第89話 リフィア
城の見える平原――水の精霊を祀る祠の前。
しっとりと濡れた蝶の翅が、ゆっくりと閉じられる。
宙を舞っていた鱗粉がひらひらと舞い落ち、草の上へ散っていった。
蝶の翅を持つ魔族は、胸元をなぞるように指を滑らせ、甘く囁く。
「――我は、魔王四天王様の配下。蝶葬の翅」
その瞳には、すでに獲物を見定める色が浮かんでいた。
セイが一歩前に出る。
「四天王の配下、じゃと? リフィア……ワシらに何の用じゃ」
リフィアはくすりと笑い、小首を傾げた。
「それを聞きたいのは、こちらよ。ねえ――お前たち、ここで何をしていたの?」
ふわりと翅が揺れる。
次の瞬間、空気が一変した。湿った気配が肌にまとわりつき、背筋を悪寒が駆け上がる。
「ワシらは通りがかっただけじゃ。用がないなら、失礼するぞ」
「それで通ると思ってるの? 祠から出てくるところ、ちゃんと見てたわよ。……あら?」
その視線が、ふとエリシアに向けられた。一瞬、リフィアの表情が歪んだ。
「……カケラと同じ気配。ふふ、まさか――お前が?」
反射的にセイが前へ出て、その視線を遮る。
「やはり……話し合いで済む相手ではなさそうじゃの」
「ええ……その娘を、渡してもらおうかしら」
リフィアは、翅を大きく広げる。
「来るぞっ……!」
セイの声と同時に、翅がしなり、爆ぜるように羽ばたいた。
猛烈な鱗粉が吹き荒れ、視界が白く霞む。
「くっ……!」
リアナの足元で、地面がボロボロと崩れていく。鱗粉に触れた草も土も、たちまち脆くなり、砂のように崩壊していった。
「なに、これ……毒!? やだ、ちょっと……!」
リアナは即座に距離を取り、雷を纏った刃を構える。
その隙を突き、リフィアが音もなく距離を詰めてきた。
「速いっ――!」
ひらりと翻る肢体。
そこにリアナの一閃――捉えたはずの刃は、何かをすり抜けたように空を裂く。
リフィアの姿が一瞬、現実から半歩ずれたように揺らぎ、淡く透けて見えた。
「幻影……!?」
セイが地を蹴って割って入る。
「違う、鱗粉じゃ。鱗粉の膜で身を隠し、残像を見せておる!」
「あら……意外と察しがいいのね。頭のいい男、嫌いじゃないわよ」
太ももをゆっくりとなぞる仕草に合わせ、翅から零れる鱗粉が、先より濃く甘い香りを放ち始めた。
「またこの匂い……なんか体が熱くなるよ」
ミミが顔をしかめ、自分の頬を叩く。
宙を舞う鱗粉が、じわじわと精神を侵食していた。
「いかん、呑まれるな! ミミ、結界をっ!」
「わ、わかってるよぉ! みんなを守って――《防御結界》、ぽんっ!!」
柔らかな光の膜がふわりと広がり、四人を包み込む。
鱗粉は膜に弾かれ、結界の中は落ち着きを取り戻した。
「これで、結界の中は大丈夫だよ……たぶん」
その間にエリシアが胸の前で手を組む。
「……光よ、我らを覆う脅威を打ち払い、霧散させたまえ」
柔らかく聖なる光が波紋のように広がった。
リフィアを覆っていた鱗粉の膜が剥がれ落ち、隠された本体が露わになる。
「あら……。生意気な小娘ね」
笑みがすっと消える。その一瞬を逃さず、セイが声を張る。
「リアナ、奴の動きを止められるか?」
「大丈夫。あんな蝶々なんて、切り裂いてやるんだから!」
「ミミ、エリシア、援護を頼むぞっ!」
「りょうかいだよー!」
雷光を纏ったリアナが、砂塵と鱗粉の残滓を突き抜けて駆ける。ミミは結界を維持したまま、エリシアの光と呼吸を合わせた。
「――《加速支援》」
セイの体が軽くなり、動きが一段と冴える。
「――《時間停止》」
一瞬、リフィアの動きが鈍ったように見えた――が、次の瞬間には何事もなかったように動きを取り戻す。
(やはり、自分より格上には効かんか……)
「セイ! 後ろに回り込むわ。前から注意を引いておいて!」
「うむっ!」
セイは即座に地を蹴った。
「――《威圧》」
周囲の空気がぐんっと重くなるが、リフィアは動じない。それでもセイは、まっすぐに飛び込む。
「まっすぐ突っ込んでくるなんて……切り刻まれたいのかしら?」
横薙ぎに走る鋭い爪。セイは短刀でいなし、懐へ潜り込んだ。
「――よし……!」
だが次の瞬間、上方から爪が縦一線に振り下ろされる。
「しまっ……!」
――キィンッ!
