暫定的な解決・深淵の答え・煩悶
獣の死体は、一体だけではなかった。歩みを進めれば進むほど死体の数は増えていき、中には骨が一部露になっているものもあった。それはとても殺伐としている雰囲気が漂っていた。忌々しく、残虐な冷えた空気が霧と同様に泳いでいる。地長は吐き気を催しているようだった。「そろそろ帰りましょう」と地長は訴えかけるように僕に言った。
「そうですね。何かとても嫌な予感がしてならない」
僕と地長は森を下り、草原に戻った。青年は「お帰りなさい」と微笑みながら近寄って来、「どうでした?」と訊ねてきた。「何か、ヒントは見つかりましたか?」
「何もない」と僕は言った。それと獣の死体に関しては何も言わないことにした。
「そうですか……」と青年は期待の視線を僕から逸らし、地を見据えていた。「何なんでしょうねえ」
「とりあえず食料不足が一番可能性があると思いますので、明日にでも獣の食料が実る樹を植えましょう。その樹が実を作るまでの期間は、人間の食料を置いておきましょう。大体、三日分ほどですかね」
「わかりました」と地長は萎れた野菜のように青褪めた表情のまま肯いた。あの獣たちの死体が脳に焼きついているのだろう。
街に戻った僕と地長はそれらを村人たちに説明し――獣の死体については触れずに――村人たちからの承諾を貰った。僕は地長の家に戻り、すぐにベッドに横になった。足が中に水でも溜めているみたいに重く、筋肉が強張って痙攣のようなものを引き起こしていた。
ベッドに身を預けながら、本当にこれでいいのか? と僕は考えてみた。今までの事を脳にリストアップしていき、正解を導き出そうとしたのだけれれど、やはりどれが一番正しい行為なのか、僕にはまるで見当もつかなかった。そして振り出しに戻り、また一から考えていく。しかしわからないので、もう一度考える。わからなかった。頬を軽く掻いてから、僕は瞼を閉じて光を遮断した。
覚醒までの皮を僕は剥がしていき、僕は漠然とした脳のまま目を覚ました。窓から差し込む光は先程浴びていた光よりも濃い色合いをしていた。身を起こして確認すると、すでに時間は夕方を向かい入れていた。夕陽の訪れを歓迎するように、空は緋に染まっており、太陽がもどかしいほどにゆっくりと沈んでいく。最後の一搾りの力を発するように街を橙色で包み、僕の肌を大袈裟に日焼けさせたみたいに染め上げていた。
僕は足を地につけ、ベッドから離れた。部屋から出て、廊下に足をつけると急な重みに驚いたような軋み音が木の板から響いた。リビングに向かおうとしたところで、僕が寝ていた部屋――客室――の隣にある部屋のドアが開いていることに僕は気づいた。その部屋を僕は通り過ぎようと歩みは止めなかったのだが、その部屋はどうやら地長の娘――あの白い少女の部屋らしかった。
あまりこういうことは駄目な事だと思うが、僕はその部屋が気になった。ドアが僅かな隙間を覗かせて開いている。僕は躊躇いを感じながら――そのドアを開いてしまっていた。人は好奇心に支配されて動くものなのだ、と思う。
部屋の中は片付いて奇麗なものだった。白い壁に、白い勉強するような机があって、白いタンスが置いてある。地面も白いカーペットが敷かれており、木製のベッドもシーツはみな白色だった。雪でも積ったみたいに、その部屋は白々としていた。
僕はその部屋に足を踏み入れることを躊躇したが、やはり気になった。僕は表情を引き攣りながらなるべく音を立てずにその部屋に侵入し、その部屋をひとしきり眺めた。白い机の引き出しが気になった。僕は子供の頃にしたかくれんぼの時のように、胸に鼓動を昂らせているようだった。
引き出しを開いてみる。かたかたと木同士が当る乾いた音がし、慎重に引き出しを引いた。僕はその中身に目をやった。そして自分の視界に疑った。驚愕したのだ。自分の予想していた想像力じゃそれは相当浮ばない代物だったのだ。僕は身震いを覚えた。
