67話 結果論
「いやー…聞いてた以上に腐った国だなオーフ。よくソフィはこんな国の大賢者になろうと思えたな」
「まぁ、なんて酷い事を仰るんですか?チトさん。ですが、これでようやく皆さんが快適なオーフ観光が出来るようになったと思いますよ。一安心です!」
扉が閉まった瞬間防音の結界を張ったチトが、背凭れに倒れ込むように伸びをして悪態を吐き捨てた。先程までの聖女面はどこへやら、へらりと気の抜けた瞳を見せて無表情を浮かべたオルコスの答えに何止めかも分からないため息があちこちから聞こえてくる。
「いや…何も言えないな。金銭で安全を買う行為に拒否感はないが、流石に行き過ぎている感じは否めない」
「革命の弊害、それとも取りこぼし?他国の賓客の前で堂々としていいやり取りではない。教会、頭おかしい?」
「頭がおかしくなきゃ、現在の国王的立場を国民投票を装って血族関係なく決められる仕組みが存在する国にはなんねーだろ」
チトに釣られて姿勢を崩したヴィルとルシエも思わずと言った調子で文句を零す。それくらい先程見せつけられた光景が印象深く残っているのだろう。普段王侯貴族の一員として金銭が大きく動く場面を一切目撃したことがない訳ではない二人ですら、余程一瞬で三千万と言う金が動いた光景が異様に映ったらしい。葵は見せつけられたまるで漫画の世界の様なやり取りに内心少し興奮しながらも、事態の異常性を自分なりの目線で危険視して瞼を細めた。
「…なぁルコちゃん。はっきり言って、さっきのやりとりでどの程度の安全が保障されたん?」
「あら…」
葵の真面目な問いかけに緩んでいた表情を戻したオルコスは、背筋を伸ばして座り直すと上半身の向きを葵に向ける。真っすぐと瞳を向けて吸い込まれる域に無性に緊張した葵は、自身を落ち着かせるように膝の上に置いた拳を強く握ってその返答を待った。
「教会が直接手出ししてくる事態は完全に避けられた、と言っていいでしょう。ですが、その守護範囲については正直あれでは曖昧なのです。現状警戒すべきは王侯貴族でしょうか…契約には露払いを挟みましたが、教会を挟んでいない状況であればどうしようもありません。ですが、王国全体を支配する教会が敵ではない、と言う確約を得られただけでも、オーフで過ごすには十分すぎる条件なのですよ?」
「ふーん?…流石の腐りっぷり、最早あっぱれ。少なくともルコちゃんから離れんように行動するのは必須条件みたいやね」
「その通りです。わたくしが居れば大抵はどうにかできますから、任せてくださいね。…って、何ですかその目線は!」
嬉しそうに胸を叩いたオルコスに思わず微妙な視線を向けてしまう葵。それに気付いて不満そうにオルコスが騒ぎ出した結果、未だ重苦しかった馬車内部の空気は随分とマシになった。そんな一連のやり取りを観察していたチトが上半身を乗り出して笑う。そこに安堵の意図が込められていることに気付いた葵は、オルコスを揶揄うのもやめて思わず動きを止めた。つられてオルコスも大人しくなる。
「まぁまぁ、落ち着けってお前ら。まずは、俺が無事オーフ国内に侵入できた事実を褒めるべきじゃねーのか?顔に出さなかっただけで、滅茶苦茶緊張してたんだからな」
「はぁ…一体何故チトがオーフに入国する状況に緊張するんだ?仮にもお前はトートの…いや、ソフィが正式に認めた友人だぞ?」
「ん、オーフ側に、チトを拒む理由は特に見つからない?」
「そこだよそこ、俺はオーフ的に御呼びじゃない存在なの。いい加減俺が人間じゃない事くらいお前ら全員気付いてるだろ?」
「それは…まぁ、そうやね」
後ろ首を掻いて僅かに視線をさ迷わせたチトは、不思議そうに首を傾げるヴィルやルシエ、そして何とも言えない表情を浮かべた葵、最期に苦笑を零したオルコスを確認してから灰の中の空気を全て吐き出した。そうして僅かに頭に触れれば、途端に姿を現したのは人間ではありえない禍々しい魔力を発した角だ。動揺して椅子に座っていながら後ずさろうとしたヴィルと、驚いて停止したルシエ、瞳を細めた葵。そんな三者三葉の反応に気まずそうに頬を掻いたチトは、言い忘れてたというより、聞かれなかったからこれまで言ったことがなかった一つの事実を口にした。
「俺、魔人だし」
「……えぇ…」
