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とある記憶 36


「初めまして、XXXって言います!こっちがチト君で、それからこのエルフがソフィ君。私たち冒険者をやってて、丁度五年位前にこの街に立ち寄ってたんだ。えーっと、よろしく…って言うとちょっと変かな」


子供達に連れられたXXX達が辿り着いたのは、既に崩れ落ちたボロボロの教会の隙間を縫うような入口の先に広がる地下空間だった。困惑しつつも言われて見れば感じる複数の人の気配に目を見合わせた三人が中に入れば、案外明るく整理整頓が行き届いた空間が広がっていて、目を瞬く。非常時の臨時避難場所的な役割を元々担っていたらしく、事前に大量の食糧が保管されていたらしい。道中で聞いた話によれば、大人たちが子供たちをこの場所に連れ込み、そのままなし崩しに日常生活を送る事になったようだ。元々充実した設備の中で、更に大人たちがこぞって食料等を詰め込んだ為に、現状はどうにか飢えを凌いで生活できる状況との事だが、それだけでは説明がつかない統率の良さに首を傾げた三人は、案内された先の一際小綺麗な部屋の主の前に立ってようやく全貌を理解した。


長い赤髪を揺らす少女と、癖の強い跳ねた紫髪の少年。他の無邪気な子供達とは大きく違い、その二人だけが洗練された空気を身に纏い、正しく突如現れたXXX達を警戒して見せたのだ。疲れた雰囲気が隠しきれていないが、それでも気高い雰囲気を保ち対峙したこの二人の子供こそが、全ての子供達の統率を取り、食料の分配等を管理しているのだろう。小さな国家、とでも言うのだろうか。そんな事を小さく呟いたソフィは、ギロリと紫髪の少年に睨みつけられて肩を竦めた。


「……子供達は嘘を付けない。つまり、貴女方が以前この街に滞在していたのは紛れもない事実なのだろう」


口を開きかけた紫髪の少年片手で制した赤髪の少女は、その可愛らしい見た目とは裏腹に冷静沈着でまるで成人男性の様な雰囲気を身に纏っていた。会話一つでも、目の前の少女が高貴な身分で育てられたことは一目瞭然だった。どう反応したものかと内心ため息を零したXXXと二人の子供は暫く無言で見詰め合っていたが、不意に赤髪の少女が深い息を吐いて肩の力を抜くように微笑を浮かべた途端紫髪の少年が浮かべていた険しい表情も気が抜けた様に落ち着いた。


「…えーっと?」

「殆どの魔法使いが戦争に駆り出されている中で、明確な国籍を持たない冒険者がまだ集っていたとは。悪意も一切感じられないし、嘘もついていなかった」


緊張感が僅かに解けた空間で好奇心を隠し切れない様子で口を開いた赤髪の少女の言葉尻は、矢張り年頃の少女らしくない。一般人の女児だってもう少し愛らしい口調を自然と取るものだろう。そんな赤髪の少女は、先程までの警戒心が入り混じった表情とは大きく異なる、強い興味を含んだ瞳でXXX達三人を順番に観察していった。そんな様子に苦笑を零したXXXとは裏腹に、これまで一切口を開いてこなかったチトが不意に思い出したように呟く。


「強制徴収…まさか冒険者まで広がっていたのか?あの迷宮都市を速攻で抜けたのは良い判断だったみてーだな」

「へぇ?まぁ、ボク達がそんな徴収受ける義理も、意味も何もないからねぇ。それにしても所属国家かぁ…、…世界樹?エトちゃんだったら魔王城になるの?」

「るせーなクソエルフ、潰すぞ」

「やってみたらぁ?」

「二人とも、今は茶番やってる場合じゃないでしょ!全く、油断すると直ぐ関係ない事で騒ぎ出すんだから…」


重たい雰囲気を蹴散らす様に何度目かも分からない茶番が始まってしまえば、XXXも緊張感を捨てて仲裁に入るしかない。どうせ一般人では一切理解できない最悪の冗談が往訪したところで大きな問題はないのだが、その後魔法を使ったやり取りに高確率で発展してしまえば周囲への影響がどうなるか分からない。事後の面倒と事前の面倒を天秤にかけたXXXは、結局いつも始まる前に止める事にしているのだった。こうなってしまえば大人の余裕もどこへやら、幼い子供同然の口喧嘩でありながら、その内容が世界の真理に触れかねないやりとりを始めた二人を宥めるXXXのやり取りをぽかんと見ていた二人の子供は、ふと顔を見合わせて笑い出した。


