76話 革命続行
「……ま、革命成立直後に他国の賓客を招いた会なんて開けば、こうなるわなぁ」
現在、トートからの訪問者を歓迎する会が開催された会場は、革命によって淘汰された上層部の一部によって占領されていた。魔法使用不可の効果が込められた大規模な魔法陣が発動しているらしく、事が起きて速攻で杖を呼び出そうとして失敗したシエルが、珍しくも舌打ちを零している。遠い目をして会場全体を見渡した葵の一言に肩を竦めたのは、呆れた様子のチトだった。会としてはかなり進行しており、既に開催の挨拶を終えて来訪客たちは各々が談話に入っていた頃、オルコスは未だ運営側として忙しそうだったが、葵とチトは会場の隅で大人しく軽食を摘まんでおり、そこにヴィルとルシエが合流しようと動いたばかりの出来事である。
「取りあえず俺達も他の客に混ざって大人しくしておくか?バレたら面倒くさそうだからな」
「チト君それ言っちゃアカン奴」
「え?」
「おい!!この場にトートから賓客が来ているだろう!出てこい、お前たちが人質だ!!」
「…な?」
「すまんかった」
顔を見合わせつつその場の机を縦に呑気に会話をしていた二人だったが、大きく響いた襲撃者の声に呆れて肩を竦める。ちらりと同様に机を陰に隠れているルシエの方へ視線を向ければ、ヴィルはダメだと全力で首を振られた。既に即決で動き出そうとしたヴィルを、気合で床に縫い付けているようだ。周囲の客がドン引きしている。流石は護衛と言うべきか、何と言うべきか。吹き出しそうになるのを堪えた葵とチトは、再び会話を再開した。
「チト君が行ったら?ほら、大賢者が人質とかめっちゃ強そうな響きやん。どうせウチらやろうと思えば魔法使えるし」
「それが一番手っ取り早いか。オルコスもこれを想定して俺らを訪問させたのかもな?最後の膿み出し的な意味で。んじゃ、人質一号発進!」
一切の緊張感なく普段通りの適当な会話を切り上げた二人は、小さく頷き合い呑気に立ち上がったチトが両手を上げ降参の姿勢を取りながら、暴走気味の襲撃者に近付いて行った。余りにも堂々としすぎていて、いくら何でも不自然である。因みに葵は我慢しきれずに吹いた。少し離れたところでルシエとヴィルも必死で笑いを堪えており、襲撃者に怯える他の客に比べて異様に葵達は浮いていたがそれを気にする程小心者ではなかった彼らにとってそれはただの景色と化していた。
結局呆れたため息をついて笑いそうになる心を落ち着かせた葵が立ち上がり、わざとらしく肩を震わせてチトに駆け寄った。人質二号、発進である。
「チェント様!やっぱりいけません…!魔法が使えない状態での人質なんて、いくら貴方でも危険すぎる!せめて、何もできない私がなります!私であれば家の助けも見込めるし、きっと悪い扱いはされませんから!」
怯えた様に喉を震わせて、それでも上品で美しい所作で。僅かに驚いた表情を浮かべたチトだったが、直ぐにその意図を察して険しい表情と共に口を開いた。
「お嬢様、俺はこれでもトートが誇る大賢者です。確かに魔法が使えなければ危険が多いかもしれませんが、それでも経験値だけで言えば貴女は俺に遠く及ばない。…どうか大人しくしていて下さい」
「嫌です!チェント様は私の、私だけの先生です!一人になんて、絶対に出来ません!!」
とんだ茶番である。前提として二人は普通に魔法を使うことが出来き、そもそもこんなお涙頂戴な関係性ではない。しかし、少ない情報で懇親会の会場を乗っ取ろうとしている襲撃者側から見れば、不自然なやり取りすら格好の餌となって見えたのだろう。ニヤリと笑った襲撃者の一人が、拘束魔法が込められた魔道具を使って、二人を揃って縛り付けた。
「なっ…今すぐ解放しろ!せめてお嬢様だけでも、」
「私は構いません!チェント様を離してください!!」
ワザとらしく物理的に暴れようとする二人だったが、魔法による拘束を前に余りにも無力に終わる。完全に目尻に涙を浮かべた少女と、憎しみに歯ぎしりする大賢者の姿を前に襲撃者は意気揚々と言葉を吐いた。
「大賢者と立場の高いガキ…!この二人さえいれば、俺達の作戦は成功したも同然だ!!」
地球ではそれを、盛大なフラグと呼ぶ。そしてフラグとは、あっけなく折れるものである。
―――
「あーあ、むぅ…焦って損した」
「全くだ。さっきのやり取りは兎も角、冷静に考えれば魔法使用不可の魔法陣程度あの二人に掛かれば玩具同然だったな」
結局表に出る事無くルシエから解放されて伸びをするヴィルは、呆れたため息を零していた。他の客に混ざって物陰に隠れたままの二人の視線の先では、苦し気に暴れる葵とそんな葵を宥めながらも抵抗を試みるチトの姿がある。速攻であるにも関わらず見事な演技と滅茶苦茶な設定を前に、笑いより先に呆れが来てしまった二人は顔を見合わせて肩を竦める事しか出来なかった。全く、大した師弟である。
「二人とも、一先ず非難を致しましょうか」
「あぁ、オルコスか。避難誘導お疲れ様」
「おつかれ、個人的にはもう暫くあの茶番を見ていたい…」
「いえ、いくらあの二人が常識外れだとは言え、これ以上は国家間問題に発展してしまいますから!どうか大人しくわたくしに付いて来てください…」
