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72話 勇者召喚


「魔法って、あたしも使えたりするの?だってほら、何がともあれ葵もあたしと同じ地球人な訳でしょ?」


目先の目標であるドラゴン討伐に向けた作戦を考えていた葵の横でぼんやりしていた探は、不意に思い出したように顔を上げた。その瞳には隠し切れない興奮が見え隠れしており、新しい魔法を使う時のルシエと余りにもそっくりで思わず葵は吹き出してしまった。そんな葵の反応に子供っぽい自身の反応に気付いたらしい探が少し不満気に頬を膨らませたのをどうにか宥めながらも、この世界に誤召喚されたばかりだった頃の自分は、チトから今の様に微笑ましく見えていたのだろうかと何となく思った。


「ごめんごめん、それで…魔法、よな。この世界のルシエちゃんは魔法がめっちゃ得意な子やから、多分探ちゃんも入れ替わった以上使えると思うで?」

「マジか…マジかぁ…!!黒い炎とか、打てる!?」

「うわぁ、どの世界のルシエちゃんも考える事一緒なんやな…」


キラキラと瞳を輝かせた探を前に、学園の入学試験の際にルシエが使用していた黒焔魔法の存在を思い出した葵はわずかながらにドン引きした表情を浮かべつつ苦笑を零した。一方で葵の反応の意味が分からない探は、首を傾げるしかない。そうして暫く葵からさっぱり理解が出来ないこの世界の魔法についての情報のレクチャーを受けた探は、目を回しながらぶつぶつと教わった情報の復習を始めてしまった。分かるぞ…なんて無駄に先輩面を浮かべた葵だったが、ふと思い出したように魔力感知に触れたドラゴンの存在に肩を竦めて作戦考案を再開した。


「……確かに貴女は、あたしが良く知ってる葵に比べて相当ガキっぽい」

「急になんなん!?素直って言って欲しいんやけど!?」


知識の復唱に忙しそうだった探は、突然目を見開いて立ち上がったかと思えば地面に座り込んで思考に集中していた葵を指さして言い放った。一切の脈略がない発言に動揺した葵の反応を気にする事すらなく、自分自身の発言に勝手になるほどと納得し始めた探はまた直ぐに自分の世界に入ってしまったらしい。葵が文句をぶつけても碌な返事がなかった。この、一つの物事や思考に集中すると途端に回りが見えなくなる性格はルシエとそっくりである。そんなところまで一緒じゃなくてもいいのに、と思わず呟いた葵だったが、相変わらず無反応の探を前に苦笑を零すしかなかった。


「もういいや、魔法陣作ろう」


色々と手元にある情報を掛け合わせて打開策を考えていた葵だったが、結局あれこれ机上の空論を立てても埒が明かないと判断した結果、なんだかんだでドラゴンを倒す為だけの魔法陣を新たに作成する事を決めた。面倒臭くなったとも言う。それに、普段は周辺環境や発動対象、周囲の状況と言った安全管理が最低限必要となる魔法陣作成だったが、今回は対象が強いドラゴンと言う事もあって少々不味い魔法陣でも、討伐対象の前提条件のお陰でどうにか禁忌指定を逃れて強い魔法が使える魔法陣が作れるかもしれない、という淡い期待も確かにあったのだ。最近葵が本気で作り上げた魔法陣は大半チトに取り上げられて、ソフィによって禁忌指定されてしまっている。ソフィ達からしてみれば堪ったものじゃないのだが、葵個人としては非常に不満だったのだ。


白紙とペンを握りしめて意気揚々と作成を始めた葵は、退屈そうな探の暇つぶしようにと偶然持ち合わせていたキーフで購入した童話の書物を渡して自分は集中していた。大人しく読書を始めた探だったが、暫くすると困惑交じりに唸り始めたので会話を試みることにしたのだ。多少なりとも行き詰った作成の気分を入れ替えるつもりだった。


「何に悩んでるん?多分それ、探ちゃんなら読めるやろ?」

「んぅ…確かに読めなさそうで、読める…けど。ここって異世界なんだよね?だったらどうして、日本語そっくりな言語が存在してるの…?古典の教科書読んでるみたいな気分になる、って言うか…なんだかんだ読めてるのが謎、みたいな」

「あぁ…」


改めて探の手元にある書物に視線を下ろした葵は、最近は例の学園入学後に作り上げた最初の禁忌指定魔法である言語習得関係の魔法陣の存在のお陰で気にする事もなかった、言語の壁について改めて意識を取り戻した。確かにキーフの文字はその地域の内情に相応しく何処までも日本語と酷似した文字を使う文化があった。


「これはキーフって言う地域の文字なんやけど、あの場所って時代の流れが随分日本と似とるんよなぁ。恐らく、ウチ以外の日本人が過去にこの世界に居て、日本の文化を伝えたんやと思う。その一環として続いてるのが、キーフ文字」

「ラノベあるある、勇者召喚で異世界革命!ってヤツだ。つまり、そのキーフって国の勇者が、日本人なのか」

「…そう、だけどそうじゃない、って言うか…説明が難しいな。ウチもあんま分かってない事の方が多いし…。…まって、”いつからウチと同じ状況の人間が他に一人しかいないと錯覚していた”?」


