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辺境の普通は世界最強でした 〜無自覚な辺境伯嫡男、2人の転生者に勝手に導かれていつの間にか邪神を滅ぼす〜  作者: 七海あつし


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13/21

第13話 合同実戦演習 開始

 ――合同実戦演習当日。

 皇立学園の東側に設けられた演習区画には、朝から大勢の生徒たちが集まっていた。

 普段の訓練場とは違い、そこには巨大な石造りの門がそびえ立っている。

 門の向こうに広がっているのは、学園が実戦訓練用に管理している特殊演習領域。

 内部には森林、岩場、洞窟、廃墟など、複数の地形を再現した区画が存在し、魔術によって構築された擬似魔物や罠まで配置されている。


 今回の課題は単純だった。

 三人一組で演習領域へ入り、最奥に設置された到達結晶へたどり着くこと。

 ただし、評価されるのは到達時間だけではない。


 戦闘による消耗。

 魔力の管理。

 負傷の有無。


 そして――三人がどれだけ適切に役割を分担できたか。

 それらを総合して順位が決定される。


「つまり、力任せに進めばいいって話じゃないんだね」


 開始地点に立ったレイ・ノヴァクは、配布された資料を眺めながら呟いた。


「ええ。むしろ、そこを見られるのでしょうね」


 隣に立つエルリアが答える。


「この演習は、単純な討伐競争ではありませんもの」

「うん」


 反対側に立つミリィも頷いた。


「魔物を全部倒す必要もない。避けられるなら避けた方がいいし、罠も解除するより迂回した方が早い場合がある」

「なるほど」


 レイは素直に頷いた。


「それなら、僕たちはなるべく戦わない方がいいね」

「……」


 ミリィがレイを見る。


「そこまで極端に考えなくてもいいわよ」

「そう?」

「ええ。戦闘を避けることそのものが目的じゃないから」


 ミリィは少しだけ考えてから続けた。


「時間、消耗、危険性。その三つを比較して、一番効率のいい方法を選ぶ。それが今回の演習だと思う」

「じゃあ、ミリィに任せよう」

「え?」

「そういう判断は僕より得意そうだから」


 あっさりと言われ、ミリィは一瞬だけ目を丸くした。

 そして、小さく笑う。


「……分かったわ。じゃあ、遠慮なく指示するから」

「うん」

「レイはちゃんと聞いてね?」

「もちろん」


 そのやり取りを見ていたエルリアも、微笑ましそうに二人を眺めていた。


「では、私は全体の状況を見ますわ。レイは必要なところで前に出てください」

「了解」


 非常に簡単な役割分担だった。

 だが、レイは以前とは少し違っていた。

 自分が何でもできるからといって、自分一人で全部やろうとはしない。

 統治の授業。

 そして放課後のカフェでエルリアやミリィと話した時間。

 そこで知ったのだ。


 ――人の上に立つということは、自分一人ですべてをこなすことではない。

 自分より得意な人間に仕事を任せ、その力を組み合わせることもまた、領主として必要な能力なのだと。


「それでは、全班、準備!」


 前方から教官の声が響いた。

 ざわめきが止まる。

 生徒たちが一斉に演習領域の入口へ視線を向けた。


「開始まで、あと十秒!」


 レイは軽く首を回す。


「なんだか運動会みたいだね」

「緊張感がありませんわね……」


 エルリアが苦笑する。


「レイらしいけど」


 ミリィも呆れたように笑った。


「五!」

「四!」

「三!」

「二!」

「一!」

「――開始!」


 直後。

 各班が一斉に走り出した。

 勢いよく正面へ突っ込んでいく班。

 開始地点から左右へ散っていく班。

 魔法による索敵を行ってから慎重に進む班。

 それぞれが自分たちの作戦に従って動き始める。

 その中でも、ひときわ速かったのが五年生を中心とした生徒会チームだった。


「前方、魔物三体!」

「私が右を抑える!」

「任せろ!」


 ギルバート・オルディニアが先頭を走る。

 迷いのない動きだった。

 彼らはこれまで何度もこうした実戦形式の訓練を経験している。

 魔物の出現位置を確認すると、最短の動線を選び、三人がほとんど言葉を交わすことなく連携していく。

 ギルバートの木剣が一体目の魔物を吹き飛ばす。

 直後、仲間の魔法が二体目の動きを止める。