拳銃が一丁、そこにはあった。
モデルガンではなく、偽物じゃなかった。紛れもなく本物で、手に持つと銃弾が六弾ほど中には入っていることがわかった。なぜ拳銃が? 僕にはわからなかった。どういう経路で拳銃が現れるのか、僕には微塵と見当もつかなかった。銃口を僕の顔に向けてみると、自分の体から血が後退していくのがわかる。それを持っている自分の手が、弛緩していくのが理解できた。それは拳銃という物に畏怖を感じているのではなく、あの白い少女がこれを手にしているという事実に血の気が引いたのだ。
僕はすぐにそれを引き出しに戻し、その部屋から出た。見てはいけないものを見てしまった気がした。拳銃を離してもなお、手は痙攣するかのように震えていた。悪寒が肌に這いつき、冷や汗が滲む。それから自分の歩きがぎこちない事に気がついた。
それから自分のミスに気づく。あの時、白い少女は近くにいたかもしれない。
翌朝。僕と地長は再び〈獣森〉に向かい、図書館の管理人と三人で樹を植えた。獣の食料となる実が実る樹だ。育ちが早く、三日もあれば立派な樹にへと成長する。それまでの間は人間が食べている果物や野菜で辛抱してもらわなければいけないけれど。
僕は街から持ってきた果物や野菜の人間の食料を大量に森中にばら撒き、〈獣森〉を後にした。これで安心ですね、と地長は安堵の息を吐いていた。僕もそうですね、と言いつつ、何か嫌な予感がしていた。その妙な不自然さに僕は馴染めなかった。
どうも「これで解決した」、とはとても思えなかった。僕は客室のベッドで横になりながら、改めて正解を幾度となく探した。しかし正解と呼べる正解も見つからず、手探りで手を伸ばすも、虚無な宙を手で何度も振っているだけに思えた。答えは深い溝の深淵に隠れているのだ。
僕は消化不良な気がしてならなかった。何かがあるはずななのだ。僕はいろいろと苦悩し、脳を強く絞った。洞窟の岩に張りつた結露を真剣に舐めるように、僅かな考えも咀嚼して思考を巡らせてみた。しかし何か引っ掛かるようなだけで、決して正解は闇に包まれたままだった。
とても焦燥になり、僕は何度も頭を掻いた。針に糸が通せないみたいに、僕の考えはまとまること無く、むしろ自由奔放に散らかるばかりだった。僕の脳に様々なワードが浮ぶ。白い少女の言っていた「平和」という文字や、図書館の管理人の青年が言っていた「未来」。それらが螺旋を描くように脳をからかい、その螺旋の道を僕はされるがままに滑っている。
そう煩悶している時も、時間は刻々と経過していった。明日には僕は帰らなければならない。僕は本当に、帰っていいのだろうか?
黄昏が闇を引っ張り、街は漆黒に覆われる。僕は地長に気づかれないように家を出、東北の〈獣森〉に向かった。こっそりと盗んだ〈闇避け(コンタクト)〉を鞄に詰め込み、僕は夜の西地方の街を駆けていた。持ってきたものは闇避け(コンタクト)とナイフ、それと――持参してきた拳銃だった。
僕は自分のバックの底に隠していた拳銃を引っ張り出して持ってきた理由は自分でもわからなかった。とても忌わしい予感が僕の脳に漂っているからだろう。僕は拳銃をあまり使いたくはなかった。今まで発砲したこともなければ、使用したこともなかったのだ。
答えは一向に僕の脳に浮ぶことはなかった。深い深淵に身を潜めたまま、何かを示唆する気配すらもなかった。だから僕はそれを振り払うように全力で駆けた。脳にまとわりつく、じれったさを吹き飛ばしたかった。地面を蹴り、もはや自暴気味に走った。足は筋肉痛を引き摺ったままだったが、それすらも忘れ去るように強く地を蹴った。
僕の耳元で声が聞こえる、気がした。あり得ない、と僕は思った。きっと幻聴だ。声などは聞こえるはずはないのだ。しかしその幻聴は何を示しているのか、僕にはわかる。
獣のSOSだ。
次回最終回です!!! 自暴気味に書きました(( 嘘ですよ。最終回も見てねー!! 少人数ー!!




