とある記憶 35
「ここ…皆で赤ちゃんの面倒を見た家があった場所だよね」
口数も少なくひたすら廃墟とした街を歩き続けてたどり着いたのは、三人にとってはついこの間の事の様に明確に思い出せる幼い赤子の面倒を見た家だった。当時は場の空気に流されてなんとなくXXXの指示に従って面倒を見ていたが、冷静になって考えればよくもまぁ衝動的な殺害意欲を抑え込めたものだったと思う。完全に倒壊した家屋の隙間から小さな人形の足が覗いているのに気付いたXXXは、その場に座り込んで重力操作魔法を用いてそっと瓦礫を動かして手に取った人形を両腕で抱きしめた。
「くま、かな」
自身の手が汚れることも厭わずに手に取った人形の煤や埃を払ったXXXは、ようやく全貌を見せた色素の薄れた茶色の糸を目にして小さく呟いた。改めて人形を掲げ、人の気配など欠片もない見る影もない家と人形を暫く見合わせてから、静かに立ち上がる。特に感想もなく大人しく後ろをついて来てくれる二人にちらりと視線を向けたXXXは、多少綺麗になった人形をそっと瓦礫の隙間に丁寧に押し込む。多少は屋根の役割を果たすのかもしれないが、それも風に煽られれば一瞬で無意味になるような意味の不明瞭な気遣い。せめて保存関係の魔法の一つや二つ使えばいいものを、そう言葉に仕掛けたチトは、隣で何も言わないソフィの様子に気付いて口を噤んだ。
あるべきモノが、歴史の流れの通りに朽ちていく事。それはソフィが常に見続けてきた当たり前の行為だった。一つを修正すると全てを修正したくなるのは人間の嵯峨だ。いくら優秀な魔法使いであるXXXでも、街中全てを修復しても戦火に呑まれた街に住む者はいないし、そもそも修復するには時間も魔力も何もかもが不足している。勿論ソフィやチトであれば片手間に街全てを元あった状態に戻す事も可能だったが、それをする意義も必要性も感じていない事は先の会話で既に明確になっていた。チトだって、目の前の家は多少思い入れがあってもそれ以外の建築物の殆どには興味がないのだ。けれども、XXXと自分達人外種の根本的な考え方に相違がある事を理解しているチトは、結局XXXが何も言わないのならばと余計な手出しや口出しは止めておくことを決めたのだった。
一切の行動を起こさない二人を前に苦笑を零したXXXは、それでもどこか嬉しそうだった。家から体の向きを変えて、ボロボロの道を歩き出す。嘗ては臨時の屋台が多く並ぶ騒がしい場所だった大通りも、今となっては瓦礫に塗れた寂れた通路へと姿を変えてしまっていた。
「———きらきらひかる、おそらのほしよ。またたきしては、みんなをみてる…」
小さく、独り言のように紡がれる歌声は、生命の気配をまるで感じられない荒廃しきった街でよく響き渡った。そっと杖を呼び出したXXXは、目の前を絶ち塞ぐ瓦礫を重力操作魔法で移動させ、道を作り出しながらもゆっくりと進んで行く。それは、視界に入る景色全てを見届けようという人間離れしていながらどこまでも人間らしい行動だった。
「……もしかして、XXXちゃん?」
「へ?」
実のところ、街に入って直ぐの頃からずっと近くに何者かの気配がついて来ていた事には気付いていた。ただ、此方の様子を伺うような素振りは見せながらも敵意や悪意の一切を感じなかったので、敢えて誰も触れていなかったのだ。突然呼ばれた己の名前に驚いて反射的に声が聞こえた方向に体の向きを変えたXXXは、倒壊した大きな建物の陰から不思議そうにこちらを覗く子供たちの集まりに目を丸くした。
「そうだよ、絶対にXXXちゃんだよ!」
「おうた、”昔”聞いた時と一緒だった…!」
「……あ、街に居た時お前に歌をせがんでいたガキ…じゃなくて子供達、じゃねーの?二人で虹を作った時集まってた奴らに似た顔が居た覚えがある」
「わぁ…ちとちゃんもいる!一緒にいたエルフの人も!!」
「ボクは完全についで扱いだねぇ」
XXX達の正体に辿り着いた子供たちは、瞳を輝かせて駆け寄ってくる。その恰好は当時とは大きく異なり、ボロボロで煤だらけの服に痩せこけた身体、傷だらけの素足であったが、それを子供たちが気にしている様子はない。飛び込んできた子供たちに対してXXXも自身の服が汚れることを気にすることなく、しゃがみ込んでしっかりと受け止めた。
「ひさしぶりー!また、会いに来てくれたの?」
「…うん、約束…したからね。遅くなって本当にごめんね」
「いいよー!」
「お歌聞かせてくれるなら許してあげる~」
「XXXちゃんも、ちとちゃんも、一緒に遊ぼう!」
現状に対して余りにも無邪気すぎる問いかけに小さく肩を震わせたXXXは、ぐっと子供たちを抱き込んで自分の顔が見えない様にしてからくしゃりとその表情を歪めた。涙は零れなかったが、涙がないだけで確実に泣いていたのだろう。暫く抱きしめたまま蹲っていたXXXから不意に抜け出した子供の一人が顔を上げて笑う。
「ねぇねぇ、皆いるよ?一緒に会いに行こうよ!」
「皆?生き延びた人がいるって事…?」
「うーんとね、お父さんお母さんたちとぼくら、かくれんぼしてるの!でもね、急にお仕事で遠い所に行く事になっちゃったから、しばらく帰ってこられないんだって。でも大丈夫だよ、皆がいるから!」