「後ろの二人は本当に我々に興味がなさそうだったが、一番対話の意思があった貴女も似たようなものらしい。色々な意味で、信用に足る方々だ。少なくとも、我ら及び子供達に危害を加える事はないだろう」

「…そこまで、言うなら。改めてようこそ、子供だけの楽園へ。シェルはシェルェール、こっちがイロアス。元々この都市の領主家の者であり、次期領主としては兄が居たが彼は既に…。大人たちに変わって教会下の地下一帯を取り仕切っているシェルはイロアスの護衛役。…よろしく」


赤髪の少女、イロアスが告げた結論に小さく頷いたシェルェールは一歩前に出て美しい礼を取った。会話の内容を聞くだけでも、二人だけが唯一都市の現状を理解しており、その上で黙っている決断を下したことは明白だった。どうやら完全に受け入れられる事になったらしい現状に胸を撫で下ろしたXXXとは裏腹に、堂々とした態度を一切崩さない二人の子供に強い興味を持ったらしいチトとソフィは愉し気に口角を上げて早速観察を始めた様だ。程々にして欲しい、そんな願いを込めて二人を見詰めたXXXは、どうせ無理だろうと溜息を零しながらも先導するように歩き出したシェルェールの後に続いて地下を歩き出した。


「———XXXちゃんだ!本当に来てくれた!」

「おうた、またうたって?」

「だぁれ?」

「XXXちゃんだよ!おうたとね、まほうがすごいの!」

「まほー?」


奥に進むにつれて、懐かしい容姿を幾らか成長させた子供達が元気いっぱい駆け寄ってきた。服の裾を四方八方に引かれながらも楽しそうに笑ったXXXは、言われるがままに早速歌い始める。花の歌、空の歌、星の歌、虹の歌。鉛空しかしらない子供たちにとって大半が空想に近い内容を歌ったものだったが、それでもXXXが心から歌えば何となく伝わるものらしい。様々な旋律を前に、始めは不安そうに少し離れたところから様子を伺っていた面識のない子供達も、いつの間にか惹き付けられてXXXを囲う円を作って笑っていた。


その様子をぼんやりと眺めていたソフィは、不意に隣に近づいた気配にゆるりと笑う。そんな様子に僅かに眉を寄せたのは、イロアスだった。


「…XXXちゃんは相変わらず子供に人気だねぇ。君もそう思わないかい?」

「以前の彼女を、存じ上げないので。貴方は先ほど紹介された通りエルフなんだろう?失礼ながら、こんな荒廃した都市を放浪する冒険者などやっている暇があるのか?」

「本当に失礼な事を言う子だねぇ。きっと今回の戦争で標的の一つとされている世界樹の心配をしているんだろうけど…アレは人間如きが触れられるモノじゃないよぉ。ボク達守護者であるエルフだって、完全に制御する事は不可能な個として成り立っている存在なんだから」


口では不満を零しながらも、一切表情を変えず適当に返事をしたソフィの反応に、イロアスの表情が僅かに曇った。何か目的があって、ソフィを焚きつけようとでもしたのかもしれないが、相手が悪すぎた。これがXXX相手であればもっと感情的な展開に発展していたのかもしれないが、ソフィは何千年もの時を世界と共に生きてきたエルフである。他の退屈なエルフ共と一緒にしないで欲しい、と言う意味では多少なりとも気に障ったが、態度に表す程の問題でもなかったのである。


