73話 押し付け攻略
「いやっっっっむりむりむりむり!!あたし魔法使った事ないのに!絶対むり、しぬ、ほんとに勘弁して!!」
「結界魔法張るからねー!魔法はイメージやでー!」
「安全圏に居る人は呑気でいいね!?」
地球出身の純正日本人である探は、突如異世界に召喚されたかと思えば今度はドラゴンと正面対決する状況に陥っていた。葵の唐突な提案に混乱を飛び越えて頭の中を真っ白にしている間にも、気付けば現在地は先ほどの闘技場。そして見上げるのは、案の定長時間の放置にストレスを爆発させたらしいドラゴン様だった。制止の声も聞かず闘技場の内部へ放り込まれた探は、何もかも思考が追い付かないまま兎に角声を張り上げて葵が本当に近くで様子を見てくれているのかを確認するのが限界だった。
杖の呼び出し方すら碌に知らない探は生存本能的な恐怖によってその場で立っているのがやっとの状態であり、腰は情けなくも完全に引けている。普段のルシエであれば嬉々として対峙していただろう状況だが、探は戦闘狂、と言うより魔法オタク的な要素は持ち合わせていなかったらしい。一方で葵はと言えば、闘技場に張られた簡易迷宮由来の結界の外側からドラゴンの観察に勤しみつつ、呑気に探に向かって手を振っていた。
「え、これ…リアルガチ…??」
奮える喉が現実逃避を言葉にするが、どれだけ瞬きを繰り返したところで現状は何も変わらない。元気いっぱい全力の方向を浴びせるべく重たい首を持ち上げたドラゴンは、目の前で縮こまる探をじっと睨みつけている。反射的に顔を腕で覆って目を瞑り身体を固くした探に向けて、ビリビリと痺れる様な咆哮が放たれた。
「っ…!!……、…あれ…?」
爆音に襲われるだろうと身構えていた探は。存外外壁がぼろぼろと剥がれ落ちる音は聞こえていても咆哮がまるで窓を通した向こうのもののように聞こえて、それ以外にも風圧などと言った干渉が一切ない事に気付いて恐る恐る目を見開いた。そうして初めて気付いたのは、自身の周囲を取り囲むように張られた、七色に輝く美しい硝子細工の様な結界の存在だ。瞬時に目を奪われた探は、そっと表面に向かって手を伸ばしながら呟いた。
「これ、結界魔法ってやつだっけ…?もしかして、滅茶苦茶効果が優秀?」
こんこん、と手の甲でノックして見れば、鉄扉を叩いている様な重厚な感触。表面を撫でつけて見れば、ひんやりとした冷気を感じて思わず手を離した。ドラゴンの存在も忘れて自身を囲う結界をぐるりと見まわした探の意識は、既に結界及び魔法だけに向けられている。遠く離れた位置で、やっぱり、なんて葵は呟いていたが、結界と咆哮越しの探にその声が届く事はなかった。
「魔法はイメージ、だっけ」
既に一発目の攻撃から完璧に守られた事で魔法の在り方を信用した探は、自身が存外安全地帯に居る事実を認識した瞬間先程までの動揺が嘘のように冷静さを取り戻した。遠くで雰囲気の変わった探に対して葵が目を見開いている様子に気付く事はなく、思考は全てこれまで葵と交わした魔法に関する会話ばかりにむけられている。
「イメージ…つまり、なろう系ファンタジー世界だと思えばいいって話だろ?じゃあ、杖を呼び出すイメージを頭の中で思い浮かべれば杖は…出る」
何もない宙に手を伸ばし、思い切って空白を掴む動作をする。途端に魔力は探の意思に応えるように動き出し、いつの間にか手元には中二病全開に装飾が施された綺麗な杖が握られていた。現在進行形で苛立ちと共に葵が張った結界を破ろうと様々な攻撃を仕掛けているドラゴンだったが、その攻撃すべては葵によって完璧に防がれている。そよ風の一つすら感じない空間に絶対的な信頼感を覚えた探は、ゆっくりと杖先をドラゴンに向けて落ち着いて想像を膨らませた。
「ドラゴンを飲み込むような、炎を作り出す。火種が周囲の空気を吸収、掛け合わせるのは全てを吸い込むブラックホール。全てを覆い尽くす、巨大な”黒焔”…!!いくぞ、」
言葉に合わせて生み出された小さな炎は、少しずつその姿を変えていく。不意に黒く変色した炎は巨大化を始め、いつの間にか周囲を完全に埋め尽くさんばかりの黒い炎へとなり上がっていた。
「放て、黒焔っ!!」