「この景色ね、魔法なんだって!かくれんぼで、周りが静かになったらそっと顔を出してみてって言われたの。そしたらね、本当に一瞬で全部変わっちゃった!お母さんたちも見たのかな?」
「見てから遠い所に行ったんじゃない?後で”おひめさま”に聞いてみようよ!」
その言葉だけで大体の事情を察してしまった。子供だからこそ、受け取った情報を何一つ隠すことなく、理解すらできずにそのまま伝えてくれたのだろう。ぐっと瞳の奥が熱くなる感覚に思わず息を呑んだXXXの苦し気な表情を見て心配そうに騒ぎ出した子供たちは、何処までも無知だった。果たして、街の大人たちがとった行動は本当に正しかったのだろうか。いつか子供たちがこの街を出た時、彼ら彼女らは真実を知る事になる。果たしてそこまで現実を引き延ばしにする行為が、現状に最も相応しい判断だったと言えるのだろうか。
「遠い所、かぁ…」
「XXXちゃんはどこに行っちゃったか知ってる?」
「状況から見れば、どう考えても戦火に呑まれてし、」
「ソフィ君っ!!」
悪意の一つだってない、ただ子供が浮かべた疑問を解消してやろうと言う寧ろ珍しい親切心。けれども、大人たちがその身を賭けて作り上げたシナリオと言う名の真実は、珍しいXXXの大声で遮られた。突然のやりとりにぴくりと震えた子供達にごめんと力なく笑って順番に頭を撫でていくXXXは、視線と後ろ手に練り上げられた魔力で睨みつけられて肩を竦めて顔を逸らす事しか出来ない。
「…なんでも、ないよぉ」
乾いた笑みと共に内心では何がいけなかったのか真剣に考え始めたソフィの反応を見てため息をついたXXXは、そのまま意識を子供たちの方へと戻した。困惑気味のソフィの腕を肘で突いたのはこれまで大人しかったチトだ。
「あーあ、怒られてやんの。こう言うのを”ノンデリ”って言うらしーぜ?」
「なぁに?それ……ノン、デリカシーの略語?えぇっと、意味は…相手を気遣えないぃ?ちょっとぉ、思いっきり悪口じゃん!」
「今の発言は流石の俺でもやんねーわ。もう一生黙っといた方がいいんじゃね?」
「エトちゃんだってボクとそう変わらない感性の癖にぃ。何を偉そうに…」
小声で普段と変わらない茶化し合いが始まったかと思えば、そろそろ魔法が出そうだと判断したXXXわざとらしく咳払いをして二人の気を引いてから立ち上がる。深呼吸をしてから再び子供達と向き合って、不思議そうな表情を浮かべる様子にくすりと微笑を浮かべた。
「皆の所へ、私たちを案内してくれる?」
「いいよー!」
「早く行こう?こっちこっち!」
「わーい競争!」
相変わらず無邪気に笑った哀れな子供たちに手を惹かれて、三人は駆け足で人が集まっていると言われた場所に向かって移動を始めた。鉛空と荒廃した街並みに似合わない元気にはしゃぐ声は、どこまでも響き渡っていた。
―――
…例外記録、周囲環境と物質記憶から引用。
指定個体が自立的に収集した情報を提示、条件、場面転換。
尚、全ての情報は第三者視点による。
―――
「———イロアス、無理は禁物。碌な休息もなく他人の面倒を見続けている…不要な行為である筈」
「シェルェール…これらの行為は不要ではない、そして無理もしていない。自分がやるべきだと判断した行動を行っているだけだ。お前こそ、この身に付き合って無茶をしてはならないぞ」
古ぼけた教会の地下にひっそりと作られた生活空間の一室で、二人の子供達が顔を見合わせていた。一際豪勢な椅子に姿勢よく腰を掛けた子供と、近くで適当な木椅子を調達してきたらしくそれに行儀悪く胡坐をかいて座る子供。前者の子供が苦笑気味に、疲労を滲ませながらも穏やかな表情を浮かべている様子とは裏腹に後者の子供はどこまでも不満気で、呆れた表情を浮かべていた。行儀の良い子供…イロアスが発した言葉に大袈裟な溜息を吐き捨てたシェルェールは、勢いよく椅子から立ち上がって迷わずイロアスに近付き、その無防備な額を指先で突いた。不思議そうに突かれた額を手で押さえながら首を傾げたイロアスに悪戯っ子の様に笑ったシェルェールは、身体の向きを部屋の出入り口へと変えて腰に手を当てながら歩き出す。
「ばーか、シェルはイロアスと違って強い。何せ、従者兼護衛なんだから」
「…街が崩壊した以上、この身は領主の子でも、ましてや貴族の子ですらないと何度も伝えただろう。本当に、無理に付き合わず自由に行動してくれて構わないんだぞ?咎める者など、誰一人残っていないのだから」
「うるさい、シェルは十分自由にしてる。イロアスは黙って守られてて」
ぶっきらぼうに言い捨てたシェルェールは、それでも決してイロアスを見捨てる様な言動をとった事は一度だってなかった。そして、その事実は今後も一切歪むことなどないのだろうと理解しているイロアスは特徴的な赤髪を指先で弄りながら隠し切れない喜びの表情を浮かべた。深い紫の髪を揺らすシェルシェールは、背後から感じる小さな笑い声に無意識に籠っていた肩の力を抜いて部屋を出て行った。
沢山の残された子供たちが、どうにか最低限度の日常生活を送る倒壊した教会の地下空間。そこでは、同じ年の近い子供でありながら確かな実績を進行形で見せる二人の子供の存在があった。
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