―皇国戦記260X―:14話:超獣の目覚め(前編)
長いので前編後編に分けました。
国防を担う組織において、予算配分を制御できる立場とその行動に対する責任を負う人間が持つべき意思と意識とはなんだろうか。
私はこう理解している。
100年先を見据え、その当時の行動と判断は合理的であり、国家存亡をかけた重大局面において、例え敗戦したとしても「あの当時出来る限りの事はした」――と、未来において第三者から言われ続けるだけの認識と論理を持ち、時には反対の意思を示しつつも、原則、上に立つ者が望む形での予算編成を正しく解釈して押し通す不動の覚悟を持つこと。
優秀な部下がこうあるべきだと述べているからとか、上に立つ者がただ望んでいるから通すなどと責任を丸投げするのでは、国家の未来を守る事など到底出来やしない。
行く末を見据えた上で、己が理解し、己が賛同し、水門を開けるがごとく予算と言う名の水を通す。
それでも、自分の当時の行いが正しかったかどうかについては常に葛藤するもの。
所詮は人間。
表では虚勢を張れても、心の内ではやはりこうすべきであったかもしれないと考えずにはいられない。
3年前のあの日。
まだ反対派が多数いた陸軍内において、"主力戦車"と呼ばれはじめた超重量級巡航戦車の生産を最大限に優先し、戦闘車両に関する大半の予算を注ぎ込むには、自らの胆力だけでは足りず、周囲に向けて説得を続けるばかりだった。
周囲の反応としては、我が軍の戦法では戦闘車両とは随伴歩兵と連携を行うための歩兵戦車が主であるべきであり、より強力な戦車が登場したとしても、遠方から牽引式の大口径砲で対抗すれば大丈夫であろうという意見が多かった。
戦車戦などというものは、製造、保守、運用にかかる労力は多大で、短期間であれば機動戦を展開できるが、長期となればなるほど難しくなり、戦場を広げていけばいずれ補給が滞って停滞するので、そこを突けばいいと。
電撃戦の成功はあくまで圧倒的な機動力があってこそのもの。
継戦能力はそこまで高くはないはずだと。
しかし、開戦から1年、2年と経過しても留まらぬ進軍。
歩兵よりも先走って戦闘を仕掛けてくる戦車群。
これらの前に歩兵戦力は蹂躙されるばかりで、ユーグの地において我が方は苦戦を強いられ続けていた。
ヤクチアのT-34等の汎用性の高い戦車の登場により、数的優位はあっても押し切れない現在においては、予算編成も容易であったことであろう。
既に陸軍内では此度の戦において戦車戦を回避することは不可能で、敵戦車を確実に屠るだけの極めて高い攻撃力と防御力を有する戦闘車両が必要であるという見解は確立された。
あれほどまでに、歩兵がどうの、歩兵支援がどうのと述べていた将校らは沈黙し、先陣を切るのは戦闘車両で、歩兵はその後で一帯の地域を占領するものなのだと掌を翻している。
だが、今更予算を通していたら全てが間に合わない。
だから、あの時に通した。
陸軍省次官という立場で、西条大将……もとい、西条首相が望むままの形で。
私は信じた。
議会において設計主務を担当する若者の言葉を。
「――敵戦闘車両は数年のうちに進化して手がつけられなくなります。だからこそ、空前絶後の破壊力を持つ12cm高射砲を骨子として開発する戦車砲を主砲として搭載し、新鋭エンジンによって可能な限りの機動力を有しながら、防御面でも敵の一撃は確実に防げるだけを保たせる――」――という、彼の言葉を。
設計主務の若者は立川の航空技術研究所所属の技術中佐。
航空分野における実績については、もはや要求通りの予算を通していれば次元の違う航空機を生み出し続ける怪物で、まだ航空機の最高速度が400km/h前後の世界で600km/h以上で水平飛行する実験機を作り上げたと思ったら、気づいたら600㎞/h以上で飛べる戦闘機を実用化したばかりか、数か月前には900km/hという未知の領域まで飛べるジェット戦闘機なるものを生み出して量産化に移行……
さらに最近では「―構造上、航空機は時速換算約3000km/hぐらいは余裕で行けます。後10年程度で世界の戦闘機はその領域まで来る―」――などと述べており、陸軍省内では「――あの男は何らかの呪術や異能の類でなんでも速く飛ばすことが出来るに違いない」――と、もはや特殊能力持ちの異能者扱いをされてすらいる。
