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第76話 こんな暑い夜は

「いやー、ほんと楽しかったですね!」


 リアナが頬をゆるませ、海風に揺れる赤髪を軽く押さえた。


「リアナちゃん、行く前はあんなに渋ってたのに〜」


 ミミが肘でつつきながらからかう。


「結果として楽しめたなら、良い一日でしたね」


 エリシアは柔らかく微笑んだ。


「でも、はしゃぎすぎてちょっと遅くなっちゃったよね」


 ミミが夕暮れの空を見上げ、肩をすくめる。


 海岸沿いは観光客が多いだけあって、いくつかのキャンプ場が点在していた。

 日が落ちるにつれて、波の音が近く大きく聞こえてくる。


「今日はこのあたりで野営じゃな」


 セイは手綱を引き、馬車を沿道の脇へ寄せる。


「海辺でキャンプ……なんだか胸が弾みます」


 エリシアは期待に満ちた目で周囲を見渡した。


「いや、そんな大層なもんじゃないぞ。風は強いし、砂も入るしな」


 セイは苦笑して首を振る。


「でもでも、星は絶対きれいだよ!」


 ミミがぱっと笑顔を広げた。


「……そうじゃな。雲も少ないし、運が良ければ満天の星空かもしれんぞ」


 セイも空を仰ぎながら答える。


 馬車がゆっくり停まり、周囲では旅人たちが焚き火の準備を進めていた。

 海辺特有の湿った風が吹き抜け、空は紫から藍へと移ろい始めている。


「じゃあ、私たちも始めましょうか」


 エリシアが微笑むと、三人も頷いた。


 自然と荷物を下ろし、火を起こし、テントを張る準備が進んでいく。


 ――テントを張り終えた頃。


 じわりと肌にまとわりつく湿気に、誰からともなく顔をしかめた。


「今夜は……ずいぶん蒸しますね」


 エリシアが額の汗をそっとぬぐう。


「こういう暑い夜は――」


 ミミが何かを思いついたように、ぱっと振り返った。


「怪談するしかないよね!!」


「なんでそうなるんですか!? 絶対イヤです!」


 リアナが即座にツッコむ。


「ワシも同意しかねるぞい」


 セイも眉をひそめた。


 だが意外にも、エリシアが嬉しそうに手を胸の前で組む。


「でも、夜営と怪談って意外と相性いいのではありません?」


「ほらほら、三対二でこっちの勝ちだよ!」


 ミミがどや顔で腕を組む。


「納得できません!!」


 リアナが叫んだ、その時――


「おい、ミミよ。ひとり多くないか?」


 セイが指を折りながら人数を数え始めた。


「あれー? ちゃんと三人、手を挙げてたはずなんだけどなぁ」


 ミミは首をかしげるが、どう見ても怪しい。


「ちょ、ちょっと……ミミさん、本当にやめてください……!」


 リアナが半泣きで袖を引っ張る。


 そんな二人を見て、エリシアがふわりと微笑んだ。


「まあいいじゃないですか。こういうのも……旅の途中じゃないと味わえませんよ?」


「エリシアさん、その理屈……全然わかりません!」


 リアナは全力でツッコむが――


「まあ、そこまで言うならええじゃろう」


 セイがあっさり折れた。


「えええええーっ!?」


 リアナの絶叫が海風に溶けていく。


 その後もリアナは必死に抗議したが、流れは完全に決まっていた。


 やがて焚き火の赤い炎が揺れ、四人は輪になって腰を下ろす。


「では順番に話していくとしようかの。まずは……ミミからじゃ」


 セイの言葉に、ミミが元気よく手を挙げた。


「じゃあ……わたしからいくね!」


 焚き火の揺らめきがミミの頬を照らし、影がゆらりと地面へ伸びる。

 普段は明るい彼女が声をひそめると、それだけで空気が変わった。


「昔ね、海辺の洞窟で遊んでた子どもたちがいたんだって。

 本当は奥まで行っちゃいけないって言われてたのに、ひとりが勝手に走っていっちゃったらしくて……」


「え……なんでそんなこと……」


 リアナが不安げに口を挟む。


「他の子たちも慌てて追いかけたらしいんだけどね。

 奥には、大きな水たまりがあったんだって」


「……水たまり?」


 リアナの眉がひくりと動く。


「そう。でも、その洞窟って雨も入らないし、水が湧く場所もないはずなの。

 “なんでこんなところに?”って、その子がのぞき込もうとした瞬間――」


「どう……なったんですか……」


 リアナの声が小さく震える。


 焚き火がパチッと弾けた。


「無数の白い手が、その子を引きずり込もうと出てきたんだって!!」


「……っ!」


 リアナが身をすくませ、逃げるように火のそばへ寄る。


