表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の普通は世界最強でした 〜無自覚な辺境伯嫡男、2人の転生者に勝手に導かれていつの間にか邪神を滅ぼす〜  作者: 七海あつし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/21

第17話 すれ違う天才たちと、レオンハルトの値踏み

 ――学園長室を出た三人は、長い廊下を並んで歩いていた。

 先ほど告げられた、未知の島への遠征。

 学園の通常授業とは明らかに性質が違う。

 魔物の活発化という異変を調査するため、学園を代表して赴くのだという。

 しかも同行するのは――この学園の頂点に立つ、生徒会長。

 アルカディアス皇国第一皇子、アルトリウス・フォン・アルカディアス。


「……なんだか、大変なことになってきましたわね」


 エルリアが、困ったように微笑んだ。


「うん」


 レイは手元の資料を眺めながら頷く。


「学園長から直接頼まれるとは思わなかった」

「そこですか?」

「他にある?」

「普通は『未知の島への遠征』の方を気にすると思いますけれど……」

「ああ、それも怖いね」


 レイはあっさりと言った。


「だから、ちゃんと準備しないと」


 その言葉に、ミリィが少しだけ目を細める。


「……最近、変わったわね」

「僕が?」

「ええ」

「そうかな?」

「前だったら、『父上に任せれば何とかなる』くらいに考えてそう」

「……」


 レイは少し考えた。


「否定できないな」

「でしょう?」

「でも、今は僕も領主になるんだから。いつまでも父上に頼ってるわけにはいかないし」


 その言葉に、エルリアが嬉しそうに微笑んだ。


「立派になりましたわね」

「いや、まだ全然だよ」


 レイは苦笑する。


「この前の授業で、ミリィとエルリアが話してたことを聞いて、知らないことが多すぎるって分かっただけだから」

「それに気づけたことが大きいのですわ」

「そう?」

「ええ」


 エルリアが頷く。


「知らないことを恥じる必要はありませんもの。知らないと気づいた後に、どうするかが大切ですわ」

「……なるほど」


 レイは少しだけ考え込んだ。

 すると――


「その通りだ」


 前方から声がした。

 三人が顔を上げる。

 廊下の先。

 窓から差し込む夕方の光を背に、一人の少年が立っていた。

 その姿を見た瞬間。

 廊下を歩いていた他の生徒たちが、自然と道を開けていく。

 整った金髪。

 鋭くも穏やかな青い瞳。

 学園の制服を身に纏っているだけだというのに、隠しきれない気品がある。

 彼こそが――

 アルカディアス皇国第一皇子にして、皇立学園生徒会長。

 アルトリウス・フォン・アルカディアスだった。


「アルトリウス兄上」


 エルリアが立ち止まり、軽く頭を下げる。


「エルリア」


 アルトリウスも穏やかに応じる。

 だが、その視線はすぐにレイへと向いた。


「そして――」


 その青い瞳が細くなる。


「君が、レイ・ノヴァクか」

「はい」


 レイは素直に頭を下げた。


「初めまして、殿下」

「うん。初めまして」


 アルトリウスはレイを観察するように見つめた。

 それは、敵意のある視線ではない。

 むしろ――興味。

 合同実戦演習。

 わずか一年生の三人組が、上級生を差し置いて最奥へ到達した。

 その中心にいた少年。

 アルトリウスが興味を持たないはずがなかった。


「君には以前から興味があった」

「そうなんですか?」

「合同演習の記録を見た」

「……ああ」


 レイは少し困ったように笑った。


「たまたま上手くいっただけですよ」

「たまたま?」


 アルトリウスが僅かに笑う。


「三人の役割分担、進路選択、魔力消費、戦闘回数。あれだけの結果を残して『たまたま』とは、随分と控えめだな」

「僕は二人についていっただけなので」

「そこだ」


 アルトリウスの目が、僅かに輝いた。