ふと声をかけられて振り返れば、いつの間にか苦笑を浮かべるオルコスの姿があった。適当な返事を返せば困ったように肩を竦められて、今度こそヴィルとルシエは笑ってしまった。そうして会話を思い出して、思い返せばこれはオーフから招かれてトートとの親交を深める為の会であったことを思い出す。確かに自ら人質になる事を選んだ葵達と違い未だ一般客に紛れて潜んでいるトートの王侯貴族を放置したともなれば、オーフの国家としてのメンツは丸つぶれだろう。仕方ないと溜息をついた二人は、未練がましく葵達の茶番の声を聴きながらも前屈みで会場を離れていくオルコスの跡を追った。
―――
「おいお前たち、大人しく付いて来い!そこの兵士共、迂闊に近付けばこのトートの賓客は殺してやるからな!!」
遅れて会場に雪崩れ込んできたオーフの兵士たちが物騒な剣や槍を構えるが、重要な客人…しかも肩や国家の象徴とも呼べる大賢者を人質に取られてしまえば、襲撃者の言う通り迂闊な行動は出来なかった。苦し気な表情を浮かべて武器を構えたまま動けない兵士たちの脇をわざとらしく抜け、ニヤリと笑った襲撃者は白煙を上げる魔道具を使い葵とチトを強引に引き連れて会場を抜け出した。
「けほっ…」
「大丈夫ですか?服の袖を使って、浅い呼吸を心掛けてください」
「はいっ…っう、えほっ…はぁっ…」
吸い込んでしまった煙を前に苦し気に咳き込んだ葵を、チトが心配そうに宥めている。無論、そんなもの演技で合った。実際は二人そろってごく薄い結界魔法を周囲に張っているため煙が身体に入ってくる事は一切ないのだが、人質を取る側の襲撃者にとって何よりも面倒なのは何もしていないにも拘らず人質が勝手に倒れてしまう事だった。多少なりともか弱い印象を与えておけば、それなりに丁重に扱われるだろうという算段を付けていた二人は、一先ず自ら志願した人質と言う立場でありながら快適な環境を得られるよう布石を巻く余裕を見え隠れされつつ移動を続けていた。
あれよあれよと段取り良く馬車に押し込まれて、目隠しを施された。目がないなら魔力感知をすればいいじゃないなんてどこぞのアントワネットを思い浮かべた葵と同様に魔力感知を使い周囲の様子を確認している二人だったが、一見すれば不安そうに仲良くくっ付いておく事にした。実際襲撃者たちは二人が逃げ出すとは想像もしていないようで、拘束は多少緩くなっていた。
「チェント様、」
「大丈夫です、貴女の御傍におります」
「私たち、一体どうなってしまうのでしょうか…っこわい、です」
「お嬢様…残念ながら、それは俺にも分かりません。トートの客人として人質に取られている以上、何かしらの交渉材料として扱われるんでしょうが…全く、大賢者として情けない限りです」
全く持って、情けない限りである。
と言うのも、オーフはソフィと言う世界最強の大賢者を抱えていながら、その立場を低く見積もり過ぎなのではないだろうか。今回に限っては面白がった二人の悪乗りによってある程度されるがまま、つまり襲撃者たちの思うがままに行動が進んでいるが、万が一チトだけが人質になった場合は問答無用で族を吹き飛ばし高い魔力にものを言わせ脅して裏を掴む程度あっさりやっていただろう。たかが一般的に流通している魔法使用不可の魔法陣程度で足止め可能だと思い込んでいる襲撃者たちの思考回路が非常に不愉快であり、ある意味で愉快だった。
さて、どの機会を伺っていじめてやろうかなどと既にチトは計画を立て始めている訳だが、一方で葵はと言えばオーフに訪問された一番の理由であろう現状を前に今回ばかりは大人しくしていた。思い返してほしい、オルコス自らがわざわざ革命直後のオーフに葵達一行を招待し、帰国前日に国家主催の盛大な会を開催した。図らずとも革命によって排他された愚者たちがこの要人が集まる機会を狙って襲撃を仕掛けてくることなど分かり切っていただろう。元より最終的な目標は、人質事件を発生させ葵達に何かしらの協力を要請しようと考えていたのだろう、そんなところだと最終日の会の存在を聞いて既に思い至っていた葵は、大人しくオルコスの助けになるべく思惑に乗る判断を下していたのだ。
ガタガタとせわしなく揺れる馬車に魔法で対処しつつ、二人はそれぞれの考えの元か弱い人質役に徹しているのだった。
―――
「着いたぞ、出ろ」
強引に目隠しを外された二人は、突然差し込んだ日光に思わず瞼を細めながらも警戒交じりに周囲を見渡した。そうして現状を理解したらしい葵は、分かりやすく驚愕した様子で喉を震わせる。
「っこれって、」
「……貧困街、か。成程、オーフの町並みの真相はここにあったと」
大聖堂を中心に美しく規律の保たれた建物が建ち並ぶ首都圏。それからいくらか離れた場所に広がるのは、土を盛り上げて作られたのだろう頼りない家と思われる物、布切れを身に纏ってフラフラとさ迷う人々、声を震わせた身形の良い葵に気付いてじっと睨みつける無数の無遠慮な視線。舗装の一つされていない岩が剥き出しの土の地面で、ふら付きながらもどうにかチトに支えられて自らの足で立った葵は、両手を口に当てて思わずと言った様子で嘆いた。
「そんな…嘘、こんな事、あり得てはいけません…っ!!」
悲痛が込められた葵の言葉を前に、襲撃者たちは苛立たし気に舌打ちを零した。
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