表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

列車・階段の街・西地方東街

 列車に揺られるのは、久々のことに思えた。僕の仕事に列車は欠かせない代物なのだけれど、それでも何故か久しぶりな感覚に陥った。まるで久々にお袋の手料理を食べたような、懐かしさが感じられた。間隔を空けて並んだ木の板のレーンを車輪が走る音は、鼓膜をやすりで直接擦るような轟々しく禍々しい音だった。

 列車の車窓に吹き飛ばされていく景色に目をやると、そこは山に並んだ建物だった。その丸みを佩びた膨らみには、様々な高さの建物がそびえ立っていた。まるで収穫時を迎えた畑の野菜のように高さはどれも異なり、しかし共通点は二つあった。一つは細長い輪郭をしていることで、二つ目はどれも同じ色合いという事だった。

 高さは成長期を迎えている子供のように低いものもあれば、高いものもあったが、形はどれも塔のように細長かった。そしてすべての屋根が明るい橙色の煉瓦で、そして外壁は雪が積ったように純白だった。その同じ建物たちは間隔を空け、まるで粗い作業で埋められているようだった。

 その並んだ建物が窓から投げ飛ばされていくのを眺めていても、何も変わっていないように思えた。色合いが統一されているせいか、まるで同じ景色を繰り返しているようだった。車輪の軋み音は耳を鋭い爪で引っ掻くような悲鳴を僕に浴びせ、耳を塞ぎたくなった。耳障りだ。



 この世界も聞いた話によれば、国も幾つかに別れていたらしい。しかしいつの間にか国たちは結んでいき、こうして今では一つの国だけとなってしまったのだ。地球一つに国も一つだけだ。昔は様々な言葉や伝統があったらしいが、僕はそれがまるで見当もつかない。聞いたこともない響きの喋り方――深く考えをめぐらすと脳がどうにかなりそうなので僕は中断した。

 この国は広すぎた。一つの国だが東西南北の地方に分裂されており、その各地方の中にも東西南北に部があった。その広すぎる国を列車で観光するのが、僕の仕事のようなものだった。列車に乗り、様々な地方に長時間かけて行き、そして一日ほどで戻る循環なのだ。石のように硬くなっていく尻の皮にも僕は慣れ、そろそろこの仕事も辞めたい気分になってきていた。

 獣還師じゅうかんし、というのが僕の仕事だった。それは長期の練習と資格が必要な職業だ。内容は〈獣森〉から脱け出し、〈人間界〉に侵入した獣を森に還す、というものだった。

 〈獣森〉とは、この世界に義務づけられている事だ。人間は人間同士が豊かに生活する場があるのと同じように、獣――動物ともいうのだが――にもそれに適した環境がなければいけないのだ。だから東西南北の地方に別けられ、その地方の中の二つ以上の街は、必ず獣たちの為の森にするという義務だった。その獣たちの街を〈獣森〉といい、人間たちが住む街は〈人間界〉と名づけられたのだ。そして人間は〈獣森〉には特別な事情がない限り入ってはいけない。それは獣も同じだった。

 けれど、その与えられた環境に不満を抱く獣は少なからず存在した。その不満を抱く獣は〈人間界〉に侵入し、暴力を振るだったり、食べ物を奪い取っていく行為をするのだ。それを止めるのが、僕の仕事だった。獣還師は、獣とコミュニケーション――正確にはそれに近いもの――を取ることが可能なのだ。そうして獣を〈獣森〉にへと還すというものだ。難しく思えるかもしれないが案外、獣にも脳はあるらしく、大人しく帰っていくものが殆どだった。そして――これは獣たちの方のルールなのかもしれないが――獣還師に忠告された獣がいる森は、最悪三年は事件を起こさないのだ。何故かはまだ解明されていない。

 


 そして今回もその仕事依頼で僕は西地方に訪れていた。西地方も何度か来たことはあるのだけれど、東街という場所は、初めてのことだった。窓の景色が黒いペンキを被ったみたいに暗く染まり、西地方入り口のトンネルに突入したことを知らせた。トンネルの中はゴオオオウ、と轟々とした音を篭らせていた。まるで巨大な怪物が僕たち乗客を覗いているように思えた。