「それにしても、君とさっきの紫の子は他の子供達に比べて随分と知り尽くしているようだねぇ。所詮”滅ぼされた都市の領主の子供”に過ぎない癖に、不思議だなぁ?」


ソフィにとっては素朴な疑問、けれども対するイロアスにとってその発言は彼女を煽っている様にしか受け取れなかった。分かりやすく表情を歪めたイロアスは、僅かに震えた肩を鎮める様に何度か目を瞑り深呼吸を繰り返した。普通の人間の子供に比べれば随分と大人びているが、それでもまだまだ子供。対峙する相手の前で冷静を取り戻そうとは、愚かで可愛らしいものだとそんな結論に至ったソフィは、初めてまともにイロアスの顔を見下ろした。視線を感じたイロアスは僅かに震えながらも、視線の先を子供たちの中心にいるXXXへと動かす。おやおや、と口には出さずともソフィはゆるく口角を上げた。


「ならば、今あの場で歌っている彼女はどうなんだ?確実にキーフの、」

「里帰りの途中なんだよぉ。……戦争に介入するための、ね」

「そう、なのか」


服装だけでXXXの出身国を言い当てるとは、本当に多大な教育を受けて育った子供なのだろう。間違いなくそこらの都市の領主の子供では言い逃れが出来ない知識量だ。面白い対象に遭遇したソフィは、機嫌良く自身の思考にのめり込むイロアスの観察を再開する。それなりの魔力、顔合わせ当初に僅かに感じていた魔法の気配を見れば、それが解析魔法の一種である事は理解していた。


「粗削りだけど、君は”真実の目”を持っているみたいだねぇ」

「な、……その、通りだ」


僅かな警戒心の上昇、怯え、心拍数変動。どうやらソフィに現在のトート国が多方面に戦争を仕掛けている要因である王族の中でも極一部だけが持つ魔法秘術を言い当てられたことに動揺しているようだ。嘘を見抜く力。言葉にすればそれだけだが、政治が行き交う王侯貴族社会においてその能力が発揮する威力は計り知れない。出現条件や有無の確認方法など一切の情報がないそれは、トートと言う国家が朽ちようとしている事を世界樹が判断した場合に近年で生まれた王家の血が流れる子供に付与されるシステムの一つだ。そんな事を知っているのは世界で唯一ソフィだけなのだろうが、だからこそソフィはその能力に付随する問題を熟知していた。


「苦労してるみたいだねぇ。島流しからの切り捨てにあって、生き残っちゃったんだぁ。このまま終わっていれば、もっとマシな最期を迎えられたかもしれないのに」

「現状は、仰る通りなんだろうな」


気の抜けたソフィが口にする残酷な現実と推論を受けて自嘲の笑みを浮かべたイロアスは、力なく肯定の言葉を返した。事実、イロアスは本能的に秘密にしていようと誓っていた嘘を見抜く不思議な直感をある時誤って他者に知られてしまい、結果として中央都市から大きく外れた領主の子供と身分すら取り上げられてしまったのである。言い返す事も出来ず俯いたイロアスは、下唇を噛みながらも否定の言葉は決して述べなかった。そんな様子を前に、何か意地悪を言ってしまったのだろうかと小首を傾げたソフィには、本当に悪気の一つもなかったのだ。ただ、考察した内容をそのまま本人に確認し正しいと回答を得ただけ。XXXが子供をいじめる事に酷い忌避感を感じている事は、先程教会の外で遭遇した子供達とのやり取りの中で学習していたソフィは、慌てた様に話題を探した。


「な、何かボクに聞きたい事でもあったのかなぁ?」

「……それは、」

「特別に、今は機嫌も悪くないから?君の話を聞いてあげるよぉ!」


何処までも、ズレている。けれども、普段のソフィの行いからしてみれば圧倒的な譲歩と成長が込められたその言動を前に暫く黙り込んでいたイロアスは、ようやく顔を上げて少し離れたところでシェルェールに絡まれているらしいチトの方を見詰めた。


