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69話 禁書


「ぶたれた」

「結界張ってたの見てたからな」

「むー…」


結局、チトが初めて見せた明らかな高等技術である不可視の魔法によって結界を砕かれた葵は、不機嫌そうに頭を摩ってチトを睨みつけた。実際の所結界魔法は間に合っており、チトも葵であれば初見の魔法でも対処できるだろうと判断した上での攻撃ではあったが、客観的に見て制裁が行われたという体裁が欲しかったのである。呆れて笑う三人は、葵の表向きの意図にも、二人が点けたオチの意図にも気付いていた為特に口を挟むことはしない。唯一老婆だけが、葵の裏の意図を察したらしく、それ以上過去や英雄に関する話題に踏み込んでくることはなかった。


「とりあえず!…店内を見せてもらうぞ」

「はーい、どんな面白い本が見つかるかな~」

「わたくしも久方ぶりにこのお店に来たので、楽しみです」

「俺は政治学の棚を探そう」

「ルシエは魔法学。…そう言えば、チトはどんな本を探すの?」

「んー…そうだな…」


収集が付かなくなったところを見計らって強引にチトが店内を指し示せば、この場所を訪れた当初の目的を思い出した四人も思い思いの書物を求めて動き出す。オルコスは投げ売りされている適当な籠を物色するつもりらしい。早速得体の知れない変な表紙の本を手に興味深そうに見詰めているようだ。特に目的もなく店内を歩こうと考えていた葵は、ルシエが不意に投げかけた質問に興味を惹かれて足を止める。軽く店内を見回しながらも最後に葵を視界に入れたチトは、小さく頷くと何でもない顔で言った。


「俺は、禁術関係の本でも探すかな」

「うっわ…でもウチも今篩魔法陣の解析頑張っとるからな~、参考資料が欲しいからついてくわ…」

「……ルシエは、流石に禁術には興味ない。解散」


チトの回答にドン引きした葵以上にぞっとした表情を浮かべたルシエは、そそくさにヴィルの後を追うようにそれでも自分が求める本を探して本棚の山に消えていった。顔を見合わせた葵とチトは、苦笑を零しながらも果たして禁術関係の本がそう簡単に見つかるのだろうかと小首を傾げながら本棚の山に視線を戻した。


…この五人が集まって、何事もなく本を物色するだけの時間が過ぎるだろうか。


勿論、そんな事ある訳もなく。



―――


「…ん、これ何語…?全く読めない、古代文字?」


適当にルシエが手に取ったのは、解読の糸口すら見つからない古代文字が連なる、一際破損が目立つ一冊だった。興味本位で手に取り拍子を捲ってみるものの、魔法陣や挿絵と解説の文章が書かれている事は分かっても何を扱っているのかがさっぱり理解できない。予想としては転移関係の魔法なのではないかと曖昧に考察したルシエは、一度手にしてしまった以上興味を捨てれずに、本を握りしめてチトと葵の姿を探して一人歩き出した。


―――


「アオイ、これは?」

「えーっと……最強の産業革命、電動芝刈り機カタログ?なんそれ、この世界で聞けるとは思っとらんかったよその単語」

「んじゃ、こっちは?」

「ううん…異世界の魔王に成り代わった俺は、腐りきった人間界に革命を起こす…だって。何この圧倒的なろう系タイトル」


チトに差し出された本の表紙を見ては、それを読み上げる葵。書かれている文字は様々だったが、どれも現代日本になじみ深い表題を抱えているらしく思わず葵の表情は引きつった。一方で、あまり内容が想像できていないらしいチトは適当に内容を流し読みしながら閉じて戻してを繰り返している。暫くそれを繰り返していれば、考え込む素振りを見せたチトは、顔を上げて口を開いた。


「禁書らしき区画は見付けたけど…実態は旧世界以前の本が、禁書と言う名目で管理されているって認識の方が強そうだな。エルフが管理者ならそれも当然か。ガチのヤツはこんな誰でも手に取れるところには置かないだろ」

「旧世界…って、前ソフィからもらった、世界循環説の本でいう所の過去の世界?」

「そんなところだ。俺が昔暇つぶしで解読していた本の表題と似たようなものも多いし、この推察で間違いないだろう」


禁書と提示された区画の堂々とした佇まいにドン引きした二人だったが、その内容を見ていけば何となく方向性を察してしまった。本格的な魔法に関わる禁術の本を探していたが、この調子では収穫は得られないかもしれない。確かに旧世界以前の書物は、今の世界ではオーバーテクノロジーとして消された内容も多く、一般人に解読されては困るものばかり。一応チトですら咄嗟に解読が難しい文言ばかりではあったので、先程のエルフなりに考えた配置にはなっているのだろう。


極普通の街中に在り、尚且つソフィのお気に入りの店だとオルコスは言っていたが、雰囲気はエルフが長命を生きる中で何となく集めた本を現代人に開放しているという認識が正しいのかもしれない。ソフィも目を通した上で、問題ないと判断されたからこそこうして平気な顔で配置されているのだろう。


