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66話 洗礼

祝・投稿100エピソード目!


いつもありがとうございます。


面倒な入門処理をオルコスの聖女らしい笑みで強引に乗り越えた一同は、ついにオーフ国内へと辿り着いた。少し離れたところで待機する仰々しい護衛隊から目を逸らしつつ馬車を降り、軽く伸びをしたヴィルは横目で視界に入る範囲の様子を確認してから小声で感想を呟いた。


「ようやく到着、と言いたいところだったが…聊か暗い雰囲気が否めないな」

「お葬式みたいやね?」

「ん…そうしき?」

「あー…えっと、死んじゃった人と弔う期間、みたいな感じかな。国全体がそう見える」


葵の反射的に零れた感想に首を傾げたルシエは、成程国葬、と呟きながら改めて周囲を見回した。ヴィルも納得した様子で肩を竦めている。一方でチトは、そんな街中の様子を興味なさげに一瞥して直ぐ、視線を葵から受け取った魔法陣解析に纏わる資料に戻してしまった。三人の会話を静かに聞いていたオルコスは一歩足を踏み出すとゆるりと微笑む。それは紛れもなく、聖女が見せる表情だった。


「アオイちゃんの感覚は間違っていませんよ。数日前にオーフ全国民に当てて正式に聖人の死去が通達されたんです。当代の聖人は一般市民からの信頼が厚い、とても穏やかな方だった…とされていますから。信仰心が強い方々が自発的に喪に伏しているのです。それに引きずられる様に、国全体がヴィルさんの仰る通り、薄暗く物悲しい雰囲気を纏っているのですよ」


僅かに意図的に詰められた言葉の間に挟まれたオーフの闇に顔を引きつらせた三人は、慌てて満面の笑みを浮かべるオルコスから視線を逸らす様に町の方を眺める。けれども、死んだ聖人を心から信仰する一般市民と言う国政の末路を見せつけられて視線のやり場を失い、結局自らの足元を凝視する事しか出来なかった。そんな様子にクスリと笑って肩を竦めたオルコスは、三人を慰めるように言葉を続けた。


「すみません、言い方があまり良くなかったかもしれませんね。外から来られたお客様である皆さんは、そこまで気にする必要はありませんよ。皆さんにとって故聖人は、他国の王に過ぎないでしょうから。信仰を他者に強要しない、これはオーフが建国当初から説き続けた大切な教えです。これだけは未だ破られた事がありません…最も、他国の民を内部へ入れない為の方便と捉える方も見えるようですが。…ふふっ、改めて、ようこそ聖オーフ教会王国へ!わたくしは皆さんを、心から歓迎いたしますよ!」


恐らく歓迎の言葉は嘘ではないのだろう。けれども直前にその場に居合わせた四人にしか聞こえない声量で挟まれた、恐ろしい実態を理解してしまった以上素直にその言葉を受け止められなかった一同は、へらりと乾いた笑みを浮かべてその場をやり過ごすしかなかった。少し大げさな動作で両手を広げ、国全体を見せるように微笑んだオルコス。つられて視線を市民ではなく建造物へ映した葵は、内心成程と呟きながらその景色を脳内で整理していた。


均等に区割りされた、城を基調とした美しい街並み、身綺麗な服装を纏ってのんびりと歩く人々。そして何よりも目に付くのは、街の中心部に続く大通りを抜けた先に鎮座する巨大な教会。現代日本でもあれ程の建物を作ろうとすれば相当な金銭を要するまさしく財力の象徴を前に、典型的な宗教国家を思い浮かべた葵は小さく息を吐く。


ここは聖オーフ教会王国中央区、つまり王侯貴族が住まうオーフ国内で最も栄えている首都区である。


―――


魔道馬車を降りて背後を護衛兵に固められた一同は、しっかりと石で舗装された道に驚きながらも少しの間徒歩で移動を始める。ヴィルやルシエ、チトに到るまでもが物珍しそうに視線の先を四方八方に飛ばし、道行く人々や景色を観察しているようだ。ふと市民の観察を終えて存在感の強い中心部に比べれば多少小さな教会に視線を向けた葵は、近くに居る四人だけに聞こえるよう調整した声量で呟いた。


「こんな事、ありえるん…?」

「…どういう事でしょうか」

「この街、少なくとも視覚的に見る限り建造物や市民一人一人に到るまで、貧富の差が一切見当たらない。わざわざ徒歩での移動を推奨された地域って事は、中央区で最も栄えている区画なんやろ?だったら普通、多少なりと、も…」


思わず、と言った様子で葵の口から零れた素朴な疑問は、オルコスがその唇に自らの人差し指を当てた事によって最後まで言い切る事が許されなかった。視線だけで疑問を投げ掛けた葵は、オルコスが浮かべる苦笑に何となく今は言わない方が良いのだと察して押し黙る。その後オルコスはチラリと背後を囲む護衛に視線を向けて、それから何もなかったかのように歩き出した。唇が解放された葵は深いため息をついて、大人しくその後ろ姿を追う。これが、答えだった。


「…さて、まずは中央教会の第二支部で入国の儀を行いましょう。聖職者によって、オーフを囲う結界の外で受けた汚れを祓っていただく、と言う伝統行事に近いものですね。特に必要な所作などはありませんので、わたくしの後に付いてきてください。…あぁ、色々不思議に思う所が出てくるかもしれませんが、質疑応答はまた後ほどにさせ下さい。如何でしょうか?」