そうであったとしても戦車は門外漢。
本人も当初は開発に前向きではなかった。
だが、やはり設計者としての能力の高さは戦車にすら適合できたようで、それまで我が国では製造不可能とされた重戦車の可能性を切り開く駆逐戦車の開発に成功。
上層部は完成した駆逐戦車の試作型を土台にもっと戦車らしい回転砲塔を装備したものを作れるはずだと考えるようになり、これをベースに彼に頼らない形で各地の企業や技術者に試案を提出するよう求めてみるも、どれも中途半端。
その動きを見ていた西条大将は「――あれを真の意味で完成した回転砲塔付きの重戦車とできるのは、国内においては駆逐戦車を生み出せた本人以外にいない――」――として、この動きを制止させると共に、本人に今一度、回転砲塔を装備した戦車の設計案を出すように要求。
そこにユーグの地でT-34に触れた事で何やらいろいろ理解したとされる本人は、12cm砲を装備しながら、正面装甲が280mm相当にも達する圧倒的防御力を有しつつ、重量を40屯台に抑え込み、最高速度は50km/hを越えると言う、当時の常識では不可能だろうと言いたくなるようなものを提案。
しかし設計図面には高い説得力があり、西条首相は気に入ってしまう。
気に入ってしまったがため、技術中佐が求めた年生産台数700台の倍以上の量産が可能なよう、国内で製造していた戦闘車両の製造ラインの全てを主力戦車に切り替える英断を行ってしまった。
装甲等を被せて車体を組み立てるレンドリース法によってNUPより提供されていたM4戦車という例外を除いて。
レンドリース法を盾に、他の戦闘車両はどうにかなると。
必要なのは、NUPすら開発していない、対戦車戦において圧倒できるだけの戦闘車両。
これらを師団規模にて数百両でもって運用し、地上戦における第三帝国のこれ以上の侵攻を食い止め、さらには押し返す。
果たして本当にそれが実現できるかについては……これから目にする実物が証明すること。
これまで紙の上でしか描かれていなかった鉄の塊。
私が信じたい、地上戦の要。
主力戦車。
ようやくその姿を拝むことができる。
皇歴2602年4月1日。
今日の日は間違いなく皇国陸軍史に刻まれる歴史的な日となるであろう。
転換訓練が終了した戦車部隊による、初の公開演習。
九七式とはまるでモノが違う次元を超えた性能と対戦車戦中心の戦術方針を前に、転換訓練には相当の苦労を要したとのことだが……ようやくこの日を迎えることが出来た。
木更津の地において、一部の者達から超重をもじった「超獣戦車」と呼ばれる存在を、私を含めた陸軍を支える多くの士官や将官が初めてその目に焼き付けることとなる。
高鳴る胸を前に、私は演習前のお披露目会が行われる予定の格納庫へと足を運ぶ。
昨日はまるで寝付けなかった。
この日のためにありとあらゆる演出を考案していて、可能な限り士気を高めるために試行錯誤を重ねたからだ。
わざわざ東京都内から多数のヘリコプターを用いて木更津まで向かうよう調整したのも、我が軍の戦力がどれほどの領域に達しつつあるか証明せんがため。
西条首相からは可能な限り士気を高め、戦局をひっくり返す原動力としたい旨伝えられているが、まだ我々は敗北したわけではなく、これから逆転をするのだということを説明するには、口で説明するよりこうやって見せつけるほうが理解しやすい。
演習前のお披露目会も考え方は同じ。
そして私はそのお披露目会の時に初めて実物をお目にかかりたかったので、予行練習などにはあえて参加しなかった。
つまり、今周囲にいて格納庫へと足を進める他の者達と同じ立場で主力戦車を見る事ができるというわけだ。
先走ったのでは同じ感動は得られない。
貯め込んだ複雑な感情を発散するには、これが一番。
ゆえに周囲の見境もなくまるで子供のように小走りしてしまいそうな感情を抑え込むのに苦労しつつ、格納庫へと向かった。
◇
静まり返る周囲。
事前に通達がなされており、お披露目会では階級に関係なく集まった者たちが所定の場所に整列することとなっていた。
整列した全ての人間が一切口を開かず、私も指定場所にて列を成し、その時を待ちわびる。
格納庫の出口より左右に並んで花道のごとき儀仗列を構成し、新たな陸軍の象徴へ向けて礼儀を尽くすのである。
並んでいるのは儀仗兵ではなく、今日の日のために呼ばれた士官あるいは将官。