「…っつー事は、俺らが探してる魔法関係の禁術書はここにないか、もしくは別のどこかに隠されてるって考えた方が早いか?」

「んー…超簡単時短ふわとろオムライスの作り方、EU加盟国一覧…理科室図鑑に…こ、高校入試用二週間で絶対合格テキスト数学編!?ラインナップは滅茶苦茶やな」


現代日本の本屋で眺めた記憶に近い文言が並べられた問題集を片手に思わず顔を引きつらせた葵は、最近殆ど使う機会もなくなっていた日本で言う所の外来語の連発を無意識に零しながら本棚に並べられた本の背表紙を読み上げていった。そんな中、不意に自分達目掛けて近付いてきた気配に揃って顔を上げる。


「あれ、ルシエちゃんや。どうしたの?」

「ん、チトかアオイ、この本の表題に何が書いてあるのかを読んで欲しい。ルシエが知る言語形態のどこにも嵌まらない古代文字、魔法書って事は何となく判断出来たんだけど…」


一風変わった古びた本を抱えて近付いてきたルシエは、ぱたぱたと駆け足で声をかけてくれた葵に向かって表紙を見せつける。ぱらぱらと本が捲られていくのを眺めつつ確かに内容が理解できることを確認した葵は、ゆっくりと軽く見た内容で作り上げた概要を説明し始めた。


「まず、表題は簡易迷宮転移の書、やって。どこかの兵団が訓練用に制作した転移関係の魔法陣について色々書いてある本で、転移先に自動生成された簡易迷宮を攻略、もしくは迷宮内で死亡した場合帰還が可能な仕組み見たい。迷宮内の罠や敵対者、難易度が選択できるように複数の魔法陣が描かれとるみたいで…更に一番の目玉は異常状態への対応力…状態異常の事かな?」


説明しながらも流し読みで本の内容を把握していった葵は、ふと見つけた表記に違和感を感じて手を止めた。異常状態とは果たしてどんな状態を示しているのだろうか。流石に描かれている魔法陣の詳細までもを解析、解読している暇はないので疑問点を残しながらも最後まで読み切った葵は、一息ついて本から顔を上げた。


「兎に角、瞬間的な判断力や対応力を訓練できる魔法陣みたいやね。うーん、これって正規の魔法陣として世界が認めとるんかな?捉え方によっては、一生魔法陣の中に引きこもる事もできちゃう気がするけど…」

「……ん、つまりは小さな迷宮で訓練が出来る魔法陣が複数描かれている本って事?実践的で、興味深い。どうして一般魔法区域に配置されていたのかは分からないけど…」


一度閉じた本を改めて適当に開いたルシエは、目の前の古びた本に想像以上の有用性があった事実を前に満足気に頷いて口角を上げた。描かれた魔法陣は一際沢山の情報が詰め込まれており、ちらりと内容を見た葵は最終試練の文字に気付いて思わず表情を歪めた。


「この本は、購入決定。次を探しに、」

「それだぁ!!!!」

「んにゃっ!?…わ、ちょ、あわわ、」


今まで黙り込んで考え事に集中していたチトが、突然大声を上げてルシエが持つ本を指さした。ソフィの気配ゼロからの出現対策で杖を呼び出し防御関係の魔法を発動させるまでの動作を反復練習し習得寸前だったルシエは、驚いて思わず杖を呼び出し、反射的に結界魔法を発動させようとして…手に持っていた本の開かれた部分に描かれていた魔法陣に魔力を吸われてしまった。


「……はっ」

「へ!?ちょ、ルシエちゃん離して、」


完全に反射だったのだろう、直ぐ傍にいた葵に助けを求めるようにその腕を掴んだルシエ。困惑気味な様子の葵と共に、二人の身体は眩しい閃光に覆われて魔法陣の中へと吸い込まれて行ってしまった。



「……ッス―――――全員集合!ヴィル、オルコス、大至急俺の元に来い!!!」



ばさりと二人を飲み込んだ本が、満足げに床に落ちる音。冷や汗を溢れさせながら細く息を吸ったチトは、大慌てで店内に残る他の二人の名前を叫んだのだった。




―――


「えーっと…ここは?いや、確認するまでもないか。あの訓練用魔法陣が作り出した簡易迷宮、やな」


いち早く意識を取り戻し、杖を構えつつ周囲を見渡した葵は先日ソフィに連れられて訪れたばかりの迷宮とよく似た雰囲気の景色にため息を零す。あたりを見渡せば、すぐ傍にルシエが倒れ込んでいた。どうやらまだ意識は回復していないらしい。魔力感知をする限り反応が全くない事を確認してから、一度杖をしまってルシエを通路の端に移動させながらも警戒の目は怠らない葵は一息つく。