「自分より優れた者を、素直に認められる」

「……?」

「君は、非常に面白い」


 レイは首を傾げた。

 その様子を見て、エルリアが小さく笑う。


「兄上、レイはそういう人ですわ」

「分かっている」


 アルトリウスはそう答えた。

 そして、一歩レイへ近づく。


「レイ・ノヴァク」

「はい」

「君は、強くなりたいか?」

「うーん……」


 レイは腕を組んだ。


「強くなれた方が、領民を守るには便利だと思います」

「それだけか?」

「それだけ?」

「名誉も、地位も、力そのものへの渇望もないのか?」

「特に……」


 レイは少し考える。


「辺境でのんびり暮らせれば、それでいいかな」

「……」


 アルトリウスが黙った。

 ミリィは嫌な予感がした。


「レイ」

「何?」

「今のは、相手が第一皇子だということを忘れてない?」

「え?」

「いや、まあ……いいけど」


 アルトリウスは突然、楽しそうに笑った。


「ははっ!」


 廊下に、その声が響く。


「そうか。君は本当に面白いな」


 第一皇子。

 皇位継承者。

 学園最強の生徒たちを率いる生徒会長。

 そんな肩書きを前にしても、レイは特別な態度を取らない。

 媚びるわけでもない。

 敵対するわけでもない。

 ただ、普通に接している。

 それがアルトリウスには新鮮だった。


「ならば、一つ提案しよう」

「はい?」

「今回の遠征、私と共に行動しないか?」

「……?」

「君の力は、私の理想を実現する上で非常に有用だ」


 アルトリウスの声音が少しだけ低くなる。


「私の指揮下に入れば、君はより大きな舞台で力を使える」

「えっと……」


 レイは困ったように頬を掻いた。


「ごめんなさい」

「……」

「僕、そういうのはあまり向いてないと思います」

「ほう?」

「僕は自分の領地をちゃんと守れるようになりたいので」


 レイは少し笑った。


「それに、皇都より辺境の方が静かで好きです」

「……」


 エルリアが思わず顔を逸らした。

 ミリィは額を押さえる。


「またそれ……」


 しかしアルトリウスは怒らなかった。

 むしろ。


「なるほど」


 と、楽しそうに笑った。


「君は、自分の生き方を自分で決めているのだな」

「そんな大したものじゃないですよ」

「いや」


 アルトリウスの青い瞳が、鋭くレイを捉える。


「私はそういう人間を好む」


 その言葉に、レイはますます困った顔をした。


「……ありがとうございます?」

「ふふ」


 アルトリウスは満足そうだった。

 その少し後ろ。

 今まで黙って二人のやり取りを見ていた男が、一歩前へ出る。


「妹から話には聞いていたが――」


 ミリィが振り返る。


「兄様」


 そこにいたのは、レオンハルト・フローレンス。

 ミリィの兄であり、生徒会の主要メンバーの一人だった。

 エルリアも軽く会釈する。


「レオンハルト様」

「殿下。話は終わりましたか?」

「ああ。非常に有意義だった」


 レオンハルトは静かに頷く。


「なら、私も少し話していいだろうか」

「どうぞ」


 レオンハルトの視線がレイへ向く。


「レイ・ノヴァク」

「はい」

「君は統治論の課題をどうしている?」

「……課題?」


 レイが少し考える。


「ああ。今やってます」

「もう取り掛かっているのか?」

「はい。ミリィから資料をもらったので」

「……」


 ミリィが少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「どこまで進んだ?」

「一応、税制のところまでは」

「感想は?」

「難しいです」

「そうか」

「でも面白いです」

「ほう」

「例えば、この政策って短期的には領民の負担を減らせるけど、長期的には街道整備の予算が足りなくなる可能性がありますよね」


 レオンハルトの目が僅かに細くなった。


「そこまで考えたのか」

「資料に書いてあったので」

「書いてあることを読むだけなら誰でもできる」