「今シェルが話しかけている方、チトさんと紹介されていたが…記憶に残っている。トートの大賢者様だろうか」

「あぁ…そうだねぇ。前にそんな事を言っていたような気もするよぉ」

「大賢者様は七年程前に一度中央議会に姿をお見せになって、戦争反対を告げられていた。だが、上層部は結局戦争結構の判断を下し、大賢者様は一切干渉しない約束を取り付けられて以降一度も姿を現していない。…大賢者様は、トートにお怒りなのか?」


はて、チトがトートに顔を出していたのは割とつい最近の事ではなかっただろうか。そんな事を考えたソフィだったが、そもそも迷宮攻略の際に五年のズレが生じているのでそんなもんかと自分を納得させて微笑を浮かべ直した。チトがトートに対して戦争反対を告げた理由、そこに盛大な事情など存在していない。あんな単純な男が、多少人間に自分の意思が通らなかった程度で好き嫌いを変える事はないのだ。そもそもチトの人間に対する好感度はマイナスに近い訳だが、それはここで敢えて口にする必要もないだろう。そんなところまで思い至ったソフィはどこか苦し気な表情を浮かべるイロアスを改めて見下ろして口を開いた。


「彼の反対理由なんて、単純で不純だしぃ。エトちゃんの気に障ったのは、主な侵攻先がキーフであったから。ほら、今の会話の通り、XXXちゃんはキーフの子だからねぇ。それでもまぁ、直接的な被害がない限りは気にしないと思うよぉ?」

「そんな動機で、国と対立しかねない状況を自ら作り出すなんて…」

「あっははは、君、本当に失礼な子だねぇ!仮にも自国の大賢者相手に、そんな動機って…ふふ、あっはは!!」


時折言葉を詰まらせながらも、イロアスはどこまでも優秀な少女だった。経験が足りず発言そのものに対する考慮は大きく書けているが、視野が非常に広く知識量も人間の大人を凌駕している。本当に面白い子供だ、そんな事を考えていたソフィは、ふとソフィの発言に対して深く考え込んで拳を強く握っている様子に気付いてようやく、目線の高さを合わせる様にしゃがみこんだ。驚いたイロアスが困惑気味に後ずさるが、幼い人間の少女を気遣う方法など知らないソフィは特に気にする事もなく自分が相手に言いたいことをはっきりと言葉にした。


「君さ、トートの王になりなよ」

「……何を、」

「むいてるんじゃない?少なくとも、今のトート上層よりはずっとね」


日常会話の一端のように告げられたソフィの提案を前に、イロアスはぴたりと全てを止めた。体も、思考も、呼吸さえも無意識に止まっていたのだろう。けれどもそれは決して驚いた訳でも、困惑した訳でもなかった。ただ固まったイロアスは、その言葉を何度も脳内で繰り返しているようだった。


「…ボクが協力してあげるよ。その方が、XXXちゃんが悲しまない世界になるし、最終的にエトちゃんが新たな変化を得る事も出来そうな気がするからさぁ。ボク、あの二人の事…相当気に入ってるみたいでねぇ?勿論恋愛感情とかじゃなくて、他人として好き?みたいな。…苦しそうな顔されると困るんだよねぇ」

「…、」


イロアスに提案を告げた瞬間とは打って変わって、どこか恥ずかし気で穏やかな表情を浮かべたソフィは、未だ子供達にせがまれて何度目かも分からない歌を紡ぐXXXとシェルェールをあしらうチトの方へ視線を向けた。幼い子供を見守るような、それでいて眩し気に目を細める様な、そんな柔らかい表情を浮かべていた。


「…この身は、女性として記録されているんだぞ」

「そうみたいだねぇ?その割に、君の思考回路や根本的な口調はどこまでも男性的なようだけどぉ。元の立場に未練があるからこそ、敢えてそう振る舞っているんじゃないのぉ?」

