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68話 見方


「さて…皆さんが期待されていたであろう我が国オーフで有名とされる観光地を色々巡ってみた訳ですが…現時点での感想などはございますか?」

「うーんと、ウチ的には美術館を見学した気分的な?」

「…アオイの言う通り。歴史的建造物、伝統的な儀式、豪華絢爛な食事。どれも素晴らしいと思ったけど、それだけだった。凄いな、から先がない」

「ふふ、アオイちゃんもルシエさんも随分とハッキリ仰いますね。実際その通りではあるのですが」


オルコスの兄との会合を終えた一同は、案内されるがままに首都内の様々な観光地巡りを行っていた。葵の気分はさながら海外旅行感覚であり、ヨーロッパ系の世界遺産を複数見せられているような気分で合った。しかし、ルシエの言葉にもあった通りどれも凄いが、特にそれ以外の感想が見当たらない言わば見るだけの場所が殆どである。オルコスも困ったように笑うだけで、二人が出した率直な感想を自覚しているのか特に気分を害した様子は見られなかった。


「…ふむ、矢張り主要の外交を遮断していた影響が大きいのではないか?他国の民から見た、オーフに求める需要が上手く掴めていない様な印象が強い」

「確かに、一回見れば満足って感じの場所ばっかだな。話や資料では色々聞いてたから期待してた部分も大きかったんだが、そういう所ってほぼ立ち入り禁止の接触禁止、禁止続きって感じじゃん?オーフの信者からすれば十分満足できる場所だらけなのかもしんねーけど、信仰の欠片もない俺達外部の人間から見れば、へーって感想を浮かべるのが精々限界ってとこだ」


続いたヴィルとチトの建設的な感想を聞いて呻き声を上げたオルコスは、しおしおとその場に崩れ落ちながらも力無い笑みを浮かべた。口角がヒクりと上がっているだけだが、彼女としては笑っているつもりなのだろう。落ち込んだ様子で俯いたオルコスは、ぼそぼそと呟くように返事をした。


「正直な話、わたくしも留学の為にトートに訪れたばかりの頃から自国の観光業の無力さには思う所があったのです。オーフってもしかすると、他国の民から見れば美しいだけで退屈な国なのではないか、と」


完全な自虐を未だ零すオルコスを前に揃って顔を見合わせた四人は、咄嗟に慰めようにも彼女自身が自覚している通り面白味がある場所もなかったせいで良い言葉が見つけられなかった。本人が前提として認識している以上、何を言っても届かないだろう。どうしたものかと視線をさ迷わせた子供たちは、結局自分たちの師であるチトの方へ助けを求める視線を向けた。突然責任を押し付けられて盛大に嫌な顔をしたチトだったが、仕方のない事だと腹をくくって一歩を踏み出す。


「あー…オルコス?俺、オーフの古今東西が分かる書物なんかが沢山ある場所とか言ってみたいんだけど。ほら、大規模な図書館とかねーの?トート国内にある書物との違いも知りてーしな」

「ん、賛成。機密に関わらない一般市民に公開されている様な場所で構わない。無理にとは言わないけど、ルシエも興味ある」


気まずい空気を強引に切り替えるようにチトが切り出せば、ルシエがすかさず乗った。現状のオーフが抱える課題から目を逸らせる良い話題だったのか顔を上げたオルコスは、今度はチトの提案を解決できる場所を考え始めたらしく先程までに比べて余程楽しそうに唸り始める。そうして不意に、瞳をこれでもかと輝かせて勢いよく立ち上がった。直ぐ近くに居たチトが僅かにのけ反る。そんな様子を眺めていた葵は、チトがオルコスに対して一切警戒していないらしい様子を喜ぶべきか、呆れるべきかを本気で考えそうになって慌てて小さく首を振った。


「うわ、びっ…くりした」

「はい!ソフィが気に入っていると教えてくれた古本屋があるんです!観光客向けと言うよりは、極普通の地元の民に向けての書物が多いようですが…そちらでしたら、皆さんにも楽しんでいただけるかもしれません!」


ようやく明るい瞳を取り出したオルコスは、提案者と便乗者であるチトとルシエの手を引いて元気よく歩きはじめる。そんな切り替えの早すぎる様子に同時に吹き出した葵とヴィルは、困惑気味のチトやルシエを眺めながら後を追うように歩き出す。いつの間にか普段通りの空気を取り戻した一同の表情は、随分と明るくなっていた。



―――


「———おやおや、これは筆頭候補様。またお越し下さったのかい?」

「なっ…相変わらずですね、店主殿。候補の筆頭はわたくしの兄であり、わたくしは継承権放棄に向けて動いている身です。周囲の目もある様な場所で、そのような軽率な発言はお控えください。それに…先日全国民に向けて通達がされた通り、現聖人がご逝去されました。既に次の聖人として兄が現在代行業務に励んでおります」