その一言に乗せて強く杖を握りしめれば、ドラゴンに向かって黒い炎は放たれ次第にその身体全てを飲み込み始めた。抵抗しようと何度もブレスや咆哮を繰り返すドラゴンだったが、その全ては葵の結界によって完璧に弾かれやがてあっけなく炎に飲み込まれて消滅してしまった。
「っはぁ…はぁ、っ…ん…あたし、勝てた…?」
「探ちゃんめっちゃすごーーーーい!!」
「んにゃっ!?」
咄嗟の行動、無我夢中であった探は目の前でドラゴンが完全に消滅したことにより消えた威圧感と空気に溶けていった結界を認識してからようやく、肩で息をするように蹈鞴を踏んだ。突然どっと押し寄せてきた疲労感に目を回しながらも、いつの間にか流していた冷や汗を拭いながらつい先ほどまでドラゴンが大暴れしていた形跡を残す闘技場をぐるりと見渡す。半場放心状態で本当に勝利できたのか現実を疑問視していたところで、何処からともなく葵が飛び込んできたのだ。
空中から降ってきた葵を受け止めようにも体力が足りず完全に脱力状態だった探は、諦めて受け止める様に床に転がり衝撃に備えて目を瞑ったものの、魔法でふわりと浮いたからだが地面と接触する事はなかった。
「っ…はぁ、葵…」
「うんうん!探ちゃんの大勝利やったね!!それも、圧勝!!」
子供の様に瞳を輝かせた探が、葵の肯定を受けて勝利を噛み締めようとした瞬間背後で新たな魔法陣の発動と共に風圧が二人を襲った。嫌な予感に瞬時に顔色を悪くした探は、威圧感を放ちながら魔法陣の中心部から現れた新たな銀色のドラゴンを前に震えた指で指示したが、どこからともなく放たれた蒼い炎によってあっけなくドラゴンは飲み込まれていった。
「あの…」
先程探が土壇場で発動させた魔法とほとんど同じ、但しサイズ感や威力、何より色が異なる炎の魔法、発動者などこの場に一人しかいなかった。ひくりと口角を震わせながらそっと発動者だろう人物の方へ顔を動かせば、いつの間にか呼び出した杖を片手に涼しい表情を浮かべた葵が小首を傾げた。
「倒し方が分かれば、どうって事ないやろ?」
「あ、そうですか…」
本来であれば、探が行った魔法陣を一切介さない新たな魔法の存在に驚くべきなのだろう。詳細に言えば、探の詳細なイメージに世界が応え無意識で魔法陣へと出力させた結果が今回の魔法発動に到った主な要因なのだが、この世界の魔法文化にどこまでもなじみ深くない葵がそれを敢えて指摘する事はなかった。当然、その異様さに張本人である探が気付くわけもない。何とも言えない微妙な表情を浮かべた探は、不思議そうに首を傾げる葵を前にかける言葉が見つからずがっくりと肩を落とした。
「なぁ、探ちゃん。どうして防御関係の魔法一切使わんかったの?結界魔法の方が、単純に身を守るって意味でも発動させやすいと思ってた。それに、もしウチが発動をミスったり、その…探ちゃんを裏切ったりしたら、凄く危なかったんやで?」
それは、その後も色を変えて現れるドラゴンを片手間に討伐していた葵がふと零した素朴な問いだった。事実、探は先ほどドラゴンと対峙した際最初の方向を除いて一度だって防御面の問題を考えた事はなく、そんな素振りも当然見せなかったのだから葵の疑問はそれなりに自然なものだった。そんな葵を前に心底不思議そうに肩を竦めた探は、今まさに消滅した赤色のドラゴンが居た場所を眺めながら極普通に答えた。
「なんでそんな話になる?あたしは葵を元から信頼してる。それこそ、こっちの世界の葵の事も、未来の葵の事も。色々教えてくれたけど、その想いは何も変わらない。葵なら絶対あたしを守ってくれるって信じてたから、防御なんて考える気もなかったよ」
「なっ、」
「急に顔を逸らして、どうしたの?」
本当に何でもない表情で語られた真相を前に、今自分がどんな表情を浮かべているのかすら分からなくなった葵は咄嗟に探から顔を隠す様に逸らした。困惑気味の探に腕を掴まれて軽く揺すられるが、不安定な思考が暴れまわって気が回らない。そんな中ようやく辿り着いた返事を、どうにか口にした葵は直後後悔と歓喜を同時に浴びる羽目に合う。
「…私の事、命を預けても平気な人やと思ってるん?」
「何を今更。…あたしはお姉ちゃんで、葵は妹。家族が家族を守るのは当然の事でしょ?」
