タクシンの末路
アマドール宮殿へ帰還して三日後――。
タクシン・カザル・アルカサンドラは、帝国騎士団によって正式に身柄を確保された。
その知らせを聞いたとき、私はようやく胸につかえていた重いものが少しだけ下りたような気がした。
あの地下牢で過ごした短い時間は、今でも悪い夢のように思い出される。けれど、その夢はもう終わったのだ。
その夜、仕事を終えたレオが私の部屋を訪ねてきた。
窓の外では夜風が庭木を優しく揺らし、静かな月明かりが部屋を照らしている。
レオは向かいの椅子へ腰を下ろすと、穏やかな表情のまま静かに話し始めた。
「タクシンはドルカの地下施設に長年、帝国の公金を横流しして蓄えた財を隠していた。マテリアス家への不当な課税も、その一端だ。証拠はすべて押さえてある。」
私は小さく息をのんだ。
マテリアス家が没落した裏で、そんな事実が隠されていたなんて……。
「……アドリアンのお兄様、ハサン様が協力してくださったのですか?」
アドリアンの兄、ハサン・スモン。
スモン家の長男として、いつも冷静に家の未来を見据えていた人だった。寡黙ではあったが、その眼差しには揺るぎない信念が宿っていたことを、私は今でも覚えている。
「ああ。」
レオは静かに頷いた。
「ハサンは以前から、タクシンのやり方に疑問を抱いていた。帝国の財を私物化し、貴族たちを金で従わせるやり方では、いずれ帝国も、そしてスモン家も滅びると考えていたのだ。」
少し間を置いて、レオは続けた。
「スモン家は代々、帝国を支えてきた名家だ。一時の権力のために、その誇りを失うわけにはいかない――それがハサンの信念だった。」
私は静かに視線を落とした。
ハサン様は家を裏切ったのではない。
本当に守るべきものを守るために、苦しい決断をしたのだ。
「アドリアンが送ってきた書簡には、不正の証拠だけでなく、地下施設の見取り図や隠し通路まで詳しく記されていた。兄弟で何度も話し合った末に出した結論だったのだろう。」
私はそっと胸に手を当てた。
アドリアン……。
どれほど苦しかっただろう。
家族への想いと、帝国への忠誠。その狭間で何度も悩み、それでも未来のために決断した。
彼の優しい笑顔を思い浮かべると、胸の奥が熱くなった。
レオはそんな私を静かに見つめながら、穏やかな声で続けた。
「タクシンの件が正式に決着すれば、マテリアス家の復権を宣言できる。」
私はゆっくりと顔を上げた。
「ラルム……。」
レオの碧い瞳が真っ直ぐ私を見つめる。
「君は再び、ラルム・マテリアスとして、この帝国に迎えられる。」
その言葉は、私の胸に静かに響いた。
失われたと思っていた家名。
二度と戻ることはないと諦めていた故郷。
それが再び私のもとへ帰ってくる。
嬉しいはずなのに、その重みはあまりにも大きく、すぐには言葉が出てこなかった。
私はただ、胸の前で両手を重ね、小さく息をつく。
マテリアス家の名を継ぐということは、家名を取り戻すだけではない。
その歴史も、誇りも、そして未来も背負って生きていくということなのだ。
私はまだ、その重さを完全には受け止めきれていなかった。
そんな私の気持ちを察したのだろう。
レオは何も急かさず、そっと私の手を包み込んだ。
その温かな手のぬくもりだけが、
「一人ではない。」
そう静かに語りかけてくれているようだった。