「未練…、…そんなの、あるに決まってる。折角手に入れた力を下らない間違いで露呈させて、何もかもを失った。それでも…っ”俺”は、諦められないんだ。みっともなく何も知らない子供たちを統治して、生に縋りついてこんな地下に隠れて息をひそめている。子供たちを導く事だけが自分の価値だって思い込んで、がむしゃらに動いて…っクソ、俺はこんな現状望んでいない!!」

「……ふふ、決意が成った人の子は眩しいねぇ」


緩やかに、けれども怪しげな笑みを浮かべたソフィはわざとらしく空中に手を伸ばし、両の掌の上に乗せる様に杖を呼び出した。目の前で表情を歪めて苦し気に内心を吐き出すイロアスは、何処までも人間らしくて興味深かった。碌な力も、地位も、何もかもを持たない子供。それが惨めだと理解していながらも生き続ける決意を固めている。何とも愉快で、まるで”御伽噺”のようではないか!


ソフィはどこまでも世界の外側から見下ろす者。世界樹の意思を守り、安然を守る者。その視点は神に近づいていたのだ。嬉々として笑ったソフィは、そんなソフィの表情を見て怯えながらも強い意志を決して揺らがす事がないイロアスに一層歪んだ笑みを見せつける。


「改めて告げよう。君、王になる気はあるかい?」

「…っ何度も考えた。考えて、考えて、考えて…この腐った国を救えるのは”俺しかいない”って、そう思ったんだ!王族の血があって、真実の目を持っていて、何よりこの国の為に尽くす自負がある!何より…貴方に言われると、それが世界の意志であるような気がしてならないんだ。矢張りエルフが長い時を生きる種族だからなのか…?」

「傲慢、それでいて純粋無垢。君は完璧な主人公になれるだろうねぇ。それから問いの答えだけれど…事実、ボクはこの世界における最古の生命体。世界の根幹に最も近いところに居る存在だ。等しく、ボクの決定は世界の決定だと言っても過言ではない。君の直感は、紛れもない真実さ」

「世界の、決定…」


ワザとらしくイロアスの正面に跪いたソフィは、自身の杖を掲げながら首を擡げる。あえて項を見せつけ、相手を害するつもりが一切ないと、その選択に全てを委ねると、身をもって示して見せた。始めはどこか困惑気味だったイロアスも、次第にその表情が決意一色に染まっていく。後に引く時間は幾らでもあった、それでもイロアスは前だけを見続ける意思を決して折らなかった。条件達成、完璧だ…!


「ボクはソピアー、最古の生命体であり、世界の意思そのものだ。君を王へと導く者の名でもある。…そんな、世界に選ばれし君の名は?」

「…っイロアス、トート大帝国王家次男、イロアスが貴殿の導きをもって王になるとここに誓おう!」

「あは…歴史が動く瞬間、ボクはこれが大好きなんだ。精々結果を出してね?主人公」


恍惚に染まったソフィを前に意思を固めたイロアスが見るのは、自らが王になって腐敗しきった国を立て直す未来だけだ。後に革命王の伝説と呼ばれる御伽噺の根幹となった瞬間である。



―――


「———貴方、大賢者?」

「やたら態度がデカいガキだな。名前は確か…しぇ、シェルだっけ?」

「…それで構わない。無回答は肯定と見なす」

「へいへい…」


XXXが歌う様子を心穏やかに眺めていたチトは、少し離れたところで自分と同じようにソフィがイロアスに絡まれている様子を横目にぶっきらぼうに話しかけられて、視線を向けた。自身を大賢者だと正しく理解できている癖にやけに大きな態度は、チトに呆れや怒りより先に興味を引き出し、一先ず話を聞く姿勢を取る事に決める。そうして身体の向きを変えた途端、険しい表情を浮かべたシェルェールと目線が合って思わず肩を竦めた。適当な態度を僅かに改めたチトを前に僅かに深呼吸を繰り返したシェルェールは、緊張感を含んだ面持ちで口を開く。