引き気味に零れた言葉を発したのは、一体誰だったのか。軽く角を叩いてから再び消したチト。途端に禍々しい魔力の一切が消えてようやく現状を理解したヴィルが口を開こうとするよりも先に、ルシエが瞳を輝かせてヴィルに近付いた。どうやら魔法的好奇心が先導した結果らしい。チトの角が生えていた部分を突いて観察するルシエを好きにさせながら、肩を竦めたヴィルが率直な意見を纏めるように口を開く。
「魔人って、実在したのか?」
「おーよ、俺が生き証人って奴だな。一応オーフの血も混じって入るんだ、とは言え根本的に闇を拒むオーフの結界を越えられるかは分かんなかった」
「……古来から、悪しきモノ、聖なる結界に阻まれ先に踏み込むべからず…つまり、魔物など真を司る存在はオーフの結界に拒まれるという伝承があるのです。実際、オーフに張られている結界は全ての魔の名前を持つ存在を通しません。言われて見れば…わたくしも頭の中では理解していた筈なのに、チトさんの種族の問題を一切考慮していませんでした。無事通り抜けられて本当に良かったです」
いい加減離れろ、と言いたげにルシエを重力操作魔法でヴィルの隣に座らせたチトは、オルコスの苦笑に肩を竦める。実際どうにもならなくてもどうにかするつもりではあったが、面倒ごとに発展する前に無事通貨できて本当に良かったとは思っているのだ。そんな中不意に、隣の葵が大人しいことに気付いて様子を伺うようにチトは顔を近付けた。
「アオイ?」
「…チト君、ってさ……聞いたら何でも教えてくれるん?」
「何でも…とは言えねーけど、それなりには?別に隠し事してるつもりは端からねーよ」
「そっか…」
考え込むように無表情を浮かべていた葵は、チトと視線を合わせる事無く質問を投げ掛けた。特に迷うことなく返ってきた言葉を飲み込んだ葵は、わざとらしく肩の力を抜いて頭の中で渦巻く考えを押しやる。
「兎も角、オーフが誇る結界は抜け道だらけ…って事?」
「……へ?」
無言の視線を一身に受けたオルコスは、焦ったような乾いた笑みでその場を強引に流した。こうしてチトの種族は、大した問題に発展する事もなく彼らの中で淡々と処理されてしまったのである。
―――
「———初めまして、トートの御客人方。オルコスの兄で、現在代理業務に当たらせてもらっている者です」
「お会いできて光栄です、オーフの貴きお方。この度の訪問承諾、並びに視察の許可を頂けたことをトートを代表して心より感謝申し上げます」
「あぁ、貴方が現トートの…。長い間ご挨拶できず、誠に申し訳ございませんでした。今後は正式な国境開通を評議会で検討しておりますので、どうか前向きな判断を頂けると幸いです」
「勿論です、貴国と国境を結ぶ利点は、我がトートに置いて無数にあります。喜んで、我が国でも議題にあげさせて頂きますよ」
馬車に導かれて辿り着いたのは、オーフ国内でも圧倒的な存在感を放っていた大教会を超える華美でひときわ目立つ巨大建築物だった。十中八九王城であろうその建物で、どう考えても次期聖人兼国王の立場に就くのだろうオルコスの兄と名乗る人物を前に、葵は若干遠い目をして大人しくしていた。
一応現在に至るまで明確な身分を葵に示さないようにしている素振りを見せていたヴィルやルシエ、オルコスは微妙だが…それでも王城に案内してきた時点で全てを諦めたのだろう。ここ最近割とどうでも良くなってきているらしく、ついに今この瞬間の様に偶然か言葉は濁されながらも繰り広げられる会話を果たして自分は聞いてよかったのだろうかと思った。
堂々と交わされる国家間の会話から全力で気を逸らしながら、ふと視界に入った退屈そうに部屋を見回すチトにちょっかいをかけ始める。目の前の会話を聞き流すための手段だった。小さな風魔法を発動し、チトの後ろ髪を揺らしてみる。直ぐに察知して視線だけを葵に向けたチトは、水魔法を的確に葵の掌に向けて放ち返す。突然自分の手に水けを感じて驚いた葵は肩を跳ね上げそうになるのをぐっと堪えて、やるなぁと言いたげな視線をチトへ向けた。瞼を細めて最大限に制御が施された雷魔法を発動し、チトの背中に静電気程度の雷を発生させる。
「いっ…コイツ、」
