―皇国戦記260X―:14話:超獣の目覚め(後編)
長いので前編後編に分けております。
ついに公開演習がはじまった。
今回、演習科目については木更津の戦車隊に任せているので私は関知していない。
私がやったのはお膳立てのための各種演出の考案と試行錯誤のみ。
こういうのは現場に任せるべきと言う考えのもと、責任だけ背負った形で任せている。
このため、科目内容は事前に配布された資料に記述された以上のことは知らない。
最初の科目は障害走破。
これまで見たことも無い巨体を持つ獣は、40屯もの重量をまるで感じさせずにスムーズな加速力を見せつけ、演習場内に用意された実戦を想定した悪路の中を見事に走破し、最初の障害物へと突き進む。
傾斜角35度の急坂だ。
現時点で、この傾斜角を越えられるのは、宿敵ヤクチアのT-34等、限られた存在のみ。
しかし、世界最高峰のトラクション性能を発揮できるPCCシステムと、適切な重心設計によって、主力戦車はものおじする様子なく中速以上の状態を保ちながら駆け上がる。
履帯は地面に吸い付くように張り付いていて、滑る様子を見せない。
そして坂の頂上付近で一旦停止した後、車体を一気に傾けながら下り坂へと向かう。
接地した瞬間、遠方から地面を通して伝わってくる衝撃。
決して重さを偽ってなどいないのだと訴えてきているようだ。
同時に砲身が地面に直撃しないよう、砲塔を回転させる。
「――速いッ! 手動ではないのか!?」
視察席の隣に座る将校は驚きを隠せない。
それもそのはず。
多くの者にとって、戦車の砲塔というのは、未だ手動で動かしている認識を持つ。
供与されたM4などは電動であるのだが、戦車隊に関与しない幹部級というのはNUPへの印象が良いものではなく、自ら様子を伺うなどしないために知らないのだ。
私もあくまで設計図として電動方式であることを把握してはいたが、車体に匹敵するほど巨大で、重量のありそうな砲塔が想像以上の速度で回転する姿には、思わず呼吸することを忘れそうになってしまった。
小説などでは良く息を吞むなどというが、飲み込む事すら出来ぬ場合、なんと表現すべきなのだろうか。
下り坂を降りきった後に待ち受けるのは、盛土による段差と、その先に待ち受ける沼、あるいは池のようなもの。
こちらも難なく突き進んで沼の方へと向かう。
水深は1m以上あるようで大きく車体を沈み込ませるが、水の抵抗など無いものと言わんばかりに左右にかき分け、さらにその先に用意された、もう1つの坂へと駆け上がる。
今度の坂は先ほどより傾斜は浅いが、先ほど沼の中を走行し、その際に跳ね除けた水によって、履帯と前方の地面の摩擦力は低下しているはずだが……速度は全く落ちない。
設計主務は必要となるだけの機動力を持たせた状態で可能な限りの攻撃力と防御力を両立させたというが、そこいらの巡航戦車などが同じように走れるのか。
少なくとも技術中佐はT-34に劣るような状態に仕上げるのは絶対に嫌だったことは見て取れる。
続く障害物は、丸太やそこそこの高さの岩が敷き詰められた、まさに過酷な不整地。
普通なら大きく速度を落としてゆっくり慎重に進まねばならないところ……速度自体は落としたものの、現代の戦闘車両よりもよほど軽快に不整地の中を進む。
車体を左右に若干揺らしながらも、止まったら命が尽き果ててしまう恐怖にでも襲われているのではないかと言いたくなるほどに止まらない。
あんな不整地、九七式なら履帯を傷めぬよう徐行するしかあるまい。
不整地を抜けた先には、大量の鉄杭と木杭、そして積み重ねられた土嚢によって構成された狭隘地帯が用意されていた。
敵陣における対戦車戦を想定した回避機動区域と推測される。
これまでの常識の中にある通常の戦闘車両であれば、一旦減速し、大きく舵を切りながら慎重に突破する必要がある。
だが、この主力戦車は――
「――バカな、横転するぞッ!」
隣に座る将校の不安を他所に、一切の減速をしないばかりかむしろ加速し、その状態のまま蛇行しつつ障害物を見事に回避してゆく。
同時に視界に入ってくる異様な光景。
車体が左右に大きく蛇行しているにも関わらず、砲身は常に特定の方向を向いたまま固定されている。
いや、実際には車体に合わせて回転しているのだが、標的か何かと思われる存在に砲を向け続けたまま、車体を左右に振り回して突き進んでいった。
ある程度まで進むと、車体1台がすっぽり収まるかのようにコの字状態に土嚢が敷き詰められた場所にて、突然の急停止を見せる。
それも最高速、あるいはそれに近い状態からの急停止だ。
停止する瞬間、車体が大きく前方に傾いたように見えた気がするが……これまでにここまで高い制動力を持つ車両をこの世で見たことが無い。
一体何メートルほどで停止した?