ふと足を止めたオルコスは振り返って四人の表情を確認しつつ目前に迫る教会に掌を向けた。何故まともな会話の節々に自然な所作で闇を混ぜるのだろうかと突っ込みたくなった一同だったが、そうでもしなければオーフで上手くやっていけないのだろうと各自己を納得させる。どうやらオーフは、思っていた以上に面倒な国らしい。顔を見合わせた四人は、わざとらしく肩の力を抜いてオルコスの問いに答えた。


「はーい、大人しくしときまーす」

「事前に聞いた話によると、観光客向けの催しに近いものらしいな。本来の意味合いとしては、来国者と国内を守るための儀式だとか。体験出来て光栄に思う」

「ん…なんか、観光っぽい」

「穢れ、ね。…俺は大丈夫なのか…?」


四人の反応に満足気に小さく頷いたオルコスは、ゆっくりと、されど堂々とした所作で教会の内部へと踏み込んだ。誰も触れない護衛騎士たちも仰々しく後をついてくる。そのせいで異様に目立っている気もしたが、葵ですら気付かなかった事にしてチトの隣を歩いていた。教会を利用する一般市民たちの不思議そうな視線を多く集めながらも、一同は教会の奥へと連れられる。そうして待っていたのは、豪勢な服に身を包んだ老齢の男だった。


「…これはこれは、オルコス様ではありませんか」


ワザとらしく目を見開いた男は、両手を揉み込むように握って少しずつ距離を詰めてきた。無遠慮な観察の視線、一方的にこちらを見下す表情。そのどれもが、葵やヴィル達にとって分かりやすく腹立たしいものだったがどうにか事前にオルコスから告げられた頼みごとを思い出して無反応を貫く。この場にソフィが居合わせればどうなっていただろうか、なんて考えて笑いそうになった葵は、内頬を噛んで男が身に着ける装飾品を眺めていた。


「随分とお久しぶりですなぁ。聞いた話によれば、隣国トートにてご留学をなさっているとか。貴方様は聖女と名高い御方、気軽に国を飛び出されては、私心配で夜も眠れない想いでしたぞ?…さて、お連れの方々はご友人ですかな?」


わざとらしい口調、大ぶりな仕草。オルコスを立てているようで、国内で大人しくしていろと言わんばかりの酷い発言。成程、これがオーフ、上層部で革命が起こされる程の国。涼しい表情で聖女らしい微笑を携えたオルコスは、一歩足を踏み出すと結び合わせた手を胸の前に持ち出し祈りを示した。


「えぇ、彼ら彼女らはわたくしの大切な友人なのです。くれぐれも、粗相がないようお気を付け下さいね」

「…ふむ、畏まりました、教会関係者一同、肝に銘じておきましょう。ですが、何の見返りもなくと言うのは聊か横暴が過ぎるのでは?」


表面上は高貴なお方と司祭の会話に聞こえてこなくもないが、その男の視線は何か悪事を企むように細まっている。煽り言葉に一切の無反応を貫きとうした葵達から興味を失ったのか、ようやく視線の先をオルコスへ向けた男はオルコスが見せた祈りの姿勢に合わせるように揉み込んだ手を胸の前へ持ってくる。分かりやすく警戒が必要な男の存在に内心ため息をついた葵は、隣で退屈そうな表情を隠さないチトに気付いて思わず小さく笑ってしまった。


さて、目の前ではオルコスが片手を掲げた。途端に駆け寄ってきた兵士が一枚の書類を差し出し、オルコスは無表情で受け取り空欄部分をペンで埋め始める。


「正直、わたくしはあまりこういった行為はしたくないのですが…外交を円滑に進める上で必要な処置であれば止むを得ませんからね。…二千で如何でしょうか」

「ほう?ご友人四人で二千ですか。悪くはありませんね、悪くは」

「はぁ…仕方がありません。三千で決定と致します。わたくしの友人方皆さんが我がオーフに在国している間は、協会が全面的に協力関係を示す事、不用意な手出しはしない事、面倒な貴族は教会が間に入った時点で全て追い払う事。以上を契約とします」

「三千…えぇ、えぇ…承りました、聖女様。早速教会全体に通達を回すとしましょう。おい、そこの見習い。今の内容を至急、国内の教会上層部全体に伝達しなさい」


にやり、聖職者からかけ離れた厭らし気な笑みを浮かべた男は、近くに控えていた見習いらしい若者に指示を出す。頭を下げて駆けだす様にその場を離れていった若者の後ろ姿を気にする事もなく、オルコスから手渡された書類を握りしめて何度も文面を読み込む姿は最早一介の商人の様だった。


「…今の数字は?」

「裏金、単位は万だろう」

「オーフで快適な時間を過ごすために、三千万って…」


少し辺りが騒がしくなった瞬間を見計らった葵が、薄々勘付きながらも呆れ顔のヴィルに問いかければ顔色も顔の向きも変えないまま平坦に返事が来る。ルシエは頭を抱えるようにため息をついており、チトに至っては鼻で笑ったような声が聞こえてきた。どうやら、目の前の状況が相当異常であるらしい。成程ファンタジー、と心の中で吐き捨てた葵は、そっと美しい硝子細工がはめ込まれた天井を見上げて止まらないため息を飲み込んだ。


本当に形だけなのだろう、最早、効果がある行為だとしてもこの聖職者がやったところで意味がないと断言できる適当な祈りの言葉を貰った一同は、教会を出て用意されていた馬車に乗り込んでため息を吐いた。


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