「大賢者よ、何故戦争を止めない?貴方は戦争反対を掲げていた筈。それなのに姿も見せず、今になって何故トートに現れた」

「その話か。…はぁ、どうして俺が戦争を止める必要があるんだ?事前に反対意見ははっきり告げていたにも拘らず、それさえ切り捨てて強引に開始された戦争に手を貸す理由が、果たしてどこにあると言うんだ?」

「それは今、目の前の光景を見ても尚揺らがない意思なのか」

「なんで揺らぐんだ?理由が分からない」

「そう、か…」


ただ事実を回答しただけのチトを前に、酷く傷ついたような、哀しそうな表情を浮かべたシェルェールは言葉を失った。状に訴えかけよう、という訳ではないが、現状を前にして一切意思が揺らがない以上目の前の大賢者がどこまでも人間から外れた存在である事を理解できてしまったからである。退屈そうに告げられた回答は、決してシェルェールが望んでいたものではなかった。一方のチトもシェルェールの発言から興味を失ってしまったのか、何やら話し込んでいる様子のソフィとイロアスの方に視線を向けてしまっている。つまり、この先シェルェールが何を言おうとチトには一切響かないのだろう。そう理解したシェルェールは暫く考え込んで、それから深いため息をついた。


「事前に話に聞いていた人間に興味がないって話は、紛れもない事実か。あーあ、やめやめ。らしくない事はするものじゃない。シェルはその解答が聞けて寧ろ安心した」

「…はぁ?」


黙り込んでいたシェルェールの突然の変貌を受けて思わず視線を戻したチトは、随分と態度が変わったシェルェールを凝視した。先程までの態度を崩してどこか女性染みた所作でその場に倒れ込むように座ったシェルェールは、チトの視線に肩を竦めて見せた。


「なんだ、護衛ごっこはおしまいか?」

「そこまで気付いているなら、一連の行動が本意ではない事も分かっている筈。子供で遊ぶなんて酷い大賢者」

「ほんっとーに態度がデカいクソガキだなお前」


はいはい、と片手間で返されたチトは額に青筋を浮かべながらも、促されるまま隣に腰を下ろした。そうして視線が向かうのは、緊張した様子でソフィと会話を続けるイロアスの方だ。ソフィもソフィで、子供相手にどうせ最低な発言を繰り返しているのだろう。そう分かるくらいイロアスの表情は暗く、深いため息をついたチトはXXXについ先ほど散々睨まれた癖に子供の相手が下手だなぁと自分の態度を棚に置いて笑った。チトとしては、シェルェールを片手間に追い返さなかった時点で相当譲歩したと思い込んでいるのである。同じようにソフィ達の方に視線を向けていたシェルェールは、深いため息と共に太ももで頬杖をついていた。


「シェルは、見ての通り女だけどずっと男の子として育てられてきた。女の子として育てられてるイロアスの婚約者として、だけど。でも本当は戦争とか、立場とか、正直どうでもいい。ただ、世界で一番優しくて馬鹿なイロアスを守れたら、それでいいの」

「…自分語りか?」

「世界で一番シェルとイロアスに興味なさそうだから、大賢者相手なら何を言っても許されるかなって」

「ガキ…いやまぁ実際どうでもいいけどさ。生物学上女のくせに妙に雰囲気が固かったのはそういう理由か。大変だな、お互い性別と異なる教育を受けて」

「む、大変なんて言葉で片付けられる内容じゃなかったし。男の思考回路とか、世界で一番理解できない。余計な事ばっか言うし、相手を一切気遣えないし、下らない前提思考が鬱陶しいし」

「もしかして今俺の悪口言ってる???」


チトなりにシェルェールを思っての発言だったが、どうやらお気に召さなかったらしい。そういう所が女性視点で理解できないのだろうが、どこまでも男でしかないチトは困惑しつつ首を傾げる事しか出来なかった。不満そうに文句を吐き出してからようやくニヤリと笑ったシェルェールは、直ぐに表情をまた暗くしてついにその場に背中を付けて倒れ込んでしまった。


