第12話 最初の合同演習へ向けて
数日後。
皇立学園の朝は、初日の喧騒とはまた違った活気に包まれていた。
掲示板の前には大勢の生徒が集まり、廊下のあちこちで「誰と組む?」「どの班に入る?」といった声が飛び交っている。
その中心に貼り出されていたのは、一枚の大きな告知だった。
『第一学年合同実戦演習について』
学年を問わず受講できる選択授業の一環として、複数の授業を横断した実戦形式の訓練が行われるらしい。
今回の課題は、三人一組で学園地下に造られた模擬ダンジョンを攻略すること。
魔物を模した魔導人形。
簡易的な罠。
視界を遮る迷路。
そして最奥に設置された「攻略結晶」
それを破壊、あるいは回収するまでの時間と評価を競う。
「三人一組かぁ……」
掲示板を眺めながら、レイは頬を掻いた。
「どうしようかな」
周囲ではすでに、仲の良い生徒たちが次々と班を作り始めている。
特に上級生たちは、日頃から一緒に訓練している仲間同士で固まるのが早い。
一方、新入生たちはまだ入学して数日。
互いの実力も性格もよく分かっていない。
「レイ」
後ろから声をかけられた。
振り返る。
そこにはエルリアとミリィが立っていた。
「おはよう」
「おはようございます、レイ」
「おはよう」
二人とも、いつものように落ち着いた様子だった。
レイは掲示板を指差す。
「これ、三人一組なんだね」
「ええ」
エルリアが頷く。
「もう誰と組むか決めましたの?」
「まだ」
レイは少し考える。
「実は、二人にお願いしようかなって思ってたんだけど」
「……え?」
ミリィが目を瞬かせた。
「私たちに?」
「うん」
レイは特に深い意味もなさそうに答える。
「エルリアとミリィ、二人とも授業で色々考えるの速いし」
「……」
ミリィが黙る。
エルリアも少し驚いた顔をしていた。
レイは続ける。
「僕、戦うのはたぶん何とかなるけど、今回みたいなダンジョン攻略って、どう動くのが一番効率いいか考えるのは苦手だから」
その言葉に、ミリィの目が少し細くなった。
「それって……」
「この前、統治の授業で思ったんだ」
レイは苦笑する。
「僕は自分の領地のことなら、ある程度分かってるつもりだった。でも、全体を見て、いくつもの条件を組み合わせて考えるのは、二人のほうがずっと上手い」
エルリアは静かにレイを見つめていた。
「だから、僕が前に出て、二人が考えてくれたら一番楽かなって」
「……」
ミリィは一瞬、言葉を失った。
自分の苦手を認める。
そして、得意な人間に素直に頼る。
それは簡単なようでいて、実際にはなかなかできない。
「ふふ」
エルリアが微笑んだ。
「それなら、喜んでお引き受けしますわ」
「本当?」
「ええ。私もレイと組んでみたいと思っていましたもの」
「私も」
ミリィも頷く。
「異論はないわ」
「ありがとう」
レイは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、三人で頑張ろう」
「ええ」
「そうね」
こうして、三人のチームが決まった。
その頃。
学園の別棟。
生徒会室では、別の話が進んでいた。
「合同実戦演習の班分けは、ほぼ決まりました」
生徒会役員の一人が資料を確認する。
部屋の中央では、ギルバート・オルディニアが腕を組んでいた。
数日前の剣術授業。
そこで戦った一年生――レイ・ノヴァク。
あの模擬戦以来、ギルバートの中には一つの引っ掛かりが残っていた。
あの少年は、確かに強かった。
だが。
「……まだだ」
ギルバートは呟く。
「まだ、あれだけでは分からない」
剣術の模擬戦は短時間だった。
レイは終始余裕そうに見えた。
だが、実戦ではない。
相手を倒す必要もなければ、怪我をさせる必要もない。
「次は本物の実戦形式だ」
ギルバートの隣にいた生徒会長が苦笑した。
「オルディニア。まさか、まだ一年生を気にしているのか?」
「気にしているわけではありません」
ギルバートは即座に否定した。
「ただ、先輩として教えてやる必要があるだけです」
「ほう」
「一年生には、実戦の厳しさを知ってもらう」
