第93話 出遅れてしまったというわけか
千宗易の屋敷。
信長が興味深そうに尋ねた。
「大きな船——とはどのくらいかの」
北沢が答えた。
「はるか遠くの国まで、航海できる大船です」
信長の目が輝いた。
「はるか遠くというと——南蛮に向かうのでしょうか」
「いえ、我らは日本より東に向かいます。そこに——大きな大陸があるのです」
信長はしばらく黙っていた。
(東の大陸——)
「先の世では、アメリカ大陸と呼ばれています。広さは——明の、およそ四倍ほどでしょうか」
信長は目を見開いた。
「明の四倍……。そのような、大きさの地が」
「大陸の中央部は——赤道と呼ばれる場所に近く、一年を通して夏のように暑い土地です」
「して——両端はどうなのじゃ」
「北の端も、南の端も——厳しい寒さの土地になります」
信長は首をかしげた。
「北が寒いのはわかる。だが——なにゆえ、南の端まで寒いのじゃ」
「それは——また後ほど。少々長い話になりますが、よろしいですか」
信長はしばらく黙っていた。
やがて愉快そうに言った。
「面白い——続きは後で、ぜひ聞かせていただきたいものですな」
「承知しました。では——船の話に戻りましょう」
「うむ、そうであった」
「大きな船を作るには、船大工の腕が要ります。完成した後も、それを操る者が大勢必要になります。ついては——村上水軍を、そっくりいただけませんか」
信長は、間を置かず頷いた。
「それは——願ってもない話ですな。あの者どもは、海に生きる荒くれ者。我らの手には、少々余っておりましたゆえ」
「では、村上水軍をいただきます。ありがとうございます」
「しかし——村上水軍がおとなしく従いますかな」
北沢は言った。
「南蛮船のような大きな船に乗って、広き海に出ていかないかと言えば、海の男なら喜んで従うと思います」
「そういうものでござるか」
「私も海の男です。海の男はみんなそうです」
***
北沢は身を正した。
信長も堀も——自然と姿勢を正した。
「では——我らの目的についてお話ししたいと思います」
「それは、ぜひお聞きしたい」
北沢は桐山を見た。
「桐山——二〇XX年に、なぜ我らがこの船を作ったのか。それから起こったことを説明してくれないか」
「はっ」
桐山は、一つひとつ順を追って説明を始めた。
「それを説明するためには——今から数十年ほど前の話をする必要があります」
信長が頷いた。
「この国の大名が、戦に明け暮れているころであるな」
「そうです。戦を繰り返す日本とは裏腹に——ポルトガルとスペインという国は、大きな船を仕立てて、世界中の国々を切り取り始めます」
「日本は、出遅れてしまったというわけか」
「まさに、そのとおりです」
桐山は続けた。
「そう遠くない将来——南蛮の国々が、この世界の多くを支配するようになります」
信長の目に、悔しさがにじんだ。
「内輪で争っておる間に——他国に食い荒らされるというわけか」
「さらに時は進み——世界を巻き込む、大きな戦が起こります。その果てに、アメリカという国が、世界の覇者となるのです」
「アメリカという国は、なぜ覇者となれたのじゃ」
「大雑把に言えば、国土が広大で、豊かな国だったからです。日本は、そのアメリカという国に戦いを挑みます」
「なぜそんなに強い国と戦ったのじゃ」
「日本が位置するアジアという地域の国々のなかで、南蛮に支配されない数少ない国が日本だったのです。アメリカと戦わざるを得ないように追い込まれたという記録もあります」
「それでどうなった」
「その戦いにおいて、日本はアメリカに大負けします」
「負けたのか」
「その後日本は、何十年にも渡ってアメリカの従属国となります。二度とアメリカに挑んでこられないよう、様々な弱体化が図られました」
「たとえばどんなことだ」
「自国を守るための軍を持つことができなくなりました」
「よく他国に攻め込まれなかったものよな」
「運が良かったとも言えます」
桐山は続けた。
「ですが——自らの国を、自らの力で守れぬまま、月日が過ぎていきました。民は次第に——アメリカに守ってもらうのが当たり前だと、思うようになっていったのです」
ひと呼吸置いて、桐山は言葉を継いだ。
「独立国と呼べぬような、そんな有様が長く続き——気づけば、他国に自国の富を吸い取られるだけの国になっておりました」
信長の表情が沈んだものとなっていった。
その後、KIホールディングス会長の黒岩 鉄太郎により、大和と武蔵が作られる経緯と、転移に至るまでの説明が続いた。
信長と堀は——一言も口を挟まずに、最後まで聞いていた。
やっと説明が終わった。
部屋に——しばらく、重い沈黙が満ちた。
「先の世では、大和と武蔵を作った目的が果たされぬまま——偶然か、それとも神の意志か。過去に遡り、この時代へやってきた。そういうわけか」
「そういうことです」
「ゆえに——今を変えることで、先の世をも変えようとしておるのだな」
「そうです。都合の良いことに——この時代、アメリカという国は、まだこの世に存在しません」
「であれば——大きな船を何隻も仕立て、あの広大な大陸に、この国と兄弟となる国を築きたい、というわけか」
「この国は、織田殿が良き国へと導いてくださる。であれば我らは——アメリカという国が生まれるまでに、良き国をあの地に作り上げる。そういうことです」
信長はしばらく天井を見つめていた。
やがて、感じ入ったように呟いた。
「面白い……これほど、心躍る話もあるまい」
堀は、内心で思った。
(某は、話をほとんど理解できなかった。しかし上様は、理解されておられる)
(やはり某などとは、頭のできが違うようだ)




