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第77話 ダメなやつ

 ふと、夜中に目が覚めた。

 リアナは寝袋の中で身じろぎし、小さく息を整える。


(……どうしよう。すごくトイレ行きたい)


 さっきの怪談のせいで、周りがいつも以上に不気味に見えた。

 寝袋の中で小さく丸まりながら、なんとか我慢できないか自分の身体に聞いてみる。


(ああ……これ、ダメなやつだ……)


 横ではミミが気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「ねえ……ミミさん……起きてますか……?」


「すぅ……すぅ…………くぴっ」


(だよね……。テンション上がりすぎて真っ先に寝落ちしてたし……)


 ミミのさらに向こうでは、エリシアの寝袋がゆっくり上下している。


「……エリシアさん。起きて……ませんよね……?」


「……すぅ……すぅ……」


(そりゃそうか……エリシアさん、あのあとも一番はしゃいでたし……寝るの遅かったもん……)


 リアナはそっと寝袋から這い出し、靴と外套を手早く身につける。

 そこまでしても、闇の向こうへ踏み出す勇気がどうしても出なかった。


 木々がざわりと揺れただけで心臓が跳ねる。

 どこかで誰かに見られている気がして、喉がひりついた。


「トイレ……行きたいよぉ……」


 情けない声が夜気に溶けていく。


 トイレはキャンプ場の入り口にある。

 距離自体は大したことない。問題は、その途中の道だった。


 昼なら気持ちいい木陰に見えていた道も、夜になると途端に不気味な茂みに変わる。

 さっきまで怪談を聞いていたせいで、なおさら怖い。


(うん……しょうがない。セイを起こしてついてきてもらおう)


 意を決したリアナは、そろそろとセイの寝袋へ向かう。

 心臓の音がうるさいくらい響き、足取りも自然と小さくなった。


(起こすの申し訳ないけど……このままだとほんとに泣いちゃいそう……)


 そっと寝袋の端をつつく。


「……セ、セイ……?」


 薄暗いテントの中、セイは丸まったままぴくりとも動かない。

 リアナはもう一度、小さく呼びかけた。


「セイ、起きて……?」


「……むん……ふぁ……? おはよう……?」


「いや、朝じゃないからっ……まだこんなに暗いから!」


 思わず小声でツッコミを入れてしまう。


 セイは半目のまま、ぼんやりリアナを見上げた。


「……リアナ? どうしたんじゃ……こんな時間に。魔物か……?」


「ち、違うわよ……!」


 リアナは困り果てた顔で、外套の裾をぎゅっと握る。


「セイ、寝る前にトイレ行ってなかったでしょ?

 だから……トイレ行きたいんじゃないかな……と思って……」


 セイは数秒固まり、それから真面目な顔で下腹部に意識を集中させ始めた。


「……む……確かに……言われれば……したいような、したくないような……どっちとも言えん感じが……」


(そんな真剣に悩むこと……?)


 リアナは早くしろとばかりに、もう一押し。


「じゃあ、トイレ行きたいか行きたくないかは、行きながら考えようよ?」


「……なるほど。それはそうじゃのう……おぬし、なかなか頭ええのう」


 セイはこくりと頷き、ようやく寝袋から這い出した。


 ふたりは外套を整え、静かにテントを出る。


 夜気が肌に触れた瞬間、リアナは反射的にセイの袖をつまんだ。

 暗闇は思った以上に深く、風の音さえ鋭く聞こえる。


「……しかし、不気味じゃのう。風だけじゃなく……なんか波の音まで聞こえんか?」


「……は?」


「いや、ほれ……ごぉ……って。海沿いとはいえ、こんな近くなかったと思うんじゃが」


「……や、やめてよそういうの……!」


(しまった! 人選間違えたよ……! 怖がりなの私だけじゃなかった……!)