金属音とともに、セイの頭上に小さな結界が展開し、一閃を弾き飛ばした。
「助かったぞ、ミミ!」
「えへへっ。あとでおいしいパン、食べさせてね!」
「……おしゃべりしている余裕、あるのかしら?」
リフィアが再び爪を振るい、横一線に薙ぎ払おうとする。
――その刹那、背後から雷撃が閃いた。
「やった!」
リアナの叫びと同時に、確かな手応えがあった――はずだった。
斬り裂いた箇所が、ぽろぽろと崩れ落ちていく。それは肉ではなく、淡い鱗粉として地に散った。
「えっ……本体じゃない……!?」
「惜しかったわね」
すぐ背後から声が響く。
「今のは、少しヒヤッとしたわよ?」
次の瞬間、強烈な衝撃が走った。セイの体が弾かれ、続けてリアナも斬撃を受け、膝をつく。
「――まずは、どちらから壊そうかしらね」
「お願い……みんなを助けて……《癒しの手》!」
ミミの祈りとともに、淡い光が仲間たちを包みかける。
「……あなたも、少し目障りね」
リフィアの視線が、ゆっくりとミミへ向く。
翅が鳴り、放たれた波動が結界ごとミミを叩きつけた。
「きゃっ!」
小さな体が吹き飛び、地面を転がる。
「このままでは……ちと、まずいかもしれんの……」
「らしくないわね。何、諦めてんのよ!」
リアナの叱咤が飛んだ、その時――青い光が周囲を包んだ。
エリシアから滲み出る、淡く優しい光。
「私に……任せてください」
驚くほど落ち着いた声だった。
「エリシアさん……ひょっとして、何か力に目覚めたんですか?」
リアナの問いにエリシアは頷く。
「はい。ずっと囁きだった大精霊様の声が……今は、はっきりと聞こえるんです。何をすべきか、どうチカラを使うべきか」
「なにをごちゃごちゃと……おしゃべりしてるのかしら?」
リフィアが翅を震わせる。再び鱗粉が舞い、視界が白く霞んだ。
だが――
エリシアが両手を前へかざす。
「――《ミスト》」
瞬時に霧が発生する。水分を含んだ鱗粉は重みを帯び、ほどなく地へ落ちていった。
「え……?」
リフィアの声に、明らかな動揺が混じる。
「す、すご……鱗粉が、一瞬で……」
リアナが目を見開く。
「――《ドミニオン》」
無数の水滴が、エリシアを中心に展開する。
空間そのものが、彼女の支配下に置かれたかのようだった。
「――《ランス》」
水滴が一斉に伸び、鋭い水槍となってリフィアへ襲いかかる。
素早く身を翻し、次々とかわしていく――が。
「……っ!」
一本が翅を貫いた。動きが、目に見えて鈍る。
「――《レイン》」
空から降り注ぐ無数の水の線。それは雨のように逃げ場なく、リフィアを貫いた。
「……なんじゃ、そのチートみたいな力は」
「エリシアちゃん、すごい……!」
ミミは息を弾ませながら、すぐにセイとリアナの回復に戻った。
「よし……《癒しの手》。みんなを癒して!」
淡い光が広がり、仲間たちの傷を塞いでいく。
「その力……」
リフィアが歯を食いしばり、呻くように言った。
「それが……賢者の石の力、というわけ……?」
苦悶に歪んだ表情のまま、最後の力を振り絞る。
「……許さない。絶対に……許さない……!」
次の瞬間、天を仰ぎ、咆哮した。
「ギィアァァァァ――――!!」
耳をつんざくような叫びが、平原に響き渡る。
それに応じるように、遠く城の方角から、獣じみた咆哮がいくつも重なって響いてきた。
セイが顔をしかめる。