 残った一体をもう一人が仕留めた。


「そのまま進むぞ!」


 開始からわずか数分。

 生徒会チームはすでにかなり奥まで進んでいた。

 監督役の教官たちからも声が上がる。


「やはり速いな」

「経験の差が出ている」

「今年も上級生が有利か」


 しかし。

 その頃。

 レイたちは、正反対の動きをしていた。


「……止まって」


 ミリィが小さく手を上げる。

 三人が足を止めた。


「どうしたの?」

「前方に魔物が二体。……でも、戦わない」

「分かるの?」

「足跡があるもの」


 ミリィが地面を指差した。


「この先に三体目がいる可能性が高い。たぶん、ここは挟撃する配置」

「なるほど」


 エルリアが周囲を見る。


「では、右側へ迂回しますか?」

「そうね。……あっちなら高低差を利用できる」


 ミリィが進行方向を変える。

 レイは素直についていく。


「なんか、僕は戦うより歩いてる時間の方が長いね」

「それでいいのですわ」

「そう?」

「ええ。戦わずに済むなら、その方が体力も魔力も温存できますもの」

「なるほど」


 レイは納得した。

 そして、少し歩いたところで。


「……あ」


 レイが足を止めた。


「どうしたの?」

「こっち」


 レイが右手を岩壁へ向ける。


「何かある」

「何かって……?」

「分からないけど」


 ミリィが怪訝そうな顔をしながら近づく。

 岩壁には何の変哲もない。


「……私には何も見えないけど」

「うん。でも、向こう側が空洞っぽい」


 レイが軽く岩を叩く。

 コン、コン。

 返ってくる音が僅かに違う。


「本当だ」


 エルリアも気づいた。


「中が空洞ですわ」

「隠し通路かもしれないわね」


 ミリィが周囲を調べる。


「でも、無理に開けるのは危険よ」

「じゃあ、ちょっとだけ」


 レイが岩壁に手を当てた。

 魔力を流す。

 すると、岩壁の一部だけが静かに崩れ落ちた。

 ドサッ。

 その奥には、人一人が通れる程度の細い通路が現れた。


「……」

「……」

「……開いたね」


 レイが満足そうに言う。

 ミリィはしばらく通路を見つめていた。


「レイ」

「うん?」

「今の、かなり便利ね」

「そう?」

「ええ」


 ミリィは苦笑した。


「普通は岩壁を壊す方が大変なのよ」

「そうなんだ」


 やはり本人には、その辺りの感覚がない。

 しかし、今はそれを指摘するより先へ進む方が重要だった。


「入ってみましょう」


 エルリアが先頭に立つ。

 三人は隠し通路へ入った。

 その先は、驚くほど静かだった。

 魔物もいない。

 罠もない。

 どうやら、本来は探索能力の高い生徒が発見することを想定したショートカットらしい。


「これは当たりね」


 ミリィが地図を確認する。


「このまま行けば、かなり距離を短縮できる」

「じゃあ、急ごう」


 レイが歩き出す。


「ただし、走らないで」

「え?」

「狭いから転んだら危ないでしょ」

「……分かった」


 レイは大人しく速度を落とした。

 そんな三人の進行は、派手さとは無縁だった。

 魔物がいれば、エルリアが弱点を確認する。

 ミリィが最も安全な進路を選ぶ。

 どうしても戦闘が必要なら、レイが最小限の力で処理する。

 魔法を使う時も同じだった。


「レイ、あの魔物をお願い」

「分かった」


 前方から狼型の魔物が飛び出してくる。

 レイは木剣を構えた。

 魔物が跳ぶ。

 レイは半歩だけ横へ避ける。

 そして、すれ違いざまに木剣を軽く振った。


 コツン。


 魔物の術式核に木剣が触れる。

 それだけで魔物は光となって消えた。


「終わり」

「……相変わらず、無駄がないわね」


 ミリィが呟く。


「そう?」

「ええ」


 エルリアも頷いた。


「力を使いすぎないというのは、今回のような長期戦では大きな強みですわ」

「なるほど」


 レイは少し嬉しそうにした。


「じゃあ、ちゃんと役に立ってる?」

「もちろんですわ」

「ええ」


 ミリィも頷く。


「むしろ、今のところかなり順調よ」


 その言葉にレイは安心した。


「よかった」


 ――そして。

 演習開始から約二十分。

 三人は、すでに演習領域の中盤を越えていた。

 その速度は、彼ら自身が思っていた以上に速かった。


 一方。

 生徒会チームも順調に攻略を続けている。


「……おかしい」