3m少々ほどで停止したように見えたのだが……ともかく極端に短い距離だった。
そして停止直前まで50km/h以上出ていたような……
それだけで済んでいるというのが本当に信じられん。
急停止した主力戦車はすぐさま後退を開始する。
恐ろしい事に前進時と加速力が全く変わらない。
そして先ほど来た道を後退しながら走破していく。
まるで時間を巻き戻しているかのように。
ここにきてようやく理解したことがある。
戦車の性能だけではない。
練度も相当な領域にまで至っている。
転換訓練に苦労を要したとの事だが、ここまで乗りこなせるまでに研鑽を積むのに一体どれほど過酷な訓練を行ってきたのかを想像するのは難しくない。
そうだ、そうなのだ。
兵器というのは性能だけでは戦果に繋げられない。
使いこなしてこそ、はじめて戦力として認められる。
此度の演習、それを改めて知らしめるためのものでもあったか。
我々は次元を超越する兵器を、自らの手足のごとく使いこなせるぞと、そう証明したかったのだ。
公開演習自体を企画した人間の一人でもある手前、演習の趣旨を理解せず演出のための試行錯誤を重ねていたなど、誠に恥ずかしいことであるが……
現場にいる者達はきちんと理解できていた。
組織が上手く機能している証拠だ。
後程、戦車隊の面々には感謝を伝えねばならないな。
◇
障害物走破は続く。
後退しながら開始地点まで戻ると、再び急停止する主力戦車。
その後、即座に超信地旋回を見せる。
「――いつギアを切り替えたんだ?」
隣に座る将校が妙なことを口走る。
何を言っているのだ。
ギアなどない。
我が国では作れないので捨てた。
代わりに手に入れた無段変速だ。
そもそも先ほど急停止から即座に後退してみせただろうに、その時は何も感じなかったのか。
主力戦車はな、百段以上にも及ぶ抵抗器を段階的に切り替え、電動機へ流す電流を制御している。
その結果として、事実上の無段変速を実現しているんだよ。
鉄道と同じ仕組みだ。
持たざる技術を諦め、持ちうる技術で固めた事で手にした無段変速というわけだ。
……と言っても、この柔軟な切り替えには確かに驚嘆を禁じ得ない。
この主力戦車、ゆっくりと曲がる時も全くガクガクしない。
普通の戦闘車両ならクラッチの切り替えで左右に曲がるものだから、低速時においては挙動不審な動きを見せる。
だがこいつは違う。
履帯というおよそスムーズに動かすのが難しいはずの機構を有しながらも、それでも問題なく動ける。
ありとあらゆる部分で他の戦闘車両とは比較にならんな。
しばらく周囲を走り回った主力戦車は再び開始地点へと戻っていく。
まとわりついた泥がいかに過酷な道を走破してきたかを物語る。
一切の故障や不具合を見せることなく走りきった姿は実に誉れ高い。
信頼性の面も不安はなさそうだ。
「――これより機動間射撃を行います! 戦車小隊前へ!」
間髪入れずに開始される次の科目。
進行役の士官と思われる人間は、拡声器を用いて視察する全ての人間に伝わるよう声を張り上げた。
現れたのは先ほど走り回っていたものとは別の4両。
しかし標的の姿が確認できない。
どこにある?