 セイは警戒しているつもりなのか、逆に余計なことを口にして不安を煽ってくる。


「……むん……あの影も気になるのう。木か? いや、動い——」


「見ない! 見に行かないで! ほら何でもないから早く行くわよ!」


 リアナは半泣きになりながらセイの袖をさらに引っ張った。


 そんなやり取りをしながらも、幸い何事もなく――

 ふたりは無事、キャンプ場入り口のトイレへ到着する。


「じゃあ、先に私がしてくるね」


 するとセイがきょとんとした顔で返す。


「何を言うとんじゃ。男用があっちにあるから、ワシはそっちでしてくるぞ」


「はあ? いやいや、あっち遠いじゃん……! あそこまで行くの遠いじゃん!」


「いや、すぐ隣ではないか?」


「——いいからそこで待ってて。すぐ終わるから!」


「なんじゃというんじゃ……」


 リアナは共用の個室へ駆け込み、そっと息をついた。

 扉を閉めた瞬間、外の暗闇がひとまず遮断され、胸の奥がほんの少し軽くなる。


(……はぁ……落ち着こ……)


 そして数分後——トイレの扉がそっと開く。


「遅いから何かあったかと思ったぞ」


「女の子のトイレに遅いとか……ちょっとどうかと思うわよ」


「すまんすまん。ではワシも行ってくるかの」


 セイが続いて個室へ入り、リアナは外で待つことになった。


(…………)


(…………)


(…………っ、なにこれ……外で一人で待つのめっちゃ怖い……)


 風が茂みを揺らすたび、背中がぞわぞわする。

 さっきまであれこれ言っていたセイの声が、今はまったく聞こえない。


「ねえセイ、まだ?」


「うぬっ、もう少し待ってくれ」


(そんな余裕ある声出してる場合じゃないわよ……!)


 リアナはそわそわと落ち着かない様子で扉へ近づく。


「ねえセイ、時間かかるようならさ……心配だから扉開けてしてよ」


「はあ、リアナよ……それはさすがにセクハラじゃぞ」


「いいから! じゃないとここで泣くから!」


「泣かれても困るんじゃが……まあええ、ちょうど終わったところじゃ」


 セイが扉を押し開けて出てくる。


「ふぅ……よし。では帰ろうかの」


「う、うん……戻ろ……」


 ふたりは並んで来た道をゆっくり歩き出した。

 さっきより風が冷たく感じるのは、きっと緊張のせいだ。


 しかし——どれだけ歩いても、野営地の明かりが見えてこない。


(……あれ? この道、さっきも通らなかったっけ?)


 木の形も、岩の位置も、見覚えがある気がした。


「ねえセイ……ひょっとしてなんだけどさ……」


「なんじゃ?」


「道、迷った?」


「うむ……正直に言おう。迷っておる」


「だよね。さっきから同じところずっと歩いてる気がする」


「……これだけは使いたくなかったが、しょうがない」


「何か秘策があるの?」


「索敵スキルじゃ」


 セイは仕方なさそうに息を吐き、真剣な面持ちで目を閉じる。

 スキル《索敵》を発動――しかし。


「…………何も見えん」


「ねえ、それって“危険な敵の気配”を察知するスキルなんじゃなかったっけ」


「ぐぬっ……確かにそうじゃった……すまん。帰れんかもしれん」


 情けない声を漏らした、その瞬間。


 視界の端に、真っ赤な気配が突如として浮かび上がる。


「うわ……なんじゃあれ! すごいのがおる! しかも近づいてきとる!」


「えっ、なになに!? 索敵で見えてるの?」


「真っ赤っ赤じゃ! あれは危険度最大じゃろ!」


 ガサッ、ゴソッ――


「うわあああーーーっ!」


 飛び出してきた影に、ふたり同時に悲鳴を上げた。


「ここにいた!」


 現れたのは、寝癖で髪が少し跳ねたミミだった。


「起きたらセイとリアナちゃんがいないんだもん。ふたりだけでどこ行っちゃったのかと思って……!」


「……ミミじゃったか」


「じゃったか……じゃないよ! ふたりでこっそり抜け出して、何してたの?」


 ミミはむくれ顔のまま、両手を腰に当ててじりじり距離を詰めてくる。


「ミミさん、落ち着いて……。トイレ、トイレ行きたかったから、セイについてきてもらってたの」


「トイレ……?」


「はい。だって、あんな怖い話のあと……こんな暗いところ、ひとりじゃ歩けなくって……」


「リアナよ、おぬしワシがトイレに行きたいんじゃないかと言って――」


「うるさい! 怖かったのよ! ミミさんやエリシアさんは気持ちよさそうに寝てたから、起こすの気が引けて……!」


「ワシならええのんか?」


「……ごめんなさい」


 そんなやり取りをひとしきり終えたあと、ミミが胸をなでおろす。


「なーんだ。トイレだったのか〜。色々と心配しちゃったよ」


 その瞬間、セイの視界に浮かんでいた“真っ赤っ赤の気配”は、ゆっくりと色を薄めていった。


(ミミ、なにか勘違いしておったのか? いや……それにしても真っ赤って、怖すぎるじゃろ)


