第8話 相模湾の対峙
相模湾沖・大和発令所。
隠れる必要もないと判断し、大和と武蔵は、浮上したまま相模湾沖まで移動した。
発令所のモニターに、海上自衛隊の艦艇が多数展開している映像が映し出されていた。
護衛艦、潜水艦、哨戒ヘリ。
水平線を埋め尽くすように並んでいる。
「司令宛に、坂本海上幕僚長から直接通信が入っています」
北沢は受話器を取った。
「北沢先輩、東京に向かってどうするんですか。もう包囲されているんですよ」
「総理と直接話をするだけだ」
「私も、目の前の艦に乗っています。悪いようにはしません。おとなしく投降してください。お願いします、先輩」
北沢の声が冷たくなった。
「お前に話すことはない。日本の将来をどう考えているんだ?」
坂本が言葉に詰まった。
北沢は無線を切った。
「艦長、モニターを確認してください。潜水艦を含む海自艦艇が、我々を完全に包囲しました」
「ここで捕まえるつもりか。停船せよ」
大和と武蔵が速度を落とし、相模湾の沖合で止まった。
発令所のモニターには、包囲する海上自衛隊の護衛艦の甲板が映し出されていた。
隊員たちが大和と武蔵を見つめている。
全長二百五十メートル。海上自衛隊のどの潜水艦よりも遥かに巨大な艦体が、二隻並んで海面に浮かんでいる。
***
海上自衛隊護衛艦・甲板。
「でかいな」
若い隊員が呟いた。
隣の先任が双眼鏡を下ろして言った。
「KI重工が独自で作ったらしい。民間で、だぞ」
「核兵器を積んでいるって噂、本当ですかね」
先任はしばらく黙っていた。
「俺は——正直言うとな」
声を落とした。
「日本が核を持つことに賛成だ」
若い隊員が驚いて先任を見た。
「だって、そうだろう。核を持たないから、某国から平気で脅される。簡単に同盟国に捨てられる。もう限界なんだよ、この国は」
別の隊員が近づいてきた。
「先任、聞こえてますよ」
先任が顔をしかめた。
「忘れろ」
「忘れませんよ。俺だって同じこと思ってます」
若い隊員が大和を見つめたまま、小さく言った。
「俺、あっちの船に乗りたいくらいです」
周りの誰も笑わなかった。
誰も、否定しなかった。
「司令宛に、坂本海上幕僚長から再度通信が入っています」
北沢は受話器を取った。
「話すことはないと言ったはずだ」
「官邸が直接話をしたいそうです。暗号化された衛星電話を哨戒艇で届けるそうです」
「わかったと伝えろ」
しばらくして、哨戒艇が大和の舷側に近づいてきた。
若い隊員が衛星電話を差し出した。
大和の甲板にいた田村が、それを受け取った。
哨戒艇の隊員は、田村の顔をまっすぐ見た。
敬礼した。
一言だけ言った。
「みんな応援してます」
田村は黙って敬礼を返した。
唇を噛んだ。
そうしなければ、涙が落ちそうだった。
***
相模湾沖・大和発令所。
衛星電話が鳴った。
「江崎です」
総理の声は、疲れていた。
「北沢君、率直に言う。某国が、大和と武蔵を引き渡さなければ、東京に核ミサイルを撃つと言っている。黒岩総帥にはホテルに滞在してもらっている。悪いようにはしない。君たちの気持ちも分かる。だから——艦を明け渡して、投降してくれないか」
「江崎総理、投降はできません」
「なんだと」
北沢は一度だけ目を閉じた。
これを言えば、もう後戻りはできない。
「総理、日本は今、核を持っているのです」
沈黙が落ちた。
「……なんだと」
「大和は核武装した原子力潜水艦なのです。日本は、核の傘を持ったのです。今こそ真の独立国家になれるのです」
「君は何を言っているんだ。核だと? 日本を危険な方向に導く気か。テロリストなのか、君たちは」
「テロリストではありません。この国を守りたいだけです」
北沢は声を落とした。
「総理、某国にこう伝えるだけでいいのです。『核ミサイルの使用を中止しろ。もし発射すれば、原潜大和から報復核を発射する』と。それだけで、どの国も日本に手を出せなくなるのです」
長い沈黙があった。
「日本は平和憲法を遵守する国だ。専守防衛以外の選択はない」
江崎総理の声は固かった。
北沢は声を抑えて言った。
「総理、今の日本の現状をどうお考えですか。どのブロックにも属せず、技術だけ吸い取られ、国内は移民爆弾と浸透工作で壊されていく。この状況を、どう解決するおつもりなのですか」
「今までも、やってきているじゃないか」
江崎総理は語気を強めた。
「国際世論に訴え、アメリカにも働きかけてきた。個別の国と丁寧に交渉を重ねてきた。世界が四つに割れてしまっても、日本なりのやり方で、なんとかやってきているのだ」
「なんとか、ですか」
「そうだ。核を持たず、平和憲法を守る国として、日本は国際社会から尊敬されてきた。その立場を、君たちは壊そうとしているのだぞ」
北沢は、黙って聞いていた。
そして言った。
「では、今回のように核で脅されている状況で、どう対応されるのですか」
「まさか本当に撃つわけがないだろう。日本に核を使えば、国際社会が黙っていない」
「国際社会が、ですか」
北沢の声が、少しだけ冷たくなった。
「総理、その国際社会は、日本がどのブロックからも捨てられたとき、なにかしてくれましたか。アメリカが日本を切り捨てたとき、どこかの国が助けてくれましたか」
江崎総理は答えられなかった。
「国際社会が許さない——その言葉で国民を守れますか。今この瞬間、東京に核ミサイルが向けられている。国際世論で、それを止められるのですか」
沈黙が続いた。
北沢は最後にこう言った。
「核を持たないまま、核の脅しに怯え続けること。それこそが、国民を最も危険な状態に追い込んでいるのではないですか」
江崎総理の呼吸が聞こえた。
乱れていた。
「もう一度だけ言う。魚雷で撃沈されたくなければ投降してくれ。よく考えるんだ。連絡を待っている」
通信が切れた。
田村が北沢を見た。
「どうします」
「ぎりぎりまで待つしかない」




