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7話 物欲


「はぁー食った食った!屋台飯サイコー!超美味しかった~!」

「焼いただけの肉が外で食べるだけでなんでこんな旨く感じるんだろうな?」


ふらふらと静かなエリアを抜けて喧騒を取り戻した道を歩き、適当な屋台を冷やかし目についた片手間で食べられそうな屋台飯をそれぞれ三種類程食べればお腹は膨らんだ。デザートだ、と果物飴を頬張る葵は満腹感からかどこか眠そうな雰囲気だ。


少し先を歩きながらいまだにうずうずと周囲を見回す葵をしっかり監視していたチトは不意に、その服装が目に付く。思い返すと、葵の服装は召喚されてしまった時身に付けていたもの以外はチト自身が持っていた適当な服を渡すばかりで、葵の為だけの服は存在していなかった気がしたのである。元来ていた服だって体の成長に合わせて着られなくなって久しく、思い返せば思い返すほど年頃の少女に対する仕打ちではなかったのではないかと冷や汗が背を伝う。当の本人は一切気にしている様子がなかったが、女性特有の諸々だってある筈なのだ。果たしてこれまでの葵はあの二人暮らしの小屋の中でどのように過ごしていたのだろうか。屋台や露店を眺めているときでさえ、葵は見るばかりで決してほしいと口にすることはなかった。多感な感情を持つ成人間近の若者がこんな調子でいいのだろうか…!?


「チト君?何でいきなり焦った顔しとるの?」

「…いや、ちょっと露店に寄っていこうぜ?なんかほら、装飾品とか見よう」

「チト君にそんな趣味あったっけ?」

「っうぐ、俺のじゃなくて…葵、お前の奴だよ」

「え?ウチそういうのは別にいらんよ?あんま興味ないし」

「いいから!ほら、行くぞ!!」


心底不思議そうに首をかしげる葵に胸が痛くなる。どうして目の前の子供はここまで物欲がないのだろうか。当然のように自分の買い物だろうと言葉を返されたチトは精神的にダメージを受けながらも不要だと零す葵の手を引いて適当な露店を覗いた。


金銀さまざまな装飾品が並ぶ中で、ふと一角に視線を取られる。


「…これ、珍しいな」

「おっ、兄さんお目が高いね。それは旧国キーフの伝統技術で作られた小物たちだ。今では殆どの継承者が亡くなっちまって、かなり大変らしい。美しいだろ?あの国の技術は非常に繊細で細かい作品を作り出すのが特徴だ。まぁ…事情が事情だから結構値も張るんだがな!」


軽快に笑い始めた店主を適当にあしらいチトはキーフ装飾のゾーンを見詰める。特に目を奪われたのは小ぶりで真っ青なサファイアがはめ込まれたペンダントだった。恐らく中に写真を入れられるロケット型のものだ。かつてのチトの同居人が身に纏っていたものとよく似ている。


ぼんやりとただ一点を見詰めるチトの事を、葵は無表情で眺めていた。


「…じゃあウチ、これが欲しい!」


わざとらしく指をさしながら発せられた言葉にはっとチトは我に返った。自身が見詰めていたペンダントをピンポイントで手に取った葵は、見せつけるようにチトの目の前で首から下げるふりをする。


「ちょっとお高そうやけど…だめ、かな?」

「え、あ…これ、に、するのか…?」

「ふむ、少しくらいなら値引きにつきやってやるぞ。こういう出会いは運命だ、是非一度ほしいお思ってもらえた物なら一緒に帰ってほしいからな!」

「よっしゃきたぁ!ウチ、交渉頑張るで!」


「…いや、定価で買う。この硬貨を渡すから、中央銀行で言い値で交換してくれ」


「兄さんそれ…英雄硬貨じゃねーか!本物か?」

「まぁな。ウチの葵が始めて欲しいって言ってくれたものだし、変にケチっても気分が悪い。店主も悪いことはしないタイプだろ?別に吹っ掛けられても痛くも痒くもねーけど」

「こいつは参ったな…」


チトが懐から取り出したのは、杖と剣が交差する紋章が描かれた六角形の硬貨だ。不思議そうな葵を横目に店主に渡せば困惑しながらも受け取られる。何度かチトと手元の硬貨を交互に見詰めていた店主は、結局諦めた様に肩をすくめて降参のポーズと共に頷いた。その様子を見て満足げに口角を上げつつ葵の手元からペンダントを取り上げたチトは、ゆっくり葵の後ろに立つ。


「明日は余った時間で好きな服を買ってやるよ。そうだな…最低でも五セットずつは必要か?」

「え、えぇ…?チト君急に変な貢癖でもついちゃったん?なんでそんな優しいん、ウチめっちゃ怖いんやけど!!」

「うっせ、ミライアル若者が物欲なさ過ぎて焦ってんの。…よし、引っ掛かった。店主、鏡は借りられるか?」

「おーよ、よく似合ってるぜ」


「……、」


チトによってペンダントを首から掛けられた葵はじっと鏡を見詰めて黙り込む。またしても何も読めない無表情の葵にどんな言葉を掛ければいいのか分からなくなったチトは、結局手持ち無沙汰に葵が見詰める鏡を覗き込んだ。