「皆様。座席に備え付けられた双眼鏡をお取りください。11時方向、およそ2000m先に標的がございます!」
当初より各座席ごとに据え置かれていた双眼鏡はこのためのものだったか。
大急ぎで革製のケースより双眼鏡を取り出した私は、11時方向へと視線を向ける。
その先には戦闘車両を意識したと思われる、全幅4m、高さ2~3mほどと推定される標的の板が据え置かれていた。
バカな……現在存在する戦闘車両の射程はたかが1000m程度だぞ。
その2倍の距離を行進間射撃で撃ち抜くと言うのか。
確かに、技術中佐は主力戦車は相手の射程外から狙撃して戦うことを基本戦術とし、防御力や機動力というのは、それを支えるために必要なものであって、敵の攻撃を耐え抜きながら戦うものではないと述べていたが……
計算具や算定具を組み合わせればそれが可能だと言いたいわけか。
もちろん、不可能なことをやるわけがない。
これは公開演習。
出来ることを見せる場だ。
一旦双眼鏡を下ろして戦車の方を肉眼にて確認する。
4両の戦車は20km~25km前後のやや低速といった状態のまま列を成して砲塔を真横に向けながら移動を続けていた。
どうやって見守ることにしよう。
双眼鏡で標的に目を向けたままその時を待つのもいいが、できれば12cm砲が砲撃する姿をこの目に収めたい。
この後も標的に向けた演習は行われる予定ではあるが、4両がタイミング良く一斉射する姿を見てみたい。
やはりここは双眼鏡ではなく肉眼で砲撃を確認した後、標的を見るべきだな。
「――一小隊、隊列維持! 徹甲装填」
戦車小隊長によるものと思われる無線音声が拡声器で拡大され、周囲へと伝えられる。
いよいよだな。
装填までには多少時間がかかりそうか?
聞いている話では10秒以内を目途としているそうだが。
「一小隊! 10時方向! 行進射……撃てッ!」
瞬間、左右の耳を突き抜けるけたたましい衝撃音。
その後より届く衝撃波。
私は確かに見た。
砲撃の瞬間にマズルブレーキより生じた火輪と、砲撃の衝撃波によって車体表面より吹き飛んだ土や泥によって生じた土煙を。
八九式や九七式戦車の砲撃ではこのような事は起こりえない。
まさに艦砲と言って差し支えない大口径の12cm砲だからこそ、あんな事が起きる。
「おぉ!」
周囲の声、そして続く拍手。
急いで双眼鏡に目を通し、標的を確認する。
4つの標的には、それぞれ大きな穴が開いていた。
「――全弾命中! 一小隊反転、後退したまま隊列維持! 徹甲装填! 撃ち方待て!」
どういうことだ。
後退して何をするつもりだ。
まさか後退しながらもう1回2000m先の標的に当てようというのか!
