帝国最大の危機
翌朝。
帝都アマドールは、不気味な静けさに包まれていた。
昨夜の揺れは小さく、多くの人々は気にも留めていない。
市場ではいつものように店が開き、子どもたちは笑いながら駆け回っている。
それでも私は、胸の奥のざわめきが消えなかった。
アマドーラの雫は、朝から微かに温もりを帯びている。
まるで何かを知らせようとしているようだった。
◇
宮殿では早朝から緊急の報告が相次いでいた。
「陛下!」
一人の伝令が執務室へ駆け込んでくる。
「ベルグ火山周辺の村より報告です!」
レオはすぐに立ち上がった。
「申せ。」
「昨夜から地震が頻発しております。」
「井戸水が濁り始め、家畜が暴れ出しております。」
さらに別の騎士が飛び込んできた。
「西部でも地割れが発生!」
「北部では河川の水位が急激に上昇しております!」
次々と届く報告。
帝国各地で異変が起き始めていた。
レオは静かに地図を見つめる。
その碧い瞳が、鋭く細められた。
「偶然ではない。」
誰に言うでもなく呟く。
「帝国全土で、大地が動いている。」
◇
私は窓辺から帝都を見下ろしていた。
街はいつも通りに見える。
けれど。
鳥たちが一斉に南へ飛び立っていく。
馬が落ち着きを失い、何度も嘶いている。
「動物たちが……。」
その時だった。
胸元の雫が強く光る。
「!」
私は思わず胸を押さえた。
頭の中へ、映像が流れ込んでくる。
赤く燃える山。
割れる大地。
逃げ惑う人々。
泣き叫ぶ子ども。
そして。
真っ赤な炎。
「レオ!」
私は駆け出した。
◇
執務室へ飛び込む。
「レオ!」
その瞬間。
レオも同時に立ち上がっていた。
「君にも見えたのか。」
「はい……。」
二人は顔を見合わせる。
言葉はもう必要なかった。
アマドーラの雫。
火を司る皇帝。
どちらも同じ未来を感じ取っていた。
◇
その時。
――ゴゴゴゴゴ……。
今までとは比べものにならない揺れが宮殿を襲った。
棚から本が落ちる。
窓ガラスが大きく震える。
侍女たちの悲鳴が廊下から聞こえた。
「地震だ!」
騎士たちが叫ぶ。
揺れは長く続いた。
ようやく収まった頃には、宮殿の一部の壁に亀裂が走っていた。
レオはすぐに指示を飛ばす。
「ルカ!」
「はい!」
「騎士団第一隊は南部へ!」
「第二隊は帝都の避難誘導!」
「モルト!」
「各地方へ救援命令を!」
次々と飛ぶ指示。
宮殿全体が動き始める。
◇
私はレオを見つめた。
「私も行きます。」
「駄目だ。」
即答だった。
「危険すぎる。」
「でも!」
「私は守られているだけではいたくありません。」
レオは何かを言いかける。
その瞬間だった。
レオの右腕から炎が噴き上がった。
「!」
部屋の空気が一気に熱くなる。
燭台の炎が暴れ始める。
カーテンが燃え上がろうとする。
「レオ!」
レオ自身も驚いていた。
「違う……。」
「私の意思じゃない。」
炎はさらに大きくなる。
私は迷わずレオの手を握った。
アマドーラの雫が眩しく輝き始める。
しかし今回は。
以前のようには収まらない。
炎はなおも揺らぎ続ける。
レオが苦しそうに膝をつく。
「火山と……共鳴している。」
「何ですって……。」
「ベルグ火山が目覚めれば。」
「私の火も暴走する。」
私は息をのんだ。
帝国を守るはずの皇帝の力が。
帝国最大の災厄になろうとしていた。
◇
その頃。
帝国南部。
ベルグ火山の山頂から、一筋の黒煙がゆっくりと空へ昇り始めていた。
誰もまだ知らない。
千年に一度と言われる伝説が、今まさに始まろうとしていることを。




