第96話 その大陸に渡るのが——楽しみです
武蔵・フライングブリッジ。
北沢は腕を組んで、由良湊の様子を眺めていた。
横には、桐山が立っている。
北沢は、現在の状況を頭の中で整理していた。
武田と上杉に続いて、北条も臣従した。
天下統一は——概ね見通しがついた。
九州と奥羽・陸奥の大名については、明智殿や柴田殿、織田家の優秀な将たちに任せておけばいい。
勢いに乗った織田軍団に、今さら歯向かう大名などいないはずだ。
今年のうちに——この国は一つになるだろう。
問題は、その先だ。
全国の大名を臣従させただけで終わるなら、第二の室町幕府になるだけだ。
かといって、徳川家が江戸でやったような——大名の力を削ぎ、反抗の芽を摘み続ける“締め付けの政”と同じことを、できれば信長にはやってもらいたくはない。
鎖国し、管理を強め、変化を恐れて安定だけを求める国。
それでは——結局、あの史実と同じ道を辿ることになりかねない。
できることなら——挑戦を恐れず、発展していく国であってほしい。
もっとも——それは、我らが口を出すことではない。
どのような国を作るかは、信長自身が決めることだ。
我らの及ばぬ、思いもよらぬ国を作ってくれる気がする。
だが、困ったことが一つある。
信長が、アメリカ大陸へ行きたいとうるさいのだ。
新しいものへの食いつきの早さは、さすがだと思う。
しかし——この国の柱である信長に、日本を離れてもらっては困る。
北沢は、思考の海に沈んでいった。
桐山が声をかけた。
「司令——どうかされましたか」
「いや——少し考え事をしていた」
***
武蔵・大会議室。
壁には——世界地図が貼られていた。
マスクをした半兵衛と官兵衛も席についていた。
部屋の隅には——本人たちの希望で、お市と徳姫が座っていた。
北沢は、地図の北アメリカ大陸の部分を指した。
「目標は——地図のこの部分。北アメリカ大陸という場所に、日本の兄弟となる国家を作ることだ。ちなみに、この大陸の広さは——日本の六十五倍もある。この下側の南アメリカ大陸まで含めると——百十二倍だ」
北沢は説明を続けた。
「日本は——北アメリカ大陸の、この場所に建国されるアメリカ合衆国という国と戦いました。国の広さは——日本の二十六倍もあります」
半兵衛が聞いた。
「そんな大国と戦ったのでございますね——先の世の者たちは、ずいぶん勇気がありましたな」
北沢が答えた。
「結果は、大敗北でした。国力がまったく違いました。広い農地、原油や鉄などの資源——。原油というのはわかりにくいと思いますが——先の時代は馬ではなく、原油で物が動きます」
半兵衛も官兵衛も、動く原理を頭の中で必死に描こうとしているようだった。
どちらも、すぐには諦めない顔をしていた。
(そこまでは無理だろうな——いや、わかったら凄すぎる)
「原油で物が動く原理については資料がありますから、追って調べてください」
「つまり——そのアメリカ合衆国という大国を、日本の兄弟国家にしてしまおうということですね。そうすれば戦いそのものがなくなると」
「そのとおりです、竹中殿。だから大きな船を作っています」
部屋の隅から——お市が口を開いた。
「面白い——久しぶりに、胸の躍る思いです」
徳姫も続けた。
「その大陸に渡るのが——楽しみです」
会議室のメンバーたちが、思わずそちらを振り返った。
(信長の気質は——この二人の女性に受け継がれているのかもしれない)
***
北沢は咳払いをした。
「それで橘さん、造船の方はいかがですか」
橘が答えた。
「ガレオン船の建造は順調です。骨格の工事が始まりました」
「いよいよ始まりましたか」
「それと——蒸気船についてですが、武蔵の工作機械を使えばボイラーのシリンダーを精密に加工できます。そうなると、筑豊炭田あたりの石炭を燃料にして——帆と蒸気を組み合わせたハイブリッド船が作れます。一年あれば、試作船くらいは作れるかと」
お市が目を輝かせた。
「妾も乗ってみたいです」
「試作船ができたら、一緒に乗りましょうか」
「ありがとうございます。それにしても、こんな面白い話を兄上が聞いたら大変ですぞ——もうこの国には興味がなくなったと言い始めるに決まっておる。そういうお人じゃ」
徳姫も頷いた。
「妾もそう思います」
北沢は苦笑した。
(そこなんだよ——信長はここで国作りをしてもらわないと困る)
「試作船が終われば、量産します。三年でまとまった数の蒸気船ができあがります」
***
「松永——レールガンの弾は作れそうか」
松永が説明を始めた。
「悪銭を材料にできないかと考えています。銭を溶かして銅素材を作り——職人が大まかな形に削ったものを武蔵に持ち込んで、工作機械でミリ単位の精度に仕上げれば完成します」
「量は作れるか」
「悪銭は市中にいくらでも流通しています。信長殿に頼めば——山のように集められます。もちろん——武蔵の工作機械に負荷がかからないよう慎重に進めます」
北沢は頷いた。
「工作機械は最後の砦だ。無理はさせないようにしてくれ」
***
半兵衛が口を開いた。
「司令——一つ聞いてもよろしいですか」
「なんでしょう」
「こんなに遠くの大陸に——船でどうやって行くのですか」
北沢は地図を指しながら説明した。
「まず、船で北に上がって——風に乗って東に向かいます。その経路には、途中に寄港地はありません。途中で嵐に遭うのも困りますが——それより困るのが、風がないことです。大海原の真ん中で動けなくなると——食料が尽きたところで終わりとなります」
半兵衛はしばらく地図を見つめていた。
(なるほど——帆船では、命がけの航海になるのでござるな)
官兵衛が確かめるように言った。
「蒸気船は——風がなくても動く船なのですね」
「そういうことです」
半兵衛は頷いた。
「三年——待ち遠しいですな」