「はっはっは、次期筆頭は国民投票によって定められるんじゃなかったのかい?まだ投票は始まっちゃいないよ」


機嫌を取り戻したオルコスに連れられて辿り着いたのは、確かに観光客向けではないのだろう大通りから外れた路地にある、地味な佇まいの古本屋だった。恐らく個人経営なのだろうが、それにしては店内は広々としており陳列されている本の状態も悪くない。店の入口からぐるりと店内を見回していた四人を横目に、勘定台に腰かけていた老婆の方へ向かったオルコスは流れるように聖女の立ち居振る舞いに切り替えて雑談を始めたらしい。邪魔をするつもりもないので黙って様子を伺っていた四人は、その会話の一端から唐突にオーフの深淵を見せつけられてしまい、そっと目を逸らした。


「全く、揶揄わないでください。貴女ほどの御方であれば、実際の投票がどのような仕組みで扱われているかぐらいご存知の筈でしょう?」

「相変わらず釣れないねぇ、ここで一つ頷いてくれるだけでも立ち上がる戦士はこの国の中じゃ幾らでもいるって言うのに。…おやまぁ、いつものソピアー様は一緒じゃないのかい?」


分かりやすく困った表情を作って老婆の発言を受け流したオルコスは、不意に向けられた視線の先につられるように自分も顔を四人の方へ向けた。ほうほう、と呟きながら四人の姿を観察していた老婆は、不意にチトの姿に目を丸くして固まる。小首を傾げたチトだったが、続いた言葉に反射的にげ、と零しながら数歩後ずさった。


「あんれまぁ…英雄様かい。またとんでもない御方を連れてきたものだ。相も変わらず、長寿な偉人様方を引き付ける特別な祝福を持っていらっしゃるんだねぇ、筆頭様は」

「だから、わたくしは筆頭などでは…って、英雄様…ですか?」


老婆の様子を観察した葵は、その小柄な体格と長い髪に不意に揺れたソフィと同じエルフ耳に気付く。ヴィルとルシエが、お前どれだけ隠し事してるんだって言いたげな表情でチトを睨みつける傍ら、オルコスは隠し事が多すぎるのでは?と妙に心配そうな瞳を向けている。全力で知らぬふりを続けるチトが触れてくれるなよ、と言いたげな雰囲気を作るもそれを簡単にぶち壊していく輩こそが、葵だった。否、最近の、葵である。


「なぁなぁおばあちゃん、英雄様ってなーに?」

「おや、可愛らしいお客人だねぇ。英雄様について知りたいのかい?いいとも、いいとも。そちらに見える御方は人呼んで名も無き英雄様。今から約千年前、悪しき軍勢を打ち滅ぼさんとする戦いに終止符を打つきっかけとなった偉大な御方だ。エルフでも長老連中は嫌っているらしいが、当時若者だった私らからすれば紛れもなく、伝説の英雄様だよ。とは言え御本人を直接目にしたのは終戦直後以来の事になるけどねぇ」

「ふーーーん?」


興味があるのか、ないのか。けれども分かりやすく愉しそうに口角を上げた葵は、全力で顔を逸らすチトの視界に入ろうと身体を屈めつつ左右に揺らして見せた。全力で視界から外そうとするも、結局正面から両頬を捕まえられてしまったチトは観念したようにため息を吐く。そんな様子ににやりと笑った葵は、わざとらしい煽り口調で敢えて大声で告げた。


「よっ、英雄様!!」

「うるっせぇ!!!絶対に茶化されるって分かってたから反応しなかったんだよ、このクソガキ!!」

「英雄様ぁ~?あの面倒臭がりで放置すると勝手に止んで、直ぐ食事を疎かにしてぶっ倒れて、挙句の果てには寝ぼけたまま魔法陣を発動させようとして失敗しちゃうような、あのチト君がよりにもよって英雄様だってぇ??あっはは、ほんまこの世界は至極愉悦ですなぁ」

「もぉ~お前マジでうるさいって!黙れよこのっ、だーーっ!結界魔法張るなガキ!」

「やだねーっ、ウチは結界魔法の天才ですから?分かってる攻撃を防ぐ位朝飯前なんだよーん!」


自分たちが知ってはいけなかったのではないだろうか、そんな触れ辛いチトの過去の話題に気まずい雰囲気になっていたヴィル達を横目に見ていた葵は、空気を切り替える意図と本心からチトをからかうべく全力で話題を掘り出した。見る見るうちに顔を真っ赤に染めて、周りを傷付けない為に配慮された結果威力が盛大に弱まった攻撃魔法を葵に放つが、その程度であれば朝飯前に交わされてしまう。腹が立って乱雑に魔法を放っても何の効果も得られない事実に崩れ落ちたチトは、耳まで赤く染めながら蹲ってしまった。


実のところ、目の前の老婆の振る舞いの中でチト本人が望まない神聖視が目立ったために、それを強制的に辞めさせるべきだろうと判断したからでもあった。実際に、葵の言葉に幼い子供の様な反論を見せるチトの姿を見た老婆は、目を丸くして暫く固まっていた。とは言え、揶揄いの言葉は八割方本心であったことはここだけの話にしておこう。


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