「イロアスが幸せになってくれれば十分なのに、世界がそれを許してくれないの。なんとかして、大賢者」

「俺は便利屋じゃねーからな?それに…現状のトートに手を貸すつもりは一切ない。忠告聞かねーし、調子乗ってるし、目先の利益しか見えてねーんだもん。この国を捨てるのが一番最善策じゃねーの?」

「それはその通りなんだけど…。シェルが悩んだところでイロアスはこの国の為に生きたいって根本を変えないし、国は愚鈍なまま。どうしようもない事くらい、分かってるつもり」


つまらなそうな表情のまま中々達観した発言を繰り返すシェルェールは、無意識なのかチトから器用に返答を導き出して見せる。別に敢えて口にする事でもないと考えていた事をわざわざ口に出してから気付いたチトは、目の前の子供に中々の話術の才がある事を認めた。


一見無警戒で完全に脱力している様に見えるが、片手はいつだって杖を呼び出せるように自由に空いている。極僅かだが感知に近い魔法も常時発動しているらしく、教会の外への警戒心は現在進行形で解かれないままだった。魔力操作の実力やどんな状況でも揺らがない警戒心の高さは、魔法使いとして非常に優秀な部類に入るだろう。それを、まだ幼い目の前の子供が誰に言われるでもなく行っているともなれば、その才能は計り知れない。


「お前…じゃなくてシェルか。おもしれーじゃん、何か一つ望みを言ってみろよ」

「うわ、急に面倒臭い興味持たれた感じ?折角久々に本音をぶつけられる大人が来たからって、調子に乗りすぎたかな…」


にやにやと愉し気な笑みを浮かべるチトを前にして、心底嫌そうな表情を隠しもせずに浮かべたシェルェールはわざとらしくため息をついた。さっきと今で随分異なる態度を前に、一体なんの心境の変化が起きたのか詳しく聞いてみたいところだったが、所詮ただの人間がいつの時代から生きているのかさえ分からない大賢者の考えを理解するなど永遠に不可能だろうと思い直す。不意に与えられた願いを口にする機会を前に、相手が大賢者である前提を考慮した結果シェルェールの思考は、魔法で再現できる何かへと結論付いていた。


「じゃあ……、イロアスを王にできる魔法」

「アイツ女として育てられてきたんだろ?」

「そこは問題じゃない。イロアスは性別程度で揺らぐ存在じゃない」

「そういうもん?にしても、王、王かぁ…。俺が知ってる王って基本的に碌なのいねーからな。寧ろ、アイツならマシな王になるって話か?」


指定されたあまりにも抽象的過ぎる効果を求める魔法を前に、チトは頭を悩ませた。淡々と返された絶対的な信頼に若干引きながらも、自身が持つ魔法の中から願いをかなえるに近しい魔法を脳内で探し始める。


「単純に王にする魔法と言われれば、新しく国と民を起こす魔法陣でも与えたいところだが…生命の創造は流石にソフィに怒られそうだからなしだな。視点を変えて、王だからこそ持ち合わせた王に相応しい魔法を考えてみるか。つまり象徴になる魔法って事だろ?うーん…」


そうして暫く考え込んでいたチトは、突然瞳の色を深紅からオーフの民にみられる蜂蜜色に変色させて立ち上がった。きらりと輝く宝石の様な瞳はチトの様子を眺めていたシェルェールの気を強く引いた。杖を呼び出し一振りすれば、一枚の用紙に二つのよく似た魔法陣が描かれたものが現れる。


「…それは?」


軽く覗き込んでみるも、内容の複雑さを前に解読を諦めたシェルェールは素直に内容を尋ねた。それに対して得意げな表情を見せたチトは、口角を緩ませながらその用紙の表面を撫でつけてシェルェールと視線を合わせた。