「1小隊! 同一目標! 11時方向! 行進射、撃てッ!」
今度は放たれた砲弾が標的に向かう姿を見逃さなかった。
双眼鏡を覗いたまま、行進間射撃する様子を見る。
凄まじい速度で放たれた砲弾は瞬く間に4つの標的に向けて突き進み……
そして――
「――全弾命中! 大隊長、こちら一小隊長。左前方、敵戦車四両撃破! 小隊異常なし。これより反転、三時方向敵陣へ突入す。一小隊、我に続け!」
小隊長は的確な指示を出し、4両の戦車は素早く陣地占領のための突撃を敢行する。
この様子を見て私は2つ理解できたことがあった。
恐らく、本来の戦術運用ではあんな反転しての二射目は行わない。
もっと柔軟に動き回って敵を攪乱しつつ、一撃離脱を心掛ける。
今回は視察席から二射目も見えるよう取り計らう必要性が生じ、あえて反転したものと推測される。
演習場の制約に基づく動き方であって、高い機動力で敵を翻弄しながら遠距離で狙撃するのが主力戦車による基本戦法であることを見せたかったのだ。
重要なのが一連の動きの中で敵に背を向けることなく最も防御力が高い正面装甲を示し続けていた事。
対戦車戦においては敵に背を向けず戦域を優位に進めて状況を支配せねばならないという事を戦車隊は的確に理解しているのだろうな。
そして、2度の命中については、これはもう積み重ねた練度の高さによるもので、戦車の性能だけでは説明がつかない。
いかな高性能な砲を装備しているからといっても、行進間射撃の命中率なんて2割もあればいい方だ。
演習で固定目標に十分に当てていけるならば、実戦でも高命中を期待できる。
戦場においてより命中率を高めた状態に出来ると誇示しているのだろう。
なんにせよ、これまでの常識的な戦法ではないな。
◇
その後も演習は続いた。
稜線を利用した隠蔽射撃が行われ、主力戦車は砲塔のみを露出させた状態から次々と2000mほど先の標的を撃ち抜いていった。
他にも煙幕機動間射撃を行い、視界を遮蔽しながら1000m先の標的に命中させるなど、実戦を想定した演習を行って戦車隊の練度の高さを見せつけてくる。
そしていよいよ最終科目が始まる。
最終科目、それは1000m先にいる鹵獲したT-34を標的とした実弾の発射である。
進行役の将校は短停止射撃と称していたので、恐らく敵を正面に捉えたまま急停止し、そこから射撃してT-34を射抜こうと言うのであろう。
現れた主力戦車は1両。
ここはどうやら実戦を想定したものというより、単純に12cm砲の威力がどれだけか見せる科目なのであろう。
ここまで実戦を意識した上での性能と練度を見せつけていた主力戦車は、最後に実戦でどこまでの強さを誇るのかを見せつけたいようだった。
再び静まり返る周囲。
独特の甲高い音を周囲にこだまさせつつ、主力戦車が高速を維持したまま射撃地点へと向かう。
「――敵情確認。1時方向、敵戦車1両! 徹甲装填!」
1000m先のT-34は肉眼でも確認できるため、双眼鏡を通してみる事はしない。
肉眼に焼き付けるため、あえて全体を見通すような姿勢を維持する。
「――目標距離1000。短停射撃!」
これはつまり、計算具や算定具を駆使する事によって敵との距離がすでに測距できているということか。
今までは射手の勘頼りだった側面もあるが、主力戦車は違うというわけだ。
「――撃て!」
これまでに何度か見せてもらった急停止の後、車体が安定した瞬間に砲撃音が響き渡る。
刹那、T-34の砲塔側面で表面塗装か何かが破裂したかと思うと、火柱と共に砲塔が上空に吹き飛び――
そして、30屯近くあるはずの車体は砲弾の威力を抑え込むことが出来ず、車体は炎を噴き上げながら横転して逆さまの状態となって沈黙した。
やがて、遥か上空へ吹き飛ばされていた砲塔が、鈍い金属音と共に演習場へ落下。
何度か地面を転がった後に同じように逆さの状態となって静止する。
12cm砲は当初過剰威力と言われた。
ここまでの威力が果たして必要なのかと。
T-34相手であるならば、恐らくそうなのだろう。
だが、技術中佐は言い切った。
「――今は十分どころか過剰であったとしても、数年後は違う――」
彼の言葉を思い出して言える事がある。
短期間ではあるものの、時代の象徴となったT-34の天下は終わった。
そして、新たな時代の象徴が目の前に味方として存在する。
演習を通して誰もが理解したことだろう。
主力戦車が戦線に投入された瞬間、これまでの常識の中にある戦車戦は終わるのだと。
この王座を奪いに未知の戦車達が挑んでくるのだ。
願う事は1つ。
主力戦車が三日天下とならぬ事に尽きる。
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