思わず苦痛の声を上げたチトは、小声で怒りを示しながらもふと面白い案を思いついた。そうして視線を向けたのは背筋を伸ばして聖女らしい表情を浮かべヴィル達のやり取りを静かに見学しているオルコスだ。わざとらしく複数回オルコスに向けられた視線に意図を察した葵は、姿勢の良いオルコスの後ろ姿に目標を定めて魔力を組み立てる。先にチトが弱い風属性魔法を背中の服の隙間めがけて放ち、葵が炎属性魔法で熱を加え生暖かい風へと変化したそれに、驚いたオルコスは思わず身を捩った。
「っぷ、」
「くくっ」
「お、オルコス…?急に、どうしたの…!?」
突如オルコスが見せた奇行にいち早く気付いたルシエがオルコスに駆け寄るので、その服の隙間を目掛けて同じ魔法を協力して発動させた二人。
「んにゃっ…!?わ、なに…なに!?敵襲!?」
「へ、ルシエさん!?て、敵…?」
非常に情けない反応と共にオルコスの上に崩れ落ちたルシエ。大混乱のオルコス。そんな様子についに我慢しきれなくなった二人は、顔を見合わせて噴き出したのだ。
「あっははは…!ふ、二人とも、敵って…!さいっこうや!」
「くはっ、はははっ…!も、無理…!お前らマジで最高、優勝だよホントに」
崩れ落ちた二人と笑い出した二人。流石に異常に気付いてやり取りを切り上げたヴィルとオルコスの兄は、困惑を隠しきれない表情でそれを眺める事しか出来ない。つい先ほどまで一帯を支配していた緊張感高まる空気は一体どこへやら、何とも言えない生暖かい日常的な空気が流れだした一室で、状況を先に察知したのは奇しくも慣れてきているヴィルだった。
「おい馬鹿師弟!お前たちおふざけが過ぎるだろうが…!いや、ルシエの反応は良かったが」
「黙れ変態」
「ぐはっ!?」
「もう、アオイちゃんもチトさんも、何てことをするのですか…!本当に驚いたんですからね!悪い子には、お仕置きです!」
「アオイー結界張ってー」
「おーっと危なーい!ルコちゃんってほんま無詠唱魔法が上手くなったね!」
「守らないでください!!」
今だ笑い続ける二人の反応に完全に拗ねたオルコスが、無詠唱で杖だけを呼び出して決して弱くない攻撃魔法を打ち付ける。危なげなく結界によって防がれたことが、更にお気に召さなかったらしい。最近そこそこの頻度で聞けるようになってきた可愛らしい暴言を吐きながら涙目で非常に可愛らしいオルコスだが、決して攻撃の手が止まる事がない様子に肩を竦めて二人は顔を見合わせた。仕方なく、ヴィルの反応に呆れて落ち着いたらしいルシエに助けを求める視線を向ければ、ため息をついて収取が付かなくなってきた状況に天井を仰ぎながらもゆっくりと立ち上がった。
「…えっと、オルコス?二人の言動は今に始まった事じゃない。一々反応しても時間の無駄」
「んん~~っ!ですがわたくし、今、怒ってるんですよ!」
そっとオルコスの肩に手を置きながら宥める様に向けられた言葉を、一応聞き受ける位の余裕は出てきたらしい。けれども分かりやすく頬を膨らませた様子に改めて周囲を見渡したルシエは、わざとらしく肩を竦めた。
「それは分かった、でも落ち着いて。そもそも良いの?聖女様の仮面、被らなくて」
「……あっ」
豹変したオルコスの様子に、目を見開いて固まっていたオルコスの兄。そんな状況に気付いても尚オルコスを少しでも刺激しない様にと吹き出すのを我慢する事に必死なヴィルの姿に気付いたオルコスは、分かりやすくぴしりと固まった。
―――
「…えぇと、オルコス…でいいんだよね?」
「ご、ごめんなさいお兄様、これは断じて違うのです!いえ、間違ってはいないのですが…兎に角現状において本意ではないのです!わたくし、皆さんと一緒にいると聖女らしさを上手く保てないのです、ですがほら、留学先で聖女として振る舞う訳にもいかないでしょう?ですから、その、えっと…何と言いますか、」
「あーあ、オルコス泣いちゃった。アオイ、どうするの?」
「え、ウチ!?ルシエちゃんやってこうなった理由の一旦担っとるやろ?」
今だ混乱から抜け出せない兄を前に、両手で顔を覆って座り込むオルコス。先程までの聖女らしい振る舞いは完全に消えて、ぽんこつな部分だけが取り残されたようだ。幸いにもこの部屋には今姿を見せている人数以上の人間は居なかった為被害はオルコス自身の兄のみと最小限の被害で抑えられたが、彼女としてはそれどころではないのだろう。情けない声と要領を得ない言葉を並べながら蹲るオルコスは、申し訳ないながらも今までで一番感情的だった。一瞬で我関せずの顔をしたチトに肘で突かれた葵は、未だ笑いを堪えているヴィルとどこか楽しそうなルシエの様子にため息をついてからそっと近づいてすぐ傍にしゃがみこんだ。