片手間にペン回しをしつつ会話に集中していた葵は、探の言葉にふとペンを落とし、暫く黙り込んだかと思えば勢いよく顔を上げた。慌てた様子でペンを拾い新たな白紙を用意し、一心不乱に魔法陣を描き出す。急に動き出した葵の様子に目を丸くした探は、どうしたんだと声を掛けたい気持ちをぐっと飲み込んで暫くその様子を伺っていた。勢いよく白紙を埋めていく言語は探には到底理解できるものではなく、それでも節々に読める気がする文字が入っている事に気付いて観察し始める。そうしていると、止まる気配がなかった葵の腕がそっとペンを置いた。


「…最後に座標軸をある程度アバウトに設定すると…。…恐らく勇者召喚の魔法陣は、こんな感じの要素の複合で成立してるんやと思う」


まるでテストの答案用紙を見直している時の様にじっと紙を握りしめ見つめ続けた葵は、満足したのか息を吐きながら背中から倒れ込んだ。軽く額に手の項を当てて、急激な稼働に上がった熱を冷ます様に何度か深呼吸を繰り返す。完成した複雑怪奇な魔法陣は、探にとっては酷い中二病のお絵かきにしか見えなかった。勿論しっかり見れば何かしらの規則性がある事くらいは理解できたが、探に把握できた情報はそこまで。実際は世界の根幹すら覆す、非常に高度な代物だった。少なくとも、一人の人間がその場の思い付きで作り上げられる程生ぬるい者ではない。人生をかけたとてたどり着けない極致に、その魔法陣は存在していた。


のっそりと起き上がった葵は、気怠げな雰囲気を纏いながらもどこか緊張した様子で、完成した魔法陣に微量の魔力を流し込む。途端に用紙がどこからともなく発火した翠の炎によって消えていく様子を見届けて、ようやく安堵のため息を零した。


「…えーっと…?」


明らかに超次元的な事象が起きて目の前で紙が緑色の炎で塵になって消えていった様子を前に興奮と困惑、若干の恐怖心を抱えた探は恐る恐る葵に状況を尋ねる。けれども、そんな探の存在など完全に忘れているらしい葵は、考え込むように人差し指を顎に触れさせて俯きがちにぶつぶつと口を開いた。


「例の記録、ソフィが吐いた空白の答えは勇者召喚、か。空白の理由は世界によって禁忌指定が認定されたから、その単語自体が自動的に過去から抹消されてるんだ。やっぱりあの人は勇者召喚によってこの世界に呼び出された異世界人。その出身は世界線はともあれ、現代日本。…でも、恐らくそれだけでは今のキーフは成立しない。あの人よりもっと前に、この世界に召喚された日本人が居る。間違いない、キーフが一昔前の日本に近しいのは、ウチより前の時代から勇者が召喚されているから…?そこに、キーフで召還された勇者が新たに発展した知識を齎した結果が…滅亡」


適当な作業台にしていた岩の表面をトントンと指先で叩く音が響く。葵の頭の中には、この世界の年表やソフィに齎された世界循環説と言う名の世界の実態、そして常日頃から把握している記録達が駆け巡っていた。点と点がつながる感覚がすっきりする感覚と同じくらいの蠢く感情を揺らした。無意識に下唇を噛み締め、爪の跡が付く程強く手のひらを握り込んでいた葵の手に触れたのは、いつの間にか随分と距離を詰めていた探だった。


「あー…葵?あたしにも分かる様に、説明して欲しいなって」

「探ちゃん…。…ごめん、ほったらかしにしてた。でも、確信がないからこそ軽率な発言は出来ないし、したくないんだ。…だけどね、今の探ちゃんの発言のお陰で一つ核心に近づく事が出来た気がする!だから、ありがとう!」

「教えてくれる気がない事は、理解した…」

「ウチやってまだまだ知らない事の方が沢山ある世界なんやから、探ちゃんも何でもかんでもウチが教えてくれると思っとったらあかんよ!」


無邪気な癖に、どこまでも計算高い。何一つ隠さない代わりに、何一つ詳細を離さない。


余りにもアンバランスな言動をとる葵を前に探はあっさり思考を放棄した。これ以上何かを考えたり、葵自身に対して問い詰めたところで何一つヒントが得られない事を察したからである。葵がそうしようと強く考えている事が分かる以上、猶更これ以上動く理由はどこにもなかった。


「もうその話はいい。ドラゴンを討伐するための魔法陣?…は、どうなったの?」

「それがなぁ…。やっぱウチ、ドラゴンの知識とか何も分からんから全然進展がないんよ!結局のところ、この世界のドラゴンに対する有効打が分からんし、セオリーだって最初から最後までなーんも分からん今のままじゃ、魔法陣を組み立てようにも何も進まんのよなぁ…」

「ドラゴンの弱点、ね。…やっぱ逆麟?魔法は耐性とか持ってそうだし」


探がぱっと浮かんだ可能性を口にしてみるも、葵の反応はあまり良くなかった。結局暫く二人そろって唸る様に考え込んでいたが、勢いよく立ち上がった葵によってその意味があるのか分からないのかも曖昧な思考は散っていく。何事かと葵を見上げた探は、その表情に浮かぶ悪戯心を隠さない嫌味な笑みを前に僅かに頬を引きつらせる。この先を言わせてはいけない気がする、そんな本能的な異常を真に受けて何かを口にしようとしたが、それより先に葵の言葉が告げられてしまった。


「ちょっと、探ちゃん戦って来てくれん?」


「……は??????」


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