獣森・超巨大マンション・東街到着
中心街を出発した列車は南街に突入し、東部までの線路――線路はゆるいカーブを延々と描いており、湾曲している――を走っていた。体から力を抜くと、自然に体が偏ってしまうので、手で傾く体を支えていた。窓際から覗ける光景は、広々と伸びている海だった。それはとても奥行きがある風に僕には見えた。
「それでは」と僕は前屈みになって言った。「仕事の内容の確認なのですが」
「はい」と地長は窓の景色を瞳に映しながら肯いた。「ここ最近、東街では毎晩のように獣が〈人間界〉に侵入してくるんです」
「毎日ですか?」と僕は訊ねた。
「ええ、毎日です。夜の八時頃を基準に、毎回現れてまるで何かを探すように数分暴れて帰っていきます」
「何かを探すみたい?」と僕は反芻した。地長は「はい」と言うだけで、後から続く言葉は何もないようだった。列車は不規則に揺れを発して、僕らの尻を僅かに浮かせた。何かを探すみたい、という言葉を僕は何度も脳裏で反芻した。数分間暴れたあと、そのまま去って行く? それが何を示しているのか、僕にはわからなかった。獣の意図が僕には見当もつかなかったのだ。
「人達はちゃんと室内に隠れさせていますか?」と僕は確認を取るように訊ねた。
「はい。それぞれの家に戻しております」
「それとなんですが、獣たちは何か目立った行動はとりますか?」
「目立つ……行動はしませんねえ。街に現れて、挨拶代わりとでもいうように、暴れて食料を奪い、辺りを見渡して帰っていきます」と地長は昨晩の記憶を辿るような声で言った。
僕はすこし考えをめぐらせてみた。しかし、これといった事は見つからなかった。何かを探すみたいに、というのは多分地長の比喩でしかないのだろう、と僕は――深読みするのは億劫なので――決め付けた。今回のこの仕事も、今までと同じケースだろう。明日には帰れる、と僕はすこし気を緩めた。大概、獣が〈人間界〉に出現する理由など、「食料がなくなった」だとか「子孫を増やしすぎて森が狭い」といったことなのだ。
「わかりました」と僕は息を吐いた。「もう大丈夫だと思います」
「本当ですか?」と地長は安堵の声を洩らした。「ありがとうございます」
「はい。今日も多分獣は現れるはずなので、今日のうちに還しときますね。多分それから三年は〈人間界〉には現れないでしょう」と僕は胸を張るように言った。
地長は安心したような顔で「よかったです」と強張らせて緊張していた体の紐を解いた。背を座席の背もたれに掛け、僕を見て微笑んだ。その瞬間に揺れが襲い、地長は体制を崩した。そして照れくさそうに笑った。僕も「大丈夫ですか?」と訊ねながら笑った。地長は一目見るだけで良い人だと断言できる雰囲気を醸し出していた。顔も知らない他人の傷みもまるで自分が受けたように悲しみ、他人の幸福を喜ぶような、心優しい人間なのだろう、と僕は感想を覚えた。
「おっ」と地長さんは声を出しながら、窓の景色の方へ目を向けた。何だ? と僕も同じ方向に目をやった。
列車は今、東南の街を入り込もうとしていた。列車は黒々とした濃い煙を宙へ線を描きながら、その目の前に現れた巨大な建物の中に突入していった。光が遮断され、視界を暗く染める影に僕たちは覆われた。どうやら東南街に入ったらしかった。
「東南街の名所はなんといってもここですよ」と地長は町を紹介するように丁寧な口調で僕に言った。「「超巨大マンション」です」
