鈍感な騎士②
ラルムたちと別れた後も、ルカは庭園を一人歩いていた。
春風が頬を撫で、噴水の水音だけが静かに耳へ届く。
「一番近くにいる人の気持ちには、案外気づかれないんですね。」
ラルムの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
「まさか……。」
思わず苦笑した。
クララとは幼い頃からの顔なじみだった。
将軍の屋敷へ父と訪れるたび、小さな女の子が後ろをついて歩いていた。
泣き虫で。
負けず嫌いで。
転んでは涙をこらえながら、また立ち上がる。
「ルカ様、もう一回お願いします!」
木剣を両手で抱え、一生懸命こちらを見上げていた小さな姿が、昨日のことのようによみがえる。
いつからだろう。
あの少女が、こんなにも美しい女性へ成長していたことに、自分は気づいていなかった。
数日後。
レオとラルムは将軍家へ招かれていた。
マテリアス家復権の祝いも兼ねた、小さな晩餐会だった。
広間へ入ると、将軍夫妻が笑顔で迎えてくれる。
「ラルム様、本日はようこそお越しくださいました。」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。」
そこへ一人の女性がお茶を運んできた。
「失礼いたします。」
淡い藤色のドレスをまとったクララだった。
以前よりも少し大人びた表情に、ラルムは自然と微笑む。
「クララさん、お久しぶりです。」
「ラルム様。」
クララは嬉しそうに頭を下げた。
その時だった。
「失礼します。」
後ろからルカが姿を現した。
クララは一瞬だけ動きを止める。
「ル、ルカ様……。」
頬がほんのり赤く染まる。
ラルムはその様子を見て、小さく微笑んだ。
けれど何も言わない。
その代わり、そっとレオを見る。
レオも気づいていたようで、小さく頷いた。
晩餐が終わり、庭へ出ると、春の夜風が心地よく吹いていた。
ルカは一人、月を見上げていた。
そこへクララがお茶を持ってくる。
「少し休まれますか?」
「ありがとう。」
二人の間に静かな時間が流れる。
「今日は、とても楽しかったです。」
クララが小さく笑う。
「そうか。」
「はい。」
「ルカ様と、こうしてゆっくりお話しするのは久しぶりですから。」
ルカは湯気の立つ茶器を見つめながら呟いた。
「クララ。」
「はい?」
「私は今まで……。」
言葉を探す。
戦場では迷わないのに、今日は不思議なくらい言葉が出てこない。
「君を、子どもの頃のままだと思っていた。」
クララは少し寂しそうに笑った。
「そうですよね。」
「私も、そう思っていました。」
その笑顔を見た瞬間、胸が少し痛んだ。
待たせてしまったのかもしれない。
気づかないまま、ずっと。
「クララ。」
「はい。」
「少し時間をくれないか。」
「時間……ですか?」
「私は、君のことをちゃんと知りたい。」
クララは驚いたように目を見開いた。
「今さら……なんて言われるかもしれない。」
「でも。」
ルカは真っ直ぐクララを見つめた。
「今度は、一人の女性として君を見てみたい。」
クララの瞳が潤む。
それでも涙はこぼさず、小さく笑った。
「はい。」
「いくらでも、お待ちします。」
その返事に、ルカも思わず笑った。
「それは困る。」
「今度は私が待たせない。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
その様子を、少し離れた回廊からラルムは静かに見守っていた。
「良かったですね。」
隣でレオが頷く。
「ああ。」
「ようやく、あいつも気づいた。」
ラルムは春風に揺れる木々を見上げる。
帝国には平和が戻り、人々は少しずつ未来へ歩き始めている。
誰かを想う気持ちは、戦では守れない。
だからこそ、この穏やかな日々を守っていかなければならない。
私はそっと胸元のアマドーラの雫に触れた。
碧く澄んだ石は月明かりを受けて静かに輝いている。
この光が照らす未来が、誰かの幸せでありますように。
私は心から、そう願った。




