火の皇帝
ベルグ火山へ到着した時、そこに広がっていた光景は、私たちの想像をはるかに超えていた。
黒煙が空高く立ち上り、大地は低く唸るような音を響かせている。
山肌のあちこちから白い蒸気が噴き出し、硫黄の匂いが風に乗って漂っていた。
山の麓では、村人たちが必死に避難を続けている。
幼い子どもを抱きかかえる母親。
家畜を引いて走る老人。
騎士団は混乱する人々を誘導しながら、安全な場所へと導いていた。
「第一隊は東の村へ!」
「第二隊は橋の崩落を確認しろ!」
ルカの力強い声が響く。
その指示を受け、騎士たちが一斉に動き始めた。
私はクララと共に負傷者の手当てを手伝っていた。
「ラルム様、この子をお願いします!」
泣きじゃくる少女を抱き寄せる。
「大丈夫。」
「もう大丈夫だから。」
震える小さな手を握ると、少女は少しだけ安心したように涙を止めた。
その時だった。
――ゴゴゴゴゴ……。
地面が大きく揺れる。
山頂から赤黒い煙が勢いよく吹き上がった。
「始まる……。」
レオが静かに呟く。
その横顔を見た瞬間、私は息をのんだ。
レオの周囲の空気が、熱を帯び始めていた。
髪が風もないのに揺れる。
その瞳の奥には、赤い炎が宿っている。
「レオ……。」
「近づくな。」
低い声だった。
「ここから先は、私の役目だ。」
レオはゆっくりとベルグ火山へ向かって歩き出す。
その姿は、一人の青年ではない。
帝国を背負う皇帝そのものだった。
私は思わず一歩踏み出す。
「待って!」
レオは振り返らない。
「火は私が受け止める。」
「君は人々を守れ。」
私は何も言えなかった。
その背中には、誰よりも強い覚悟があった。
やがてレオは火山の目前で立ち止まる。
ゆっくりと右手を掲げた。
「鎮まれ。」
その瞬間、巨大な炎が空へ舞い上がる。
轟音が大地を揺らした。
火山から噴き出した炎は、生き物のようにうねりながらレオへ向かっていく。
しかしレオは動かない。
燃え盛る炎を真正面から受け止める。
火と火がぶつかり合う。
赤い閃光が辺りを包み込んだ。
村人たちは息をのみ、その光景を見つめていた。
「陛下が……。」
「火山を止めている……。」
けれど、その時だった。
「……ぐっ!」
レオの身体が大きく揺らぐ。
炎が急激に膨れ上がり、レオの周囲を飲み込もうとした。
「レオ!」
私は叫んだ。
胸元のアマドーラの雫が激しく輝く。
けれど、レオは苦しそうに首を振った。
「来るな!」
「火山の火が……私の力と共鳴している。」
その声は苦痛に満ちていた。
「抑えきれない……。」
炎はさらに勢いを増していく。
大地が鳴動し、空は赤く染まる。
まるで帝国そのものが燃え上がろうとしているかのようだった。
私は立ち尽くしていた。
目の前で苦しむレオ。
助けたい。
でも、どうすればいいのか分からない。
その時だった。
胸元のアマドーラの雫が、これまでにないほど眩しく輝いた。
碧い光が私を包み込む。
そして、その奥から懐かしい声が聞こえた。
――恐れるな。
私はゆっくりと顔を上げた。
雫の中で、ドラゴンが静かに翼を広げていた。
その黄金の瞳は、まっすぐ私を見つめている。
まるで、ずっとこの時を待っていたかのように――。