「あー…えっと、ごめんな?ルコちゃん。ウチ、めっちゃ暇やってん…チト君と二人で最初は遊んどったんやけど…」
「だって、社交辞令の上っ面ばっかで退屈だったし?二人だと物足りねーなって思って同じくやる事なさそうな二人を巻き込んだだけ」
そっと頭を撫でてみれば、拒まれる事無く受け入れられてしまった。その事実に目を瞬かせながらも、幼い子供の様に視線を逸らして自分は悪くないと言いたげなチトに呆れながらも葵はサラサラと指通りの良い髪を梳くように頭を撫でつける。そうしていれば、近付いてきたルシエが何故か葵の頭を撫で始めて思わず葵は固まった。のだが、それを咎めるようにオルコスが手を伸ばし葵の腕を掴んで上下に動かし始めたので、慌てて葵はオルコスを撫でる行為を再開した。
「ん…そこはルシエやオルコスじゃなくて、ヴィルにすればよかったのに」
「なんで俺なんだ、俺だけは選択肢から自動的に除外だろう」
「ヴィル君は流石にお話し中やったし?ってか、ルシエちゃんはオマケみたいなもんかな~」
「だから、わたくしを狙った理由には全くなってませんってば!」
普段と変わらない茶番を始めてしまった五人を前に、最初は呆然としていたオルコスの兄の表情が徐々に変化していく。そうしてついに零れたのは、我慢できないと言いたげに息を吹き出す音だった。
「…っふ、はははっ…!君たち、とっても面白い子達みだいたね!」
口を押えて上品に笑う姿は、オルコス以上に聖人の称号に相応しいように思える。実際養殖のオルコスとは違い天然ものなのだろう。笑いが止まらず腹を抱えだした兄の様子に驚いた表情を浮かべたオルコスを見る限り、どうやら相当珍しい姿を見ているらしい。何となく顔を見合わせた一同は、安心したように穏やかな笑みを浮かべた。暫くしてようやく落ち着いてきたらしいオルコスの兄は、深呼吸をすると姿勢を正して微笑を浮かべる。
「改めて、これからもオルコスと仲良くして欲しい。退屈な話はまた後日、正式に国境を開いて直ぐに、招待と共に持ち掛けさせてもらう事にする。つまらない思いをさせてしまって、実にすまなかった!」
この人、ヴィルよりも全然王子様かもしれん…なんて失礼なことを考えながらも、葵は深い話を聞くことなく上機嫌に部屋を去っていったオルコスの兄の姿を感心しつつ見送った、その後ろ姿が見えなくなり、完全に扉が閉まった頃合いを見て杖を呼び出した葵が、わざとらしく防音の結界を発動させる。そうして肩の力を抜いて、深呼吸と共に顔を上げた。
「これで、オーフの頂点からの警戒が大幅に解けたんとちゃう?」
「だな。煩わしい監視の目が遠ざかった気配もある。咄嗟の判断の癖に、やるじゃんアオイ」
「ふふーん、こういう場面では馬鹿なフリをしとけば、後々楽になるって相場が決まっとるからね!」
すとんと表情を落とした二人を前に、三人はその言葉の意味に気付いて固まった。純粋に二人が普段通りの馬鹿をしただけかと思い込んでいたヴィル達は、それらの行動すべてに意図があった事実に自身の考えの甘さを突き付けられたのだ。特に、一方的に被害を被ったと思い込んでいたオルコスは自らの未熟さに下唇を噛む。
「全てが嘘って訳じゃないけど、流石にウチもこの場面でバカやる事の危険性位理解しとるつもりやで。それでも敢えて行動したのは、さっきのお兄さんを試す為。無事結果は白やったけど…」
「黒でも、教会と契約を結んだ情報は既に持っている筈。直ぐに手を出してくる事はないだろう、って読みだな。ぶっちゃけ手を出されても負ける気がしねーし?」
淡々と語る二人を前に、三人は今回の観光と言う名の訪問に対して諸々の気合を入れ直すべく拳を握りしめ息を呑んだ。
ついに、オーフ訪問が始まるのだ。
お盆期間でストックが激減して何故だろうと首を傾げていましたが、冷静に考えると週五とは言え一日三本投稿は少し頭が悪かったかもしれません。
今後ストック状況に応じて一日の投稿本数を調整しようか考え中です…。
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