ソフィが嘗て自ら作り上げたと言っていた円形状の闘技場、それに近い雰囲気を持った現在地。周囲にはどこかへつながるのかよく分からない魔力によって感知を阻害された通路が幾つか確認できる。この場所が簡易迷宮の開始地点だとすれば、何か目標を討伐する事で元に戻れる筈だろう。咄嗟の事だったせいで、今回自分たちが入り込んでしまった迷宮の傾向がしっかり確認できなかった。こんな事なら、あの最終試練の文字も見なければよかったかもしれない、そんなことを考えながらも葵は改めて周囲を見渡した。


単純な状態異常、所謂デバフが発動するのであればまだいいが、精神状態に直接関与してくるようなものであれば非常に面倒だ。葵自身も、そして未だ眠るルシエも、精神面が強靭だとはとても言い切れない性格をしている認識はあった。


「…ルシエちゃん?起きて、早く攻略済ませちゃわんと後が面倒やで?」


巻き込まれてしまったならば仕方がない。寧ろ、ルシエ一人をこの迷宮に放り込むくらいなら自分が一緒で良かったとすら本気で思う。一応先程確認した魔法陣の概要から一度死亡すれば脱出できるとの表記は把握しているが、古い魔法陣が無事効果を発揮する保証はないし、態々こんな場所で野垂れ死ぬ趣味も葵にはなかった。現状意識がないルシエを取りあえずこの簡易迷宮の外へ送る魔法陣を今から作る方法も考えたが、それよりは普通に攻略した方が早そうだと感じだのである。


ルシエの身体を片手でゆすりながら、早速葵は魔力探知を強めて未だ何も起こらない簡易迷宮を攻略する糸口を探す。不意に、大きな抵抗を感じて目を見開いた。


「何か、来る」


突然大規模な魔力の発生が感知されたのだ。場所は今まさに葵達が居る、闘技場を模した区画の中だ。瞬時に周辺を囲う様に結界が張り巡らされ、薄暗かった闘技場内は壁に取り付けられていた灯りに火が点いて一気に明るくなった。


「RPGのボス戦でも始めるつもりなん?」


浮かび上がった巨大な魔法陣から咆哮と共に現れたのは、怪しげな黒い炎を纏った巨大なドラゴンだった。周囲の壁がぼろぼろと崩れ地面が揺れる程の圧倒的な音圧は、杖を構えた葵が張った結界によって自分たちの周囲だけ守られる。強風で崩れた横髪を耳にかけた葵は、ルシエを結界でしっかり保護したことを確認してから臆することなく一歩を踏み出した。


「一先ず攻撃魔法で小手調べ、かな?」


魔力弾を自分の周囲に浮かび上がらせ、結界の隙間を縫うようにドラゴンに向けて一斉に放つ。無数の攻撃が降り注ぎ砂埃が立つも、巨体に見合った頑丈さを持ち合わせているらしく弾かれた様な音と共に無傷のドラゴンは再び咆哮を響かせた。


「ほんまだるいわぁ…」


深いため息を吐き捨てた葵は次なる手段を考える。その間もドラゴンは黒い炎や鋭く巨大な爪で殴り掛かる物理攻撃など、様々な手段を用いて攻撃行動を見せてきたが、危なげなく全ては葵の結界魔法によって防がれていた。


「どうするにも、一先ずはルシエちゃんを起こすのが先かな。ねぇ、そろそろ起きてよー!」

「ぅるさ…」

「寝てる場合じゃないって!ほら見て、ドラゴンだよルシエちゃん!!」

「んん?何、子供みたいな事を…っ、!?」


騒がしい結界の外で広がる戦闘音や周囲が崩れていく音、何より葵の声にようやくルシエの意識は覚醒した。瞼をこすりながらゆっくりと顔を上げたルシエは、葵の真後ろでドラゴンが吐き出した黒い炎を全て結界で防いだ光景を見てぴたりと固まる。どうやら現状を前に相当混乱しているらしい。この様子では、何故自分が今この場所にいるのかもすっかり忘れているのかもしれない。仕方なく杖を構え直した葵は、ルシエから視線を外してドラゴンと向き合いながら口を開いた。


「やっと起きた!も~、びっくりしてる所悪いけど、一旦場所を変えたいから自分で動いてくれん?流石にアレの攻撃受けながら重力操作魔法を安定して使える自信はないんだよ~」

「いや、は…?何、ドラゴン…?」

「ウチの話聞いとる?確かにドラゴンはウチも初めてやけど、この世界ならそれなりにおるんとちゃうん?それともまた御伽噺って奴か。だったら迷宮補正って事で、一旦納得した事にして!」



「…だって、」

「うん?」



「だって、何…?この、ファンタジー展開…」

「……へ?」



呆然と目を見開いて固まるルシエが零した一言を前に、今度は葵が固まってしまった。


これこそが、古代人から最終試練と称された戦いの始まりである。


☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。


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