「いかん……今の咆哮で、仲間を呼ばれたのかもしれん。急いで、街へ戻るぞ」
「でも……セイとリアナちゃん、まだケガが……」
リアナはミミを見つめ、静かに首を振った。
「大丈夫です。もう動けるくらいには回復しました。さすがミミさんです。本当に、すごいです」
「えへへ……それならいいんだけど」
一行は街へ向かって走り出す。
その瞬間、セイの頭の奥で鐘のような音が響いた。
(……この感覚。ずいぶん久しぶりじゃのう)
【新スキル】
《空間転移》:一度訪れた場所であれば、自分を認識している者のもとへ瞬時に移動できる。また、意識の及ぶ範囲にいる者を、同時に転移させることも可能。
(なるほど……条件付き、か)
「これで、巡礼者を連れてベランドへ帰れ、ということかの」
「セイ。ひょっとして、また都合よくスキル覚えちゃった? 久しぶりだね」
「そうなんじゃ。今回は空間転移のスキル。まさしくこのスキルで帰れと言わんばかりのご都合スキルじゃ!」
ミミが、ふと思い出したように言った。
「ねえ……さっきの杖、賢者のカケラはどうするの?」
セイは首を横に振る。
「心配はいらん。今は、エリシア自身が賢者のカケラじゃ。ミミやリアナと同じ――あの遺物は、もう力を失ったただの杖に過ぎん。わざわざ持ち帰る理由もなかろう」
その時、遠くから羽音が聞こえた。リアナが城の方角を一瞥する。
視線の先――空を裂くように、何かがこちらへ飛来してくる。
「あまりしゃべってる時間はなさそうよ。ってかセイ、さっきのスキルでエルディアまで転移したほうが早くない?」
「うぬっ……その通りじゃが、そのあとすぐにベランドへ転移せねばならん。連発できるかもわからん。街まではこのまま走るぞ!」
「了解!」
「走るよっ!」
四人は、迫り来る気配を背に、平原を駆け出した。
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▼ステータス情報
【名前】セイ
【年齢】25(肉体年齢)
【職業】テンプレ詰め込み勇者
【レベル】45(+4)
【スキル】生活知識大全/魔法知識大全/世界法則書き換え/時間停止/魅了体質/無限成長/強制ハーレム誘導/おじいちゃんの優しさ(ヒロイン全員好感度+100)/威圧/加速支援/魔法適性鑑定/精霊感応/状態異常回復/索敵/ホーリーブースト/空間転移(New)
【同行者】
・ミミ(記憶喪失の少女/推定15歳)
- 好感度:好き
- 能力傾向:回復系(第一段階覚醒済)/ヒーラー適性あり
- 状態:アストラクロスのローブを装備。防御、回復役に徹して、魔力は枯渇気味
- 補足:防御結界の精度と展開速度が見違えるほど成長してた
・リアナ(元騎士団の見習い/19歳)
- 好感度:好き
- 能力傾向:攻撃系(雷・風属性)/貫通・麻痺・加速タイプ
- 状態:シルクノートの胸当てを装備。動けはするがキズの具合は深い
- 補足:セイとの連携が向上していて、素直にうれしい
・エリシア(元聖女様/25歳)
- 好感度:けっこう高め
- 能力傾向:支援・結界・祈祷(神聖属性)
- 状態:アストラクロスのドレスを装備。賢者のカケラのチカラが覚醒
- 補足:なんか想像以上にすごいチカラを得てしまい不安
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