーん、そうだなぁ…あ!」


ほんの僅かに歩幅を広げて二人から距離を取ったXXXは、空の先を指さして無邪気に笑う。子供が秘密をこっそり告げる様な、そんな純粋さがそこにはあった。


「———知ってる?満月の夜はね、隠された真実が現れる夜だって私の生まれたところでは言われてたんだよ?私も世界の秘密、暴いちゃおっかなぁ~?…なーんてね、今はやめとく!」


心底楽しそうに口元を抑えて、これ以上の会話は終わりだと言わんばかりにXXXは歩き出した。薄暗い空の下で、光属性魔法の灯りだけを頼りに森を進むXXXの後ろ姿をどこか呆然と眺めていたチトとソフィは、ふと顔を見合わせて肩の力を抜いた。


「なんだそれ、迷信にも程があるだろ」

「ボクが知りたいことからは相当ズレていたかもねぇ。…それにしても、人間嫌い代表みたいなエトちゃんが、人間を理解する日なんて来るのかなぁ?そんな愉快なことが起きるなら、ぜひともこの目で確かめたいものだねぇ!」

「うるせーなクソエルフ」


ソフィにからかわれてそっぽを向いたチトは、そのやり取りを聞いていたらしいXXXの小さな笑い声にわざとらしくため息で返す。そうして歩幅を早めてXXXの隣に並んで、ふと思い出した言葉を口にした。


「俺は小屋に帰ったら一度トートに顔を出すつもりだ。流石に大賢者として、現状を完全に見なかったことにするのは今後を見据えた上で面倒臭いからな。一括で、黙らせる予定だ。お前はキーフに向かうって言ってたけど、具体的にどんな予定を立てているんだ?」

「うーん…私も色々やりかけの研究が残っているから、それを片付けてからの出発かな。もしかしたらチト君とはすれ違いになっちゃうかもしれないけど…」

「因みにボクは迷宮で入手した書物をゆっくり読みたいなぁ。ねぇねぇ、また一室貸してよ。ボクがいってらっしゃいって言えれば、エトちゃんだってXXXちゃんが独りで家を出て行っちゃう心配もしなくてよくなるでしょお?」


本当に何気ない一言だったのだろう。特に表情を変えるわけでもなく、チトに続いて速足でXXXの反対隣りに並んだソフィから放たれた一言に、XXXとチトは思わず足を止めて目を見合わせた。ぴたりと固まった二人に心底不思議そうに首を傾げたソフィを前に、XXXが言葉を選びながらもどこか嬉しそうな表情で口を開く。


「ソフィ君は、私たちの事を考えた上で今の言葉を発言してくれたんだよね。いってきます、といってらっしゃい、は人間特有の文化。てっきり、真似をして言葉にしてくれることはあっても、その真意までは理解できていないと思い込んでいたけど…うん、嬉しいね。私たちの事とか、人間の文化とか、無意識で納得して表してくれるようになったのが…いいなぁって思ったの!」

「つまり、慰安のお前は、お前が憧れる人間らしい発言だった、って事」


擽ったそうに笑ったXXXと、ニヤニヤと愉しそうに意味を伝えたチト。暫くぽかんと二人の発言の意味を考えていたソフィだったが、やがて嬉しいやら恥ずかしいやら様々な感情で目を回した結果、どうにか零れたのは普段からほど遠い曖昧な言葉だった。


「…ぁ、うん…?そっか、不変である筈のボクが、人間に近付いた、のか…」


表情は相変わらず普段と総大差なかったが、その声音には確かに震えと喜びが含まれていた。そっと口元に掌を当てたソフィは、自身の発言を改めて噛み締めているのか小さくいってらっしゃい、を繰り返している。


「…コイツがこんな反応しているところ、俺初めて見たぞ」

「チト君が初めてだって言うなら、本当にソフィ君が歩んできた生の中で初めての経験だったのかもね!」


余りにも素直過ぎた反応を前にどこか困惑気味のチトと、穏やかに笑うXXX。ソフィを眺めてどこか退屈そうに目線を外したチトに気付いたXXXは、わざとらしくチトの視界に入る様に屈んでその顔を見上げた。


「因みにチト君も、結構人間らしくなってきてるよ?」

「……俺が、か?」

「うん!だって、さっきのソフィ君に対して直ぐその意図を理解できていたでしょ?対してソフィ君は言われるまで何も気付いていなかった。…ほら、どちらも異なる方向性で人間に近しい思考回路を獲得してきている証拠!チト君は客観的に人間を理解できるように、ソフィ君は本能的に人間に近い思考が出来るように。二人とも本当に成長したねぇ…」


どこか恐る恐るXXXの言葉に疑問を返したチトは、続いた言葉に目を見開いた。自分とソフィ、それは嫌々ながらも根本的に同類だとこれまで思い込んできていたのに、まさか違う方面から人間に近付いていると告げられる日が来るとは。それが嬉しいのか何なのか分からなくなったチトは、どうしていいのか分からなくなって迷子の子供の様な表情を浮かべてXXXに縋った。それをXXXは決して、拒まない。どこか寂しそうな表情をほんの一瞬滲ませただけで、決して拒絶する姿勢は見せなかった。


「…XXXは、俺が人間に近付いたら嬉しいのか?」

「うーん…よくわかんないけど、チト君を人外としてしまう呪いは私が絶対に解除してあげる!もし、解けないまま私が志半ばで倒れちゃったときは、必ず私の意思を継ぐ者が呪いを解くためにチト君の前に現れるの!」


チトの手を両手で包み自身の胸元へ近付けたXXXは、大人と子供の両方を併せ持った曖昧な表情で、それでも得意気に笑って見せた。何の根拠もない宣言を受けて苦笑を零しながらも、先程までの表情は収まったチトは無意識に自分がXXXの反応に救われた事実に気付く。


「いつかチト君が人間と変わらない身体になった世界で…私と同じ景色を見てくれたら嬉しいな!」

「同じ景色って…なんだよ、それ。意味分かんねー」

「ふふふっ、私も!」


にっこりと笑い合ったかと思えば、XXXは駆け足に改めて二人の戦闘に立って振り返った。



「さぁ、早く小屋へ帰ろう?」



何でもない様に、当然の様に三人が揃って帰る場所を小屋としたXXXの言動に目を見合わせたチトとソフィは、何も言わずにその後ろに続いて歩き出す。



真っすぐと前を向くXXXの表情が、決して揺らがない決意を握ったイロアスと同様に染まっていたことは、二人でさえ一切知らないXXXだけの秘密のままで。


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