「周りの子たちは必死で引っ張って、どうにか洞窟の外まで逃げ出せたらしいよ。

 でもね……」


 ミミが少し間を置く。


「引きずられた本人だけは、“そんな手なんて見えなかった”って言い張ったんだって」


 エリシアが焚き火を見つめながら、小さく息を呑んだ。


「では、その水たまりは……?」


「死後の世界につながる入口だったんじゃないかって……」


 リアナの肩がぴくりと震えた。


「……以上です!」


 ミミは胸を張って締めくくる。


「な……なかなか背筋が冷えますね……」


 エリシアが腕を抱き、小さくつぶやいた。


 リアナは小さく丸まりながら、焚き火の揺れを怯えた目で見つめる。


「……やだ……次、誰なんですか……」


 今にも泣きそうな声だった。


「……では、次は私でいいでしょうか」


 エリシアがそっと手を挙げる。


「エリシアさん!? やらなくても……!」


 リアナがすがるように止めるが、エリシアは微笑んで首を振った。


「大丈夫ですよ。少し前に、教会で聞いた話ですから」


「それ、余計に怖い……」


 リアナは身を縮め、ミミは興味津々で身を乗り出す。

 セイは腕を組んだまま、静かに見守っていた。


 エリシアは焚き火の明かりを見つめながら、静かに語り始める。


「昔、とある村に“行方がわからなくなる家”がありました。

 そこへ入った人は、翌日には姿を消してしまうんです」


 リアナが息を呑む。


「家の中に変わった様子はなく、家具もそのまま。

 争った形跡もありません。

 ただ、人だけがいなくなっていたそうです」


 焚き火が小さくはぜた。


「調査のため、教会から一人の祈祷師が派遣されました。

 その方が家を調べていた時……床に“足跡”が残っているのを見つけたそうです」


「……足跡……?」


 リアナの声は震えていた。


「はい。泥が少しだけ残っていたそうです。

 ここまでは普通ですよね」


 エリシアは少し声を落とす。


「……でも、その足跡には“つま先”がなかったんです」


「…………え」


 リアナの背筋が固まった。


「全部、かかとの跡だけ。

 まるで、足が逆向きのまま歩いているみたいだったと」


 ミミが無言で背筋を伸ばし、セイも目を細める。


「祈祷師の方は気味悪く思いながら、その足跡をたどって進みました。

 家の中をぐるりと回って……最後に、ある部屋へたどり着いたそうです」


「ど、どこですか……?」


 リアナの声はか細い。


「寝室です。

 でも……足跡は、そこで終わっていなかったんです」


 エリシアは静かに続ける。


「足跡は……そのまま“壁”をのぼっていたそうです」


「…………っ!!」


 リアナが悲鳴をこらえながらセイの袖をつかむ。


「天井まで続いていて……視線が足跡を追い、天井を見上げた、その時――」


 エリシアの声がほんの少し低くなる。


「天井一面に、無数の人の顔が“貼りついていた”そうです」


 リアナの息が止まった。


「すべての顔がにやりと笑いながら、祈祷師の方をじっと見ていたと」


 リアナとミミが、揃ってセイの袖にしがみつく。


「それ以来……その祈祷師の方を見た者はいないそうです」


「ひ、ひぃ……っ!!」


 リアナは両膝を抱えて震え出した。


「え、え、ちょっと待って……」


 ミミも顔を引きつらせながら聞く。


「それって、教会で聞いたってことは……本当にあった話ってことだよね?」


「さあ、どうでしょうね?」


 エリシアはいつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「私は人づてに聞いただけなので……ふふ」


「いやいや、その祈祷師がいなくなったなら、誰がその話を伝えたんじゃ」


 セイが冷静に突っ込む。


「あ……そっか」


 リアナがぽかんと固まった。


「じゃあ……嘘……ですよね……?」


 震えた声で確認するように尋ねる。


 エリシアは少し考えるように首を傾げてから、


「どうなんでしょう。

 でも、私がお祓いに行った時は……そこまでひどくはありませんでしたが……」


「エリシアちゃん、本物のやつじゃん!! っていうか、お祓いしたんだ……」


 ミミが一気に青ざめながら叫ぶ。


「えっ……えっ……」


 リアナは胸に手を当てたまま後ずさった。


 そんな空気の中、セイがぽんと手を叩く。


「よし、つぎはリアナの番じゃ」


「っ……!!?」


 リアナの肩が跳ね上がり、焚き火の前で固まった。


「む、無理……ほんと無理です……」


 声は震え、今にも泣き出しそうだ。