「ふ、ふーん?」
不審そうに葵の様子を伺う探は不意に、全力で顔を隠す葵の耳が真っ赤に染まっている事に気付いた。ほんのり感じた寂しい葵の闇と、それを大きく上回る血縁関係など何処にもないにも関わらず湧き上がってやまない姉心が探の全身を駆けまわる。想いのままに葵の頭に手をのせ撫でつければ、抵抗はされなかった。
「さっきはありがとう、守ってくれて。葵なら大丈夫だって信じてたし、実際大丈夫だったよ」
「は、はっはーん!ま、まぁ?いざという時いっちばん頼りになるのは、ウチ、って事で!」
「そうそう、頼りになったよ葵」
羞恥心からか探から距離を置こうとした身体を強く抱き留めれば、直ぐに抵抗はなくなった。くすりと笑った探の服の胸元を、葵の手が強く握りしめていた。
―――
「…で、間違えて魔法陣が発動してしまって、その本の中にルシエとアオイが閉じ込められた、と?」
「…ハイ」
「チトさんがその場に居合わせていたというのに、止められなかったんですか?」
「…ハイ」
「はっはっは、あの英雄様ともあろうお方が、こんな風に肩身狭そうに縮こまるお姿を見られる日が来るとはねぇ」
「……くそ、」
古本屋に取り残された一同は、その場で正座して俯くチトを取り囲んで説教を始めていた。冷静を装いながらも完全に動揺しているヴィルの僅かに震える手元には例の魔導書が握られており、現在進行形で発動中らしい怪しく光る魔法陣がチカチカと主張を強めている。困ったように、けれどもどこか嘲る様にオルコスが笑っているのは、もしかしたらオーフへ向かう道中で受けた理不尽な修行やオーフに到着してから兄の前で見せてしまった愚行に対するささやかな復讐心が込められているのかもしれない。未だ遠慮がちだったエルフも、形無しのチトの様子を前にようやくその英雄と言う名の色眼鏡を外した様子で軽快に笑っていた。
「それで、この魔法陣の概要は?」
「訓練用の迷宮生成だとアオイは言ってたな…いや、そんな目で見るなよ、俺だって読めないんだよその言語!俺に分かるのはアオイの瞬間的な解読内容だけなの!これはほんとなの!!」
しおらしい態度をとったかと思えば不満そうな表情を浮かべて、突如向けられた鋭い視線に縮こまって。もしこの場にソフィが居れば確実に大爆笑必須だっただろう状況で、流石のチトも冗談や自己保身に走っている場合ではない事くらい理解していた。
「な、何かしらの枷を付けた状態で簡易迷宮を攻略するか、もしくは迷宮内で死亡すれば戻れる仕組みになるって聞いたぞ!だから最悪死ねば戻れるか、ら…っちょ、ヴィルお前マジで怖いって!!」
慌てた様に弁明し結論を口にするも、射殺すような冷たすぎる視線をヴィルに向けられてその言葉尻は徐々に弱くなっていった。長い時を生きる魔人であるチトだったが、今この瞬間の彼は得体の知れない人間から向けられる本気の圧に震えて涙目で大人しくしている事しか出来なかったのである。
一方でヴィルはと言えば、当然ご立腹である。当たり前の話ではあるのだが、今回問題に巻き込まれたのはルシエとアオイ…ヴィルの中で圧倒的頂点に君臨する絶対的な身内である。そんな二人が、チトであれば確実に対処ができたであろう状況で理不尽に巻き込まれることになり、トートの大賢者という立場でありながら自身の思考にばかり気を取られて取るべき対処を怠ったともなれば冷静でいられるはずもなかった。魔法陣の詳細も、安全性すら不明瞭な状況で果たして葵が死と言う帰還手段をルシエと共にとってくるだろうか。そんなことはあり得ない訳で、危険な状況に陥った大一要因であるチトは完全に敵に等しい状況と化していたのである。
それなりに大人しいオルコスだってその表情はどこまでも厳しく、決して助け舟を出してくれるような雰囲気は一切なかった。
「…なんで俺ばっか…。そもそも驚いたからって魔力を流したのはルシエだし、」
「言い訳厳禁!!」
「ごめんなさい!!」
無意識に零れた悪態に間髪開けず怒りの声が飛び、チトは無意識で背筋をぴんと伸ばして必死に謝罪の言葉を叫んだのであった。
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