凄い、と僕は思わず声が洩れてしまった。その影を作った建物の正体とは、巨大なマンションだった。大きさの異なる箱を淡々と盛り積んでいったような複雑な形の楼の建物が列車の線路を挟むようにして四軒ほど、そびえ建っていた。コンクリートで作られており、非常に頑丈そうで、後から付け足されたような部屋が扁平だったはずの壁から飛び出していたりと、非常に複雑な構成をした建物で、それを支えるように太いパイプ管が壁に沿って伸びていた。コンクリートの壁には鉄錆びのような茶色っぽい赤色をしている部分もあった。瓦屋根のついた一昔前の銭湯のような建物も多少強引に取り付けられており、著しく壁から飛び出して浮いていた。壁には田の形をした窓縁をした窓が一定の間隔を空けて並んでおり、どれも住人がいる風に思えた。使い古され、錆を隠せ切れていない青色の階段はあらゆる場所に付いており、まじまじと見ているとごちゃごちゃで頭が痛くなりそうだった。立派な木もなぜか様々な箇所に生えており、壁を這っていた。その木は列車の風に吹かれて葉っぱを何枚か宙に舞いさせていた。そんな建物が四軒くらいあり、限られた位置に一切の隙間すらも作らず詰められていた。その巨大な建物に挟まれて走る列車は非常に窮屈に思えた。
「凄いですね」と僕は思わず声を洩らしてしまった。
「そうでしょう」と地長は笑った。「西部東南街最大の名所〈超巨大マンション〉。この建物は南部の住人は殆どがこのマンションに住み、あまりにも人気なので部屋を増やしたりとしていたらこんな不格好で複雑な形となってしまったのです」
「瓦屋根の建物もあれば……ん? あれはなんですか」と僕は目に入った箇所を指差した。
目に入ったのは神社のようだった。多分後から追加されたように思える飛び出た空間――それはべつに何とも思わないのだが――の上に、赤い色合いをした神社らしき建物があった。立派な門もある。驚いている僕の顔を見て、地長は非常に笑い声を上げた。
「あれは神社ですよ。どう見てもそうでしょう? なぜ建てられたのかは私にもわかりませんが」と地長は言って、もう一度ひとしきり笑った。
「僕はもっとわかりませんよ」もはや不思議の渋滞だ、と僕は呆然としていた。
四軒ほどに別れているとはいえ、必ずその建物たちはどこかで繋がっていた。飛び出した部屋の空間で繋がれている箇所もあれば、巨大な橋がマンション同士の壁と壁の隙間を埋めているところもあった。僕がもしここで住むことになれば――と僕は想像してみた。多分自分の部屋に入る前に入り口がどこにあるのかすら見当もつかなくなるだろうと思った。
「私も若い頃はここで住んでいました」
「そうなんですか?」と僕は訊ねた。なぜ東街――先程聞いたが、地長は現在は東街に住んでいるらしい――に越したのだろうか?
「西地方の地長でありながら恥ずかしいことに、迷っちゃうんですよ」と地長は言って再び笑った。
「やっぱりですか」と僕も笑い声を洩らした。それはそうだろうな、僕もそうなる自信があった。
「だから東街に越したんです。しかし東街も〈獣森〉が隣なので…ね」
西地方での〈獣森〉は、西南部と東北部に属するらしい。ちなみに西南の方の〈獣森〉の動物は、何の騒ぎも起こさなかった。東北の方だけなのだ。
マンションの影を抜け、列車は再び太陽に晒された。時刻は午後三時を過ぎ、一日のうちで一番眩しい時間だ。もうすこしで街中は青く染められることだろう。僕は影を抜けた瞬間に襲い掛かってきた日差しに耐えれなく、窓についている遮光を下ろした。「あのマンションを抜けたので、もう着くはずです」と地長は列車を降りる準備をしていた。僕も見習うように荷物をまとめた。一度息を吸ってから吐き、勢い良く伸びがしたい気分になった。長時間の列車旅なので、体は錆びついた鉄パイプのように硬く疲労を抱え込んでいた。
「さ、着きましたよ」と地長が言い、立ち上がった。「そうらしいですね」と僕も屈していた膝を伸ばして立った。肩を何度か回し、扉が開いたのを確認して歩みを始めた。
自分は情景描写が下手です。(心理描写も) そんな僕がファンタジー世界を描こうなんざ、真夏に長靴みたいに場違いですが… 書くのをやめないッ! とりあえず話は進んでいきます。分かりにくいところがあったらじゃんじゃん質問してください(コメント欲しいだけ)




