ルルドの森
タクシンの件が正式に裁定され、帝国全土にもようやく平穏な空気が戻り始めた頃、レオが静かに私へ声をかけた。
「ラルム……ルルドへ行こう。」
その言葉を聞いただけで、私は微笑んだ。
ルルドの森へ向かう理由は、もう真実を知るためではない。
マテリアス家の復権を、ミラへ報告するため。
そして、私たち自身が新しい一歩を踏み出すためだった。
私たちは少人数の護衛とともに帝都アマドールを発ち、ルシアを経由してルルドの森へと向かった。
森へ一歩足を踏み入れると、木々の香りが懐かしく胸いっぱいに広がる。
何度訪れても、この場所だけは特別だった。
森そのものが、私を優しく迎え入れてくれているようだった。
「やはり不思議な森だ。」
レオがゆっくり辺りを見渡す。
「ここへ入ると、火の力が穏やかになる。」
「ミラも同じことを言っていました。この森では、どんな強い能力も自然の前では静まるって。」
「なるほど……だから代々マテリアス家がこの森を守ってきたのか。」
私たちは森の奥にあるミラの家へ向かった。
扉が開く前から、ミラは私たちが来ることを分かっていたように微笑んでいた。
「お待ちしておりましたよ。」
その穏やかな笑顔は、サラとよく似ていた。
「ミラ……。」
私は思わず駆け寄り、その手を握った。
「お帰りなさい、ラルム。」
その一言だけで胸が熱くなる。
私が帰って来られたのは、この人のおかげだった。
「ありがとうございました。」
私は深く頭を下げた。
「ミラがアマドーラの雫をレオへ届けてくださったから……私は助かったんです。」
ミラはゆっくりと首を横に振る。
「私は、雫をあるべき人へ届けただけです。」
そう言ってレオへ視線を向けた。
「皇帝陛下だからではありません。」
「ラルムを想う心が、誰よりも強かったからです。」
レオは静かに微笑んだ。
「雫が私を導いてくれた。」
「最初は微かな鼓動のようだった。」
「だが、ラルムが私を信じ、助けを求めた瞬間、その想いがはっきりと伝わってきた。」
私は驚いてレオを見つめた。
「全部……分かっていたの?」
「全部ではない。」
レオは少し困ったように笑う。
「居場所と、君の心が深く揺れていることだけだ。」
私は思わず頬を膨らませた。
「でも、あまり心の中を見られるのは……ちょっと嫌です。」
レオは小さく笑う。
「安心してくれ。」
「見ようとして見ているわけではない。」
「それに……見えてしまうからこそ、見ないようにすることも覚えなくてはならない。」
その言葉に、私は少しだけ安心した。
胸元のアマドーラの雫へそっと触れる。
その瞬間だった。
雫の奥に浮かぶ小さなドラゴンの紋様が、ゆっくりと碧い光を帯び始める。
「あ……。」
以前よりも、はっきりと姿が見える。
翼を広げた神聖なドラゴンが、静かに息づいていた。
ミラが優しく微笑む。
「やはり。」
「皇帝陛下のお力が近くにあると、雫は本来の姿を現すのですね。」
私は思わずレオを見上げた。
「前は……こんなには見えなかった。」
「君が成長したからだ。」
レオは穏やかな声で言う。
「以前は私の火の力を受け止めきれず、意識を失ってしまった。」
私はあの日を思い出した。
激しい熱。
そして意識が遠のいていったことを。
けれど今は違う。
胸の奥に流れる水の力が、静かに火を包み込んでいる。
熱いはずなのに苦しくない。
むしろ心地よい。
「火と水が、争っていない……。」
思わず呟くと、ミラは静かに頷いた。
「ようやく調和が始まったのです。」
レオも、自分の掌をゆっくり見つめる。
「不思議だ。」
「以前より火の力が安定している。」
「暴走する気配がない。」
ミラは二人を見比べながら、静かに微笑んだ。
「それがアマドーラの雫、本来の力です。」
「火を弱めるのではありません。」
「互いの力を調和させ、本来持つ力を正しく導くのです。」
私はレオの手をそっと握る。
すると雫の中のドラゴンが、先ほどよりもさらに鮮やかに輝いた。
私は思わず笑ってしまった。
「また光りました。」
レオも穏やかに笑う。
「ああ。」
「どうやら、このドラゴンは嘘をつけないらしい。」
木々の間を吹き抜ける風が、二人を優しく包み込んだ。
私は胸元の雫を握りしめながら思った。
この力は、もう私一人のものではない。
火と水。
二つの力が寄り添うことで初めて、本当の意味を持つのだと。




