隣に立つために②
翌朝。
私はいつもより少し早く目を覚ました。
窓を開けると、朝露に濡れた庭木が朝日に照らされ、宝石のように輝いている。
静かな風が頬をなで、胸元のアマドーラの雫も淡く光を返した。
不思議だった。
雫を身につけるようになってから、風の匂い、水の流れる音、草木の息づかいが以前よりも鮮明に感じられる。
まるで、大地そのものが語りかけてくるようだった。
午後になると、レオは私を宮殿の庭園奥にある小さな湖へ連れて行った。
「ここは?」
「皇族だけが立ち入ることを許された泉だ。」
湖面は鏡のように静かだった。
風ひとつない水面へ空が映り込み、境界が分からなくなるほど美しい。
私は吸い寄せられるように水辺へ近づいた。
その瞬間だった。
胸元のアマドーラの雫が柔らかな光を放つ。
湖面が静かに揺れた。
「……え?」
私は何もしていない。
それなのに、水面が私に呼応するように小さな波紋を描いている。
「レオ……。」
「やはりそうか。」
レオは穏やかな表情で頷いた。
「雫が、この水と共鳴している。」
私は静かに膝をつき、水へ手を伸ばいた。
指先が触れた瞬間、水は冷たさではなく、不思議な温もりを返してくる。
その感覚に目を閉じる。
すると、一滴の水がふわりと宙へ浮かび、私の手のひらの上で小さく踊った。
「……!」
驚いて見つめていると、その水滴はやがて静かに湖へ戻っていった。
「これが……私の力。」
レオは静かに頷く。
「以前の君なら、火の力に触れるだけで意識を失っていた。」
「だが今は違う。」
「水が君を受け止めている。」
私は胸元の雫へ触れた。
ドラゴンの姿が以前よりもはっきり見える。
その瞳は優しく私を見つめていた。
その日の夕刻。
執務室へ戻る途中、突然レオが立ち止まった。
「どうしたの?」
「……少し待ってくれ。」
その表情が苦しそうに歪む。
私は思わずレオの腕を支えた。
「レオ!」
その手が熱い。
いつもよりずっと熱い。
部屋の燭台の炎が、一斉に大きく揺れ始めた。
窓辺の蝋燭も、暖炉の火も、まるで呼吸を合わせるように激しく燃え上がる。
「また……火の力が。」
レオが苦しそうに呟いた。
皇帝となり、帝国全土を守ろうとする責任が、その力にも影響を与えているのだろうか。
私は考えるより先にレオの手を握っていた。
「レオ。」
胸元のアマドーラの雫が眩しく輝く。
青白い光が二人を包み込んだ。
暴れていた炎が少しずつ落ち着いていく。
暖炉の火は穏やかな炎へ戻り、部屋には再び静けさが戻った。
レオは驚いたように私を見つめる。
「君は……。」
「以前のように倒れない。」
私は静かに首を振った。
「不思議なんです。」
「怖くないんです。」
「水が……あなたの火を優しく包んでくれる気がして。」
レオは少し安心したように笑った。
「そうか。」
「火は強すぎればすべてを焼き尽くす。」
「だが、水があれば命を育む。」
私はその言葉を胸の奥で繰り返した。
火と水。
どちらか一つでは帝国は守れない。
二つが調和して初めて、人々は安心して暮らせるのだ。
◇
夜。
一人になった私は、窓から帝都を見渡していた。
無数の灯りが街を照らしている。
あの一つひとつに家族がいて、笑顔がある。
その景色を守るために、レオは今日も戦っている。
「私は……。」
胸元の雫を握る。
「守られるだけではいたくない。」
静かに目を閉じた。
「レオが帝国を守るなら。」
「私は、その背中を守れる人になりたい。」
その瞬間、雫の奥でドラゴンがゆっくりと翼を広げた。
その姿は、これまでで一番力強く、美しかった。
私は微笑む。
きっと、これが私の進むべき道なのだ。
火の皇帝の隣で。
水の力を持つ者として。
私は、この帝国の未来を守っていこう。