「じゃあ、帰ろうっ!」


 ミミがぱっと笑顔になり、勢いよくセイの腕に抱きついた。


「むっ……!」


 リアナも負けじと反対側の腕にしがみつく。

 しかし――セイはピクリとも動かない。


「セイ?」

「どうしたの、セイ?」


 セイはゆっくりミミを見下ろした。


「ミミよ。……どこから来た?」


「えっ? えっと……向こうだったと思うけど」


 ミミが指さしたのは――

 さっきから何度も何度も往復している、あの道だった。


「…………」


「………………」


「………………ミミさん?」


 セイは天を仰ぎ、大きくため息をつく。


「……迷子がひとり増えただけじゃった!!」


 嘆き声が森に響いたその瞬間――


 パァァァァッ!


 あたり一帯が、眩い光に包まれた。


「ウギギ……グワァーーーッ!」


 どこからともなく悲鳴が上がり、光の筋がついっと夜空へ昇っていく。

 残された後には、まるで何もなかったかのように静かな闇が戻ってきた。


「な、なんじゃ今のは!?」


 光の向こうから歩いてきたのは、エリシアだった。


「みなさん、心配しましたよ……」


「エリシアちゃん!」

「エリシア!」

「エリシアさんよかった……!」


 どうやら、皆がいなくなったのに気づいたエリシアが、ミミのあとを追ってここまで来たらしい。


「すまん……トイレに行っておったんじゃが、三人で迷子になってしもとった」


 セイが肩を落とすと、エリシアはふわりと微笑んだ。


「大丈夫です。原因の悪霊さんは今、浄化しましたから」


「浄化……?」


「このキャンプ場に着いた時から感じてたのですが……人を惑わす悪い霊だったみたいですね」


「ってことは、もう大丈夫なんじゃな」


「はい。なので皆さんで帰りましょう」


 そんなやり取りをしながら、四人はようやく野営地へ戻っていった。


 ――だがその夜。


 ミミはすやすや、エリシアもいつもどおり穏やかな寝息。

 セイも疲れてすぐに眠りについた。


 しかし。


(……え、本当に……お化けの仕業だったの……?)


 リアナだけ、寝袋の中で目をぱっちりと開けたまま――朝まで一度も眠れなかった。


────────────────────────

▼ステータス情報


【名前】セイ

【年齢】25(肉体年齢)

【職業】テンプレ詰め込み勇者

【レベル】41

【スキル】生活知識大全/魔法知識大全/世界法則書き換え/時間停止/魅了体質/無限成長/強制ハーレム誘導/おじいちゃんの優しさ(ヒロイン全員好感度+100)/威圧/加速支援/魔法適性鑑定/精霊感応/状態異常回復/索敵/ホーリーブースト


【同行者】

・ミミ(記憶喪失の少女/推定15歳)

 - 好感度:好き

 - 能力傾向:回復系(第一段階覚醒済)/ヒーラー適性あり

 - 状態:アストラクロスのローブを装備。お化け騒動後もぐっすり眠って体調は万全

 - 補足:セイとリアナがこっそり抜け出していたことに、いろんな意味で心配


・リアナ(元騎士団の見習い/19歳)

 - 好感度:好き(夜のトイレに付き添ってもらって、さすがに悪いと思っている)

 - 能力傾向:攻撃系(雷・風属性)/貫通・麻痺・加速タイプ

 - 状態:シルクノートの胸当てを装備。寝不足で目の下にクマ。海岸での遊び疲れが響いている

 - 補足:もう二度と怖い話には付き合わないと固く決意


・エリシア(元聖女様/24歳)

 - 好感度:かなり高

 - 能力傾向:支援・結界・祈祷(神聖属性)

 - 状態:アストラクロスのドレスを装備。一番はしゃいでいたわりに、熟睡のおかげで体調は万全

 - 補足:悪い霊かどうかを見分けられず、自分もまだまだだと反省中

ここまで読んでいただきありがとうございます!

「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマーク、ご感想にて応援いただけると、泣いて喜びます。

次の話もぜひぜひ、よろしくお願いします^^

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