言葉とは裏腹に、その瞳には明らかな闘志が宿っていた。
「今回の演習で、私たちが本当の実力差を見せます」
その言葉を聞いていた生徒会役員たちは顔を見合わせる。
「……熱くなってるな」
「いつものことだ」
そんな会話を横で聞きながら、生徒会書記の少女――リゼットは小さくため息をついた。
「ギルバート」
「何だ?」
「相手を侮らないほうがいいと思うわ」
「分かっている」
「本当に?」
「当然だ」
ギルバートは胸を張る。
「私は冷静だ」
リゼットは何も言わなかった。
ただ、心の中で思う。
(……絶対、意地になってる)
生徒会室に、微妙な沈黙が落ちる。
ギルバートはそんな空気を気にした様子もなく、机の上に置かれた演習要項へと視線を落とした。
「今回の合同実戦演習は、単純な戦闘力だけを競うものではない。制限時間内に模擬ダンジョンを攻略し、最奥にある結晶を確保する。途中には魔物型の魔導人形、罠、分岐路……そして、各班が共有する限られた物資がある」
「あら。随分と詳しく読み込んでいますのね」
「当然だ。勝つために必要な情報だからな」
ギルバートは即答した。
その表情には、先ほどまでの苛立ちとは違う、騎士らしい真剣さが戻っている。
「なら、ノヴァクたちも当然、正面から来るでしょう」
生徒会書記の一人がそう口にすると、ギルバートは少し考え込んだ。
「……いや」
「え?」
「レイ・ノヴァクは、そういう男ではない」
ギルバートの脳裏に、数日前の訓練場での光景が蘇る。
木剣を構えた少年は、最後まで焦ることがなかった。
こちらが攻めれば避ける。
隙があれば打つ。
危険なら無理をしない。
ただ、それだけだった。
派手な技も、力を誇示するような一撃もない。
それなのに、こちらが攻め続けるほど、少しずつこちらの動きが鈍っていった。
「……あいつは、勝つことそのものよりも、無駄を嫌っている」
「無駄、ですか?」
「ああ」
ギルバートは演習要項を指で叩いた。
「ならば、真正面から戦う必要がないと判断したら、絶対にそうする。魔物を倒す必要がなければ避ける。罠があるなら解除する。遠回りが必要ならする。……おそらく、最短で結晶を取りに来る」
リゼットは少し意外そうに目を瞬かせた。
(……そこまで見ていたんだ)
ギルバートは、ただレイに勝ちたいだけではない。
彼なりに、相手の戦い方を分析している。
「だからこそ、こちらも正面から追いかけるだけでは駄目だ」
ギルバートは立ち上がった。
「生徒会班は、攻略速度を最優先する。戦闘は私が担当する。索敵と魔法支援はリゼット、後方の管理はアルトリウス。多少の傷は構わん。最奥へ先に到達する」
「随分と強気ですわね」
「当然だ」
ギルバートは笑った。
「次は模擬戦ではない。チーム戦だ。あの少年がどれほど器用でも、一人で全てを処理することはできない」
その言葉に、リゼットは小さく頷いた。
「……確かに。それなら、勝機はありますね」
「ああ」
ギルバートは胸を張る。
「今度こそ、先輩としての実力を見せる」
一方、その頃。
校舎の廊下を歩いていたレイは、配布された演習要項を眺めながら、首を傾げていた。
「うーん……」
隣ではエルリアが微笑み、ミリィが資料を覗き込んでいる。
「どうしましたの?」
「いや、思ったより面倒そうだなって」
「……そこですか?」
ミリィが呆れたように呟く。
「でも、三人一組なら役割分担を考えたほうがよさそうですね」
レイは少し考えた。
「じゃあ、エルリアさんは全体を見る係で。ミリィさんは……判断とか、道順を考える係」
「レイは?」
「僕は、二人が考えた通りに動く係でいいんじゃないかな」
あまりにも自然に言われて、二人は一瞬黙った。
「……レイ」
「はい?」
「あなた、もう少し自分の役割を高く評価してもいいと思いますわ」
「そう?」
レイは首を傾げる。
そして三人は知らなかった。
この何気ない役割分担こそが、後に学園中を驚かせるほど完成された連携へと繋がっていくことを。
数日後。
いよいよ、最初の合同実戦演習が始まる。




