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アマドーラ帝国の雫  作者: EMo


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アドリアンとの別れ


  ルシアからアドリアンが帝都を訪れたのは、タクシンの身柄が確保されてから一週間後の、穏やかな朝だった。


 私はレオにお願いして、アドリアンと二人だけで話す時間をもらった。


 宮殿の小さな応接室。


 窓から差し込む柔らかな陽射しが、静かな部屋を優しく照らしている。


 扉が開き、ゆっくりと入ってきたアドリアンの姿を見た瞬間、胸が少しだけ締めつけられた。


 以前よりも少し痩せたように見える。


 それでも、私を見つめる優しい瞳だけは、幼い頃から何ひとつ変わっていなかった。


「元気そうで……良かった、ラルム。」


 先に口を開いたのはアドリアンだった。


 穏やかに微笑むその表情に、私は思わず笑みを返した。


「アドリアン……。体は、大丈夫なの?」


 顔色は決して良いとは言えなかった。


 疲れが隠しきれていない。


 心配そうに見つめる私に、アドリアンは少し困ったように笑った。


「相変わらず、ラルムは僕のことを心配してくれるんだね。」


 そう言って肩をすくめる。


「大丈夫。少し疲れが溜まっているだけだよ。」


 その言葉が本心ではないことくらい、私にも分かった。


 でも、それ以上は聞かなかった。


 聞けば、きっと彼はまた私を安心させるために笑ってしまうから。


 しばらく静かな時間が流れた。


 窓の外では、小鳥のさえずりが微かに聞こえている。


 やがてアドリアンが静かに口を開いた。


「……ラルム。」


「うん?」


「君は、自分で選んだんだね。」


 私は少しだけ息を止めた。


「レオナルシス様の隣で生きていくことを。」


 私はゆっくりと頷いた。


「……うん。」


 その一言だけで十分だった。


 アドリアンは何も責めなかった。


 何も問いたださなかった。


「そうか……。」


 静かな声だった。


 彼は窓の外へ目を向け、小さく息をつく。


 そして、どこか吹っ切れたように穏やかに笑った。


「実はね、ヒーラーマタリから色々聞いたんだ。」


 私は顔を上げた。


「君の誕生石のこと。


 マテリアス家のこと。


 そして……十四年前、本当は何が起きていたのかも。」


 私は言葉を失った。


「アドリアン……。」


「子どもの頃の僕は、ただ君が笑っていてくれれば、それだけで良かった。」


 懐かしい日々を思い出すように、彼は優しく微笑む。


「その気持ちは、今も変わらない。」


 そして私を真っ直ぐ見つめた。


「でもね。」


 一度だけ目を閉じ、ゆっくりと開く。


「レオナルシス様の隣にいる君が、一番幸せそうなんだ。」


 少し照れくさそうに笑う。


「認めるまで、ずいぶん時間がかかったけどね。」


 その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。


「アドリアン……。」


 視界が滲んでいく。


「泣かないでよ。」


 困ったように笑いながら、アドリアンは言った。


「君が泣くと、僕まで泣きそうになる。」


 その声も、少しだけ震えていた。


 私は涙をぬぐい、小さく微笑んだ。


「……ありがとう。」


 言葉が詰まる。


「ずっと……ずっと私のそばにいてくれて、本当にありがとう。」


「こちらこそ。」


 アドリアンは静かに立ち上がると、最後に一度だけ私の両手をそっと包み込んだ。


 その手は昔と変わらず温かかった。


「ルシアへ帰ったら、しばらく静かに休むよ。」


 柔らかく笑う。


「湖畔の家が、僕を待っていてくれるから。」


 少し間を置き、アドリアンは照れくさそうに続けた。


「それから……長い間、待たせてしまった人とも、ちゃんと向き合おうと思う。」


 私は小さく首をかしげた。


「待たせてしまった人……?」


 アドリアンは優しく微笑んだ。


「アリスだよ。」


 その名前を聞いた瞬間、私は少し驚いた。


「ずっと僕を信じて待っていてくれた。」


「子どもの頃は、家同士が決めた婚約だと思っていた。でも今は違う。」


 窓の外へ視線を向け、穏やかな表情で続ける。


「ようやく彼女の気持ちと、ちゃんと向き合える気がするんだ。」


 私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「そう……。」


 自然と笑みがこぼれる。


「アリスさん、きっと喜ぶね。」


 アドリアンも静かに頷いた。


「そうだったら、僕も嬉しい。」


 私はゆっくり頷いた。


「……うん。」


「元気でいてね、アドリアン。」


「ラルムも。」


 それだけ言うと、アドリアンは静かに部屋を後にした。


 私は扉が閉まるその瞬間まで、その後ろ姿を見つめ続けていた。


 ――ありがとう。


 心の中でそっと呟く。


 あの日々があったから、私は今ここにいる。


 後になって聞いた話では、アドリアンはルシアへ戻った後、長い療養生活を経て健康を取り戻したという。


 そして、幼い頃から婚約者として彼を支え続けてきたアリス・モンダールと改めて向き合い、二人は静かに新しい人生を歩み始めたそうだ。


 その知らせを耳にした私は、窓の外へ広がる青空を見上げた。


 幼い頃、私はアドリアンの幸せを願いながらも、その隣にいるのは自分でありたいと願っていた。


 でも今は違う。


 大切な人が笑顔でいてくれることを、心から嬉しいと思える。


 それだけで十分だった。

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