第85話 エリシアの過去
「……飢えとは、本当に恐ろしいものです」
エリシアはそう呟き、静かに視線を伏せた。
「噂を聞きつけた周辺の人々は、口々に言いました。
『あそこには食料がある』
『あの村に行けば、生き延びられる』
……って」
穏やかな口調とは裏腹に、その指先は白くなるほど強く握り締められている。
「気づけば、大陸西部の人々の意識は、すべて……私たちの村へ向いていました」
◇ ◇ ◇
ある朝、村の入口がにわかに騒がしくなった。
「ここに食べ物があるのは分かっているんだ!」
「悪いようにはしない! 少しでいい、ほんの少しでいいから分けてくれ!」
押し寄せた人々は、あっという間に教会の前まで埋め尽くした。
異様な熱気に包まれる中、神父が前へ出て深く頭を下げる。
「これほどの人数に分け与えられるだけの蓄えはありません。申し訳ありませんが、お引き取りください」
だが、飢えた人々がその言葉で引き下がるはずもなかった。
「じゃあ、俺だけでいい! 全員に渡す必要なんてないだろ!?」
「何を言ってやがる、俺が先だ! 俺に寄こせ!」
剥き出しの欲望がぶつかり合い、醜い押し合いが始まる。
誰かが怒鳴り、誰かが腕を掴み、列は瞬く間に形を失っていった。
――自分に。
――俺に。
――私に。
無数の声が重なり、膨れ上がり、空気を満たしていく。やがて、それは暴力へと変わっていった。
◇
「ねえ、お父さん。外がすごく騒がしいよ……」
閉め切った家の中で、幼いエリシアは恐怖に震えながら父の服の裾を掴んでいた。
「エリシア。良くないことが起きそうだ。お前は地下に隠れていなさい」
「お母さんは……?」
「準備ができたら、すぐに来る。心配しなくていい」
「……分かった。早く来てね」
暗い地下へ降りると、地上の喧騒はくぐもった音へと変わった。
引き裂くような叫び声。何かが破壊される音。罵声。
エリシアは膝を抱え、ただじっと待った。
待って、待って、どれだけ待っても、父と母は来なかった。
でも、外の音が恐ろしくて、扉を開ける勇気すら出ない。
やがて――すべての音が、嘘のように途絶えた。
どれほどの時間が過ぎたのだろう。
意を決して外へ出たときには、空はすっかり暗くなっていた。
「お父さん……お母さん……どこにいるの……?」
教会の前で、神父が倒れていた。
石畳に伏した身体は動かず、口元だけが微かに震えている。
エリシアが近づくと、途切れ途切れの声が漏れた。
「……育てて……増やせば……数か月は……食いつなげたものを……それを奪い合って……すべて台無しに……」
その言葉が終わるか終わらないかの瞬間、背中をなぞるような寒気が走る。
胸の奥がひどくざわつき、空気が鉛のように重くなる。
息がうまくできない。
エリシアは、恐る恐る振り返った。
そこに、見知った青年が立っていた。
「……なに、それ。ラウル?」
神父がかすれた声で言葉を絞り出す。
「人々の恐怖が……畏れが……大きな闇を生み出してしまいました……。あれはもう、ラウルではありません……悪魔です……」
ラウルの姿をした『悪魔』が、低く囁いた。
「哀しむな、エリシア。お前のその哀しみ……俺が消してやろう」
◇ ◇ ◇
「……そのあとのことは、よく覚えていないんです。気がついたときには、神父様が私を背負って、必死に大陸南部へ逃げていました」
森を踏みしめる足音に紛れるように、エリシアは続けた。
「ある町に命からがら辿り着いたあと……私は、生き延びるためには何でもしました」
ミミとリアナは、言葉を失ったまま耳を傾ける。
「でも、どんなに汚れても……祈ることだけはやめませんでした。その町の教会で、ある子供の病気を治したのがきっかけです」
淡々とした口調のまま、エリシアは話を続ける。
「それを見た人々が『奇跡』だと騒ぎ立て……いつの間にか、私は『聖女』と呼ばれるようになっていました」
「あっ……!」
ミミがぽんと手を打った。
「なるほど! 前に聞いたエリシアちゃんの昔話って、その教会のところからの話だったんだね」
「はい……。それ以前のことを皆さんに話すのが、少し怖くて」
その言葉に、リアナは即座に首を振る。
「何を言ってるんですか。エリシアさんにどんな過去があっても、私たちの気持ちは変わりませんよ」
「……ありがとうございます、リアナさん」
張り詰めていた空気がわずかに緩み、小さな沈黙が流れた。
その沈黙のあと、ミミが恐る恐る問いかける。
「……じゃあ、エリシアちゃんのお父さんとお母さんは……?」
「神父様にも尋ねましたが……あの混乱の中、二人の行方は分からずじまいだった、と」
「……そう、なんだね……」
ミミは小さく肩を落とす。
「でも……私、哀しくないんです」
セイ、ミミ、リアナの視線が一斉にエリシアへ向けられる。
「あんなに大好きだったお父さんとお母さん。今では、生きているのか死んでいるのかさえ分かりません。それなのに……私は、それを『哀しい』と思うことができないんです」
エリシアはそこで言葉を切り、自らの胸元を強く握った。
「悪魔ラウル。私の本当に大切な感情を消し去った悪魔。もっとも思い出したくない過去の一つです」
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▼ステータス情報
【名前】セイ
【年齢】25(肉体年齢)
【職業】テンプレ詰め込み勇者
【レベル】41
【スキル】生活知識大全/魔法知識大全/世界法則書き換え/時間停止/魅了体質/無限成長/強制ハーレム誘導/おじいちゃんの優しさ(ヒロイン全員好感度+100)/威圧/加速支援/魔法適性鑑定/精霊感応/状態異常回復/索敵/ホーリーブースト
【同行者】
・ミミ(記憶喪失の少女/推定15歳)
- 好感度:好き
- 能力傾向:回復系(第一段階覚醒済)/ヒーラー適性あり
- 状態:アストラクロスのローブを装備。徒歩移動が続いており、けっこうお疲れ気味
- 補足:エリシアの過去を知っても、エリシアは大好き
・リアナ(元騎士団の見習い/19歳)
- 好感度:好き
- 能力傾向:攻撃系(雷・風属性)/貫通・麻痺・加速タイプ
- 状態:シルクノートの胸当てを装備。徒歩継続で身体の鈍りは抜けている
- 補足:エリシアにどんな過去があっても、大切な仲間
・エリシア(元聖女様/25歳)
- 好感度:けっこう高め
- 能力傾向:支援・結界・祈祷(神聖属性)
- 状態:アストラクロスのドレスを装備。過去に対峙した悪魔を思い出し、極度の緊張状態
- 補足:両親を失った哀しみという感情を奪われていた
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