 ギルバートが足を止めた。


「どうした?」

「前方の反応が少ない」


 彼は周囲を見渡す。

 本来なら、この辺りにはもう少し魔物が配置されているはずだった。


「誰かが先に倒したのか?」

「可能性はある」


 仲間が探知具を見る。


「でも、この進行速度でここまで来られる班があるとは思えない」


 ギルバートの脳裏に、一人の少年の姿が浮かんだ。

 金髪。

 緑色の瞳。

 いつも眠そうな、緊張感のない表情。


「……まさかな」


 ギルバートは首を振った。

 レイたちが自分たちより先行している。

 そんな可能性を、この時の彼はまだ考えていなかった。


 しかし。

 その数分後。

 監督室にいた教官の一人が、魔力探知盤を見ながら声を上げた。


「……ん?」

「どうした?」

「先行している班がある」

「何?」

「三人組だ。位置がかなり深い」

「誰の班だ?」

「……ノヴァク班」


 教官たちの間に、短い沈黙が落ちた。


「一年生の?」

「ああ」

「まさか」


 誰もが同じ顔をした。

 だが、探知盤の表示は間違っていない。

 レイたちは、戦闘を最小限に抑えながら。

 隠し通路を見つけ。

 危険な場所を避け。

 必要な場所だけで力を使い。

 着実に最奥へ近づいていた。


 そして。

 迷宮のさらに奥。

 三人の前に、巨大な石造りの扉が姿を現した。


「ここから先は、資料にないわね」


 ミリィが呟く。

 エルリアが扉を見上げる。


「ということは……」

「最終区画だと思う」


 レイが扉に手を置いた。


「じゃあ、開けようか」

「待って」


 ミリィが止める。


「中に何があるか分からない」

「そうだね」


 レイは素直に手を離した。


「じゃあ、どうする?」

「まず――」


 ミリィが周囲を確認する。

 エルリアも魔力を探る。

 そして二人が同時に顔を上げた。


「……何もない?」

「ええ」


 奇妙なほど静かだった。

 レイが首を傾げる。


「じゃあ、普通に開けていいんじゃない?」

「……そうね」


 三人は顔を見合わせた。

 そして。

 レイが扉を押した。


 ギィィィ……。


 重い音を響かせながら、扉が開いていく。

 その先に広がっていたのは、巨大な円形の広間。

 中央には、淡い青白い光を放つ結晶が浮かんでいる。

 ――到達結晶。


「……着いた」


 レイが呟いた。

 エルリアとミリィも、思わず息を吐く。


「まだ開始から三十分も経っていませんわ」

「かなり早いわね……」

「じゃあ、これに触れば終わり?」

「そうだけど――」


 ミリィが言葉を止めた。

 その時。

 遠くから、複数の足音が響いてきた。


 ――タッ。

 ――タッ。

 ――タッ。


 レイたちが振り返る。

 やがて、広間の入口から三人の生徒が姿を現した。

 先頭に立っていたのは――


「……ノヴァク?」


 ギルバート・オルディニアだった。

 ギルバートは荒い息を整えながら、目の前の光景を見た。

 そして。

 到達結晶。

 そのすぐ前に立っている、一年生三人。

 ギルバートの表情が固まった。


「……」


 レイはいつもの調子で笑った。


「先輩、お疲れ様です」

「……お前たち」


 ギルバートの視線が、レイたち三人へ移る。

 制服はほとんど汚れていない。

 大きく息を切らしてもいない。

 対する自分たちは、ここまで来るために何度も魔物と戦い、かなりの体力を消耗している。

 ――なのに。

 この一年生たちは、もう最奥にいる。


「どうして……」


 ギルバートの口から、思わず言葉が漏れた。


「どうして、お前たちがここにいる?」

「え?」


 レイは少し考えた。


「……普通に歩いてきましたけど?」

「……」


 ギルバートは絶句した。

 そしてレイの横で、エルリアとミリィが小さく顔を見合わせる。

 二人とも気づいていた。

 この瞬間から。

 今回の合同実戦演習は、単なる授業ではなくなったのだと。

 レイ自身は、そんなことなど何も知らず。


「先輩たちも結晶を取りに来たんですよね?」


 と、いつものように尋ねていた。


「だったら、一緒に確認します?」


 その無邪気な一言に。

 ギルバートは、しばらく答えることができなかった。

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