 その闇は風をまるで早朝の鳥の群れのように窓に走らせながら音を急速に上げていき、差し込む光と共に勢い良くしん、と静まり返らせた。僕はこの感覚が好きだった。僕は荷物を肩に担ぎ、持ち手をぎゅっと握った。揺れが落ち着きを取り戻していくのを見計らい、腰を持ち上げた。

 扉が錆びて乾いた悲鳴を上げながら開くのと同時に僕は西地方の中心街にへと降りた。一度瞼を閉じ、何度か息を吸い込んだ。体のあちこちが皮を何重と張ったように硬く、痛かった。肩を上げ、首をぐるりと回して骨を鳴らした。そして視界を開き、西地方の中心街を、前から見上げた。

 西地方の中心街は別名「階段の街」と呼ばれていた。それはそのままの意味だった。人が大勢横に並んでも大丈夫そうなほどの広い面積をした階段がゆるく蛇行しながら上がっており、その階段を挟むように淡い色をした建物たちが建っていた。その建物はすべて木材で作られた三角屋根の建物で、薄いピンクや黄緑、スカイブルーと淡い色合いをしていた。白と茶色の煉瓦を積んだ台の上にその建物たちは置かれており、とても洒落ていた。

 僕は、この景色を延々と見ていられる気がした。まるで狭いエリアに詰め込まれたような建物たちは、苔を壁に這っているものや立派な木を生やして飛び出させているのもあった。その緑がさらに雰囲気を醸し出す飾りとなっており、実に洒落た街並みだった。

 「お訊ねしますがー……」と男の声がした。僕が呼ばれた、という確信はないのだけれど、僕は首を後ろへ曲げた。そこには老人がいた。「あなたが――獣還師さんですか?」

「あ、はい」と僕は忙しなく言い、素早く体勢を老人の方へと向けた。「今回の仕事依頼を担当させていただきます」そう言って僕は名紙を取り出して、男に渡した。

「私はこの西地方の地長です。よろしくお願いします」と男は頭を下げたので、僕も釣られるように頭を下げた。できれば名紙を先に受け取ってほしかった。

「西地方に来るのは、初めてですか?」と地長は訊ねた。

「いえ、来るのは何度かありますが、西地方の東部は行った事がありません」

「それはよかったです。いい街ですよ、東部は」

「街案内の方も、よろしくお願いしますね」と僕は言って微笑んだ。「西地方の別名は確か――」

「ああ。一応地長なんでね。言っておきます」と地長は目を細めて微笑みながら、頬を指先で掻いた。

「どうぞ」と僕は言った。


「ようこそ、西地方――別名「ノスタルジア」へ」



 できれば中心街でゆっくりと体を休めていきたかったが、そんな時間すらも与えずに東街到着の列車が来てしまった。僕は渋々地長と列車に乗り込み、空いている座席を探して腰を下ろした。「列車続きですみません」と地長は恐縮そうに言った。「構いませんよ」と僕は笑みを浮かべて言った。「慣れてますよ」と言いつつ、僕のお尻は限界を訴えていた。

「西地方は別名「ノスタルジア」と呼ばれているんですよ」

「意味は確か……故郷を懐かしむ気持ち、のような感じじゃなかったですか?」と僕は訊ねた。

「そうです」と地長は肯いた。「よく知ってますね。ここ西地方は、何か故郷を思い出すような雰囲気があるんですよ」

 僕は先程の列車でのことを思い出した。そして「確かにそうかもしれませんね」と言って微笑んだ。

西地方ノスタルジア全体は空からの目線で見ると、円型の島になっています。ですので列車も延々と横にカーブしていることが多いです」

「なるほど」と僕は肯いた。それは酔いそうだな。

 地長は――これは想像力の乏しい僕の予想なのだが――六十代後半といったところだった。すこし老け顔で、目元に皺を刻んでいる。髪は奇麗に明りのない白で統一されているが、禿げてはいなかった。紺色のコートを着込んでおり、すこしサイズの大きいカーゴパンツに黒いブーツを履いていた。

「それじゃあ」と僕は話を切り出した。地長ははい、と肯いた。「依頼内容を詳しく、確認させて頂きます」




 

  


 

 

新作でございます。予定では短い話ですので、読んでくれれば嬉しいです。ファンタジー世界ならではの問題、みたいなこの世には在り得ない事を当然の様に書いていきたいです。 自分の想像する世界の光景を、上手く伝えられたらと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