 それでも全員の視線が自分へ向いているのを感じ、リアナはぎゅっと拳を握る。


「……わ、わかりました……」


 か細い声でそう言うと、膝を抱えながら深呼吸した。


「こ、怖くない……話かもしれない……ですけど……

 ひとつ、思い出したことが……あります……」


 ミミとエリシアが息を呑む。


 リアナはゆっくり顔を上げ、焚き火の明かりを映した瞳で震えながら語り始めた。


「……あの……騎士見習いで寮暮らししてた頃の話なんですけど……

 夜中に、誰もいないはずの廊下から……」


 喉が震え、声が細くなる。


「“足音がしたことが……あって……”」


 ミミとエリシアがごくりと喉を鳴らす。


「その日は……みんな早めに寝てて……起きてたのは私ひとりでした。

 なのに……寮の奥から……ゆっくり……ゆっくり……」


 リアナの膝がこつんと震えた。


「カツ……カツ……って……

 革靴みたいな音が近づいてきて……」


 ミミが背筋を伸ばし、エリシアも息をひそめる。


「そして……遠ざかっていったんです……」


「……ん?」

「どういうこと?」


 二人の声が重なった。


「だから……誰もいない廊下から足音がして……

 そのまま遠ざかっていったってことです」


 リアナが震えながら説明すると、セイが腕を組んだまま渋い顔でうなずく。


「リアナよ……それは……いや、皆まで言うまい」


「ほらっ! 言いましたよね!? 怖くないかもしれないって!」


「いえ……」


 エリシアが胸に手を当てながら真顔で言う。


「途中までは、すごく良かったと思います」


「途中までは!? ええ、分かってますよ。怖くなかったことくらい!」


「でも、本人からしたら怖かったよね……うん、分かるよ」


 ミミが慌ててフォローする。


「え、えっと……」


 リアナは視線を落とし、少し間を置いてからぽつりと続けた。


「今思えば……遠ざかっていく足音……

 あれ、なぜか階段を“上っていく”音に聞こえたんです。

 私の部屋、三階建ての建物の……いちばん上の階だったはずなんですけど……」


「リアナちゃん、急に落としてくるのやめて!!」


 ミミが両腕を抱えて震え上がる。


 エリシアはきょとんと目を丸くした。


「……え?」


 セイはぽりぽりと頬をかきながら、のんびり締めくくる。


「……リアナよ。油断させておいて、それはなかなかやりおるな」


「えっ……そんなつもりじゃ……!」


 リアナが真っ赤になって慌てる。


 エリシアは軽く息を整えつつ、くすっと笑った。


「でも、良い意味で意外でしたね。リアナさんの話がいちばんリアルでした」


「さて、最後はワシじゃな――」


 蒸し暑い夜の怪談は、このあともやたら長く続いたのだった。


────────────────────────

▼ステータス情報


【名前】セイ

【年齢】25(肉体年齢)

【職業】テンプレ詰め込み勇者

【レベル】41

【スキル】生活知識大全/魔法知識大全/世界法則書き換え/時間停止/魅了体質/無限成長/強制ハーレム誘導/おじいちゃんの優しさ(ヒロイン全員好感度+100)/威圧/加速支援/魔法適性鑑定/精霊感応/状態異常回復/索敵/ホーリーブースト


【同行者】

・ミミ(記憶喪失の少女/推定15歳)

 - 好感度:好き

 - 能力傾向:回復系(第一段階覚醒済)/ヒーラー適性あり

 - 状態:アストラクロスのローブを装備。海辺のキャンプが新鮮で、テンション爆上がり

 - 補足:怖い話は大好き。本当は怖がりなのにやめられない


・リアナ(元騎士団の見習い/19歳)

 - 好感度:好き

 - 能力傾向:攻撃系(雷・風属性)/貫通・麻痺・加速タイプ

 - 状態:シルクノートの胸当てを装備。夜の海辺が怖すぎてテンションだだ下がり

 - 補足:怖い話は大嫌い。ほとんど泣いていた


・エリシア(元聖女様/24歳)

 - 好感度:かなり高

 - 能力傾向:支援・結界・祈祷(神聖属性)

 - 状態:アストラクロスのドレスを装備。海辺のキャンプが新鮮で、テンション爆上がり

 - 補足:職業柄、お化け関係はお手のもの。怖い話もほぼ実体験

ここまで読んでいただきありがとうございます!

「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】やブックマーク、ご感想にて応援いただけると、泣いて喜びます。

次の話もぜひぜひ、よろしくお願いします^^

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