もはや主力戦車にかけられる期待は尋常なものではなかった。
もうすぐその姿を現す鋼鉄の超獣は、皇国そのものを背負っているといって過言ではない。
列の最前列へと視線を向けると、西条大将のお姿。
元帥ではないために元帥刀を有してはおられないようだが、その左手は静かに軍刀へ添えられている。
まるで陸軍総出で英霊でも召喚しようとしているようであった。
「――総員、気を付け!」
進行役の将官による突然の号令に緊張が走る。
事前通達通りではあるのだが、心の準備がまだ足りていなかった。
続くカチャカチャという小さな金属音。
格納庫の扉を開くために鍵を開いているようだった。
心臓の鼓動が高まる。
周囲に漏れていないかと不安になるほど。
汗が額を走る。
相手は無機質な機械の鉄の塊のはずなのに、場の雰囲気が超常的な何かを呼び起こしているような錯覚を引き起こす。
続けざまに耳に届く、格納庫の扉が開く音。
重厚な金属扉が、音とわずかばかりの振動を立てながら左右に開かれていく。
扉は複数で構成されていて、扉が重なるごとにゴン――という、鈍い金属音が発せられる。
こちらの位置からは格納庫の中の様子が見えない。
それが余計に緊張を高めてしまっていた。
「――ッ敬礼!」
予行演習もなく訓練も行われていないにも関わらず、整列した全ての人間がほぼ遅滞なく同時に敬礼を行う。
同時に響く地響きと、謎の甲高い高音。
ずっと待っていた。
どんな困難にも立ち向かえる、心の底から安心して共に戦える存在を。
部下に向かって「これならば問題なかろう!」――と、胸を張って渡すことができる武具を。
誰もが存在自体を疑わぬ底知れぬ強さを持った鋼鉄の獣を。
前列に位置する私の視界の中にまず入ったのは、格納庫の扉より飛び出した太い砲身。
主砲の口径は12cm。
瞬間、艦砲という言葉が脳裏を過った。
もはやこの太さは艦砲そのものであり、海軍の駆逐艦の主砲と大差無い。
改めてみると異様なまでの太さに戦慄してしまう。
それでいて、この戦車の装備する砲は純然たる戦車砲であり、榴弾砲ではないのである。
先端からやや後方に位置する部分に設けられた孔は、反動を大幅に相殺できるものであるらしい。
多孔式マズルブレーキと言ったか。
これまた従来の常識的構造ではない、渦を巻くがごとく配置された孔が異質な雰囲気を醸し出していた。
続いて、これまで見た、いかなる戦闘車両よりも大きい、超重量級戦車の姿。
これまでの常識的戦車と全く外見が異なる一方、自らの姿こそ主力戦車なのだと言わんばかりの意匠。
少し目線を上げると、車長は砲塔から身を乗り出し、敬礼姿勢を維持したまま微動だにしない。
これほど緊張する機会もそうはなかろう。
陸軍の執念が形となった神輿、あるいは山車の上に彼はいる。
操舵手もその手を震わせながらアクセルスロットルを握っているに違いない。
他方、将官から向けられる視線は、目の前の人間ではなく、彼らの乗る超弩級の獣の方に向けられていた。
今まさに通り過ぎようとした、その時だった。
何か声のようなものが届いた気がした。
―私の名は主力戦車。この国の歴史を紡ぐため、努力する人々に手を差し伸べる者―
―そのために、“赤く染められた未来”より、生まれ変わってやってきた―
―此度の戦を乗り切るためには、数が必要だ。どうか可能な限り、私を用意してほしい―
―皇国の存続を望むならば―
そのあまりにも未来的な意匠の影響だからなのだろうか。
さも自らを未来よりやってきたと言い張る声のような何かが頭の中に響く。
今のは一体……
これが残留思念というものなのだろうか。
あるいは白昼夢か。
だが、確信に至った。
これで倒せなければ、一体何なら倒せるというのだ。
設計者はやるべきことを成し、戦車戦において敵に不可逆的結果をもたらす主力戦車を生み出した。
そして私もまた、真の意味でやるべきことをやった。
予算を通した事にもはや一切の後悔が無い。
間違いない。
絶対に、強い。
少しずつ加速して儀仗列を離れていく姿から、重さを感じさせない雰囲気がそうさせる。
あれで40屯超級?
本当か?
九七式よりも素直に加速していったように見えるのだがな……
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