「嘗て、世界戦争時代の終幕と共に消滅したとされる魔法…白焔魔法と黒焔魔法。聖なる輝きに満ちた白焔と、深淵なる闇を象徴する黒焔。この二つはまさに正義と悪、人類と魔王軍を象徴する対となるものであり、戦争が終わった今不要な存在として人々の記憶から消されたものでもある。これを、お前とあっちの赤髪に授けよう」

「…ちょっと待って、魔法はイロアスにだけで構わない。その代わり対価はシェルが、」

「代償を心配してるのか?そんなもん不要だ。元々これは全ての生命体が持ち合わせていた力に過ぎないからな。それに…どうやらあっちの方でも話がまとまったらしいぞ?」

「イロアス…?」


愉しそうにチトが指示した先では、イロアスを前に項を見せるソフィの姿があった。緊張を込めながらも、強い意志で固められた表情を浮かべるイロアスはチト達の視線に気付かない。余りにも突然過ぎる展開に呆然としていたシェルェールは、目の前に用紙を近付けられてようやく我に返った。


「力はあるだけ困るもんじゃない。お前はアイツを王にしたい。俺は、お前の言動に興味を持った。この二つの関心を満たすために、魔法を授けるんだ。…ここだけの話、俺は知りたいんだ。嘗て魔王軍の象徴とされていた黒焔をお前という人間がどう扱うのか…その行く末をな。残念ながら、赤髪の方がオマケだ」

「っ、イカレてる…」


遂に隠し切れない恐怖を込めた表情を浮かべたシェルェールは、それでも目の前に差し出された魔法陣が描かれた用紙を震える手で受け取った。いくら大人の会話が通用するからと言っても、相手はまだまだ幼い子供である。そんな相手に対して世界を揺るがす歴史的な魔法をあっさりと授ける自国の大賢者を前に、シェルェールが信じられないモノを見る目をしてしまうのは仕方がないだった。そんな大層なモノを一方的に押し付けたチトは、これ以上会話を続けるつもりはないらしく会話は終了だ、と言わんばかりに立ち上がって子供たちに囲まれるXXXの方へ歩いて行った。


少しして、呆然としていたシェルェールの元へイロアスが駆け寄ってくる。その気配に我に返ったシェルェールは、動揺を奥底へ沈めて何でもない表情をイロアスへ向けた。


「話したいことがある」

「…うん」


真剣で、僅かな恐怖心を押し殺して、決して揺らがない意思を込めた瞳がシェルェールを射抜く。決意が、材料が、手元に揃ってしまった。言葉には言い表しながらも、どこかで絵空事だと、自ら危機に飛び込んでいく様な相手ではないとイロアスを勝手に認識していたシェルェールはたった今この瞬間、それらを改めることになる。これからイロアスは何度も困難に立ち向かう事となるだろう。下手を打てば、志半ばでその命を散らしてしまうかもしれない。選ばれてしまった、最も茨の激しい未来。ずっと聞きたくて、けれども聞きたくなかった言葉はイロアスの口からあっさりと吐き出された。



「……俺、王になるよ」



ソフィとの間にどんな会話があったのか、これまで決して言葉に表してこなかった葛藤全てを押し流す為に何を考えたのか、心の内に何が隠されていたのか。その説明一つせずに結論だけを述べたイロアスを前に、これだから男はダメなんだ、なんて思考に到ったシェルェールは苦笑を零す。どこか戸惑った様子のイロアスを前に、改めて真面目な表情を作り直したシェルェールははっきりと言葉を発した。



「そう、協力する」



そんな時間にすれば一瞬の目配せで、お互いに何かしら重要な変化が起きた事を認識した。普段と変わらない表情を浮かべながらも、僅かに震える手で二つの魔法陣が描かれた紙を握るシェルェールの様子に気付いたイロアスは、そっとその手を包む。



「大丈夫、俺達二人なら必ずできる」

「…そう、だね。シェル達で、この戦争を…終わらせよう」



小さな子供たちの、大きすぎる意志はこうして実態をもって動き出す。


世界中が混乱に満ち溢れる中で、崩れた教会の地下、伝説は幕を開けたのだ。



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