背中まで伸びる珍しい黒髪は、首後ろから輝く銀のチェーンを基調に細かい掘り込みが施され、衷心より丈夫辺りにはめ込まれた真っ青な宝石がきらりと反射する。偶然にも白いローブに身を包んでいたためか、月光に反射した光彩が一層輝きを放っていた。いつの間にかつまっていた息を吐きだし、口角を上げたチトは軽く葵の頭に掌をおいてようやく口を開いた。


「似合ってるな、葵」

「…ふっふっふー、なんでも似合っちゃうのがこの葵さんやからね!」

「言ってろ」


二人で顔を見合わせて噴き出すと、つられて店主も笑い出す。


満月の夜空に、三つの笑い声が響いていた。



「…はぁ~それじゃ、帰ろっかチト君!」


流れるように自らの手を差し出した葵の瞳は、ペンダントの宝石に負けじと月明かりに反射して輝いている。


「当たり前のように迷子防止を受け入れるようになっちゃったな、お前」

「…あっ」


チトに言われて慌てて引こうとした葵の手を掴み、ぐっと握り込む。


「お前、物欲なさすぎるだろ。小遣いでも渡せばマシになるか?」

「いや、だからウチは特にほしいものとかないんやって!」

「でもなぁ…」


夜も更け始め、通行人が減った月明かりの差し込む露店買いを二人仲良く手を繋ぎ、のんびりと言えまでの帰路を進む二人だった。



―――


「ん…、……朝、か」


カーテンの隙間から差し込む膝して葵は目を覚ます。覚醒しない頭でどうにか起き上がり、周囲の状況を把握する。


「あぁ、ここ…中央都市だ。チト君の家の別宅、やっけ」


あくびをかみ殺した葵は、両手を前に伸ばして大きく伸びをする。その腕を左右に何度か動かし軽いストレッチを終えて勢いよくベッドから飛び降りた。よたよたと昨日のうちに確認していた洗面所へ向かい顔を洗う。軽く口を漱いで大きく深呼吸すれば、一気に意識が覚醒した。


目の前の大きな鏡の前で何度か頬をもみ込む。引っ張ってみたり、伸ばしてみたり。


「超絶元気で、好奇心旺盛。明るくて愉快なムードメーカー!その名も…葵!!」


よくわからないポーズを決めて瞼を開ければ、得意げな表情を浮かべる元気いっぱいな少女の姿が鏡に映る。首元に光るのは、昨晩チトに購入してもらったペンダントだ。


「うん、今日もバッチリ!」


腰に手を当ててわざとらしくうなずいた葵は勢いよく体の方向を変えて、未だにチトが眠る隣のベッドルームへ駆けだした。


「チト君おはよーーーっ!!」

「うぅうるさぃ……」


もごもごと抵抗を始めるちとを前に少しだけ考えるそぶりを浮かべた葵は、手っ取り早く杖を呼び出し部屋中のカーテンを魔法で開いた。途端に太陽光が差し込み、その眩しさにチトが布団の中へ埋まっていく。


「もぉ~起きて起きて、朝やで!今日はウチの魔法学校入学手続きをやってきてくれるんやろ?それが終わったら一緒にお買い物行ってくれるんやろ~?起きてやー、時間なくなってまうって!」

「うあぁ…起きる…」


遠慮なく葵に揺さぶられて、ようやくチトもゆっくりと起き上がる。伸びをした反動でベッドから落ちれば、その衝撃で強制的に意識が覚醒した。…実はこの機商法、昨日葵が街の宿で仕掛けていたものと同様のベッドそのものを倒す荒業だが、もともとはチト自らが行っていた強制的に目覚めるための方法なのである。


「朝飯は市場で何か探すか」

「そうこなくっちゃ!」


のっそりと起き上がったチトの一言に、葵の表情が一際明るくなる。満面の笑みで了承のポーズをとった葵は、ふらふら洗面所へ向かうチトを横目にベッド下に落下したシーツや枕を拾い上げた。


「…お、早速そのペンダント付けてるじゃん」

「まぁね!世界一に合ってるやろ?」

「あー…うん、ソウダネー」

「ちょっとぉ!…あ、でもこのペンダント、中に写真が入れられる仕組みらしんやけど、ウチそんなん持っとらんからどうしようかなって」

「あー、写真館でも寄るか?」

「…んーん、ウチ友達っておらんから、この世界の学校で大親友作ってその子たちと一緒に写真撮りたい!もちろん、チト君もその時は一緒にね?」

「うわ、何その眩しい思想…」


へらりと笑った葵に呆れた返事をして、チトは自身の身支度を始めた。シャツのボタンに気を取られたチトを見詰める葵の表情には、気づけないままで。


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