 レオンハルトの言葉は淡々としていた。


「そこから、自分の領地に置き換えて考えたのか?」

「……うん」


 レイは頷いた。


「ノヴァク領は国境だから、同じようにはいかないと思って」

「具体的には?」

「税を下げれば人は喜ぶ。でも、街道や防衛設備を維持できなくなったら、結局は領民が困る。だから税率だけじゃなくて、何にいくら使うかまで考えないといけない」

「……」

「父上は、その辺りを全部やってるんだなって思いました」


 レオンハルトは黙ってレイを見る。

 そして、ようやく理解した。

 この少年は――

 何も知らないわけではない。

 基礎的な領地経営や農業政策、治水、防衛については、幼い頃から実家で学んでいる。

 ただし、皇国全体の政治や国際経済については、まだ経験が浅い。

 そして、自分の不足に気づいた今、それを埋めようとしている。


(なるほど……)


 レオンハルトの中で、レイへの評価が一段変わった。

 合同演習で見せた異常な戦闘能力。

 そして、その裏にある思考力。

 さらに――

 他人の能力を素直に認める姿勢。


(妹が肩入れするのも分かる)


 レオンハルトは、妹へ視線を向ける。

 ミリィはレイを見ていた。

 その表情には、僅かな誇らしさが浮かんでいる。


「兄様?」

「いや」


 レオンハルトは首を振った。


「少し分かっただけだ」

「何が?」

「お前が彼を評価している理由がな」

「……!」


 ミリィの顔が赤くなる。


「そ、そういう言い方しないでよ」

「事実だろう」

「もう……」


 その様子を見ていたレイは、よく分からないという顔をしていた。


「?」


 エルリアがくすりと笑う。


「レイは、そのままでよろしいと思いますわ」

「そう?」

「ええ」


 そして四人の会話を眺めながら、アルトリウスが静かに目を細めた。

 第一皇子として。

 生徒会長として。

 彼は多くの優秀な人間を見てきた。

 武に優れた者。

 魔法に秀でた者。

 政治に長けた者。

 人を率いることに長けた者。

 だが――

 レイ・ノヴァクのような人間は見たことがない。

 圧倒的な力を持ちながら、それを誇示しない。

 自分より優れた者を見れば、迷わず頼る。

 足りない知識があれば、素直に学ぶ。

 そして、自分自身の望みは――


「辺境で、のんびり暮らしたい」


 アルトリウスは思わず笑った。


「本当に、面白い男だ」

「?」


 レイが振り返る。


「何か言いました?」

「いや」


 アルトリウスは首を振る。


「島で会えるのを楽しみにしている、と言っただけだ」

「はい。僕もです」


 レイは何の疑いもなく笑った。

 その無邪気な返事を聞きながら、レオンハルトは静かに思う。

 ――島で、何が起こるのか。

 そして。

 この少年が、その時どんな判断をするのか。

 それを見れば。

 レイ・ノヴァクという人間の本当の価値が、さらに明確になるだろう。

 四人はそれぞれの思惑を抱えたまま、廊下を歩き始めた。

 ただ一人。

 レイだけは、いつものように肩の力が抜けていた。


「そういえば」

「何ですの?」

「遠征って、何日くらいになるのかな」

「数日はかかるでしょうね」

「じゃあ、本を何冊持っていくか考えないと」

「……」


 ミリィが呆れたようにレイを見る。


「島に行くのよ?」

「うん」

「魔物が活発化してるって話なのよ?」

「うん」

「危険な場所なのよ?」

「うん」

「……なのに本?」

「夜、暇になったら困るから」

「…………」


 エルリアが小さく吹き出した。


「ふふっ」

「エルリアまで……」


 こうして。

 レイ・ノヴァクは、アルカディアス皇国第一皇子アルトリウスから明確な興味を持たれ。

 同時に、ミリィの兄レオンハルトからも、武力だけではない存在として認識されることになった。

 本人だけが――

 その意味を、まだほとんど理解していなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