第88話 殿——天下をお取りください
大和発令所。
北沢はドローンの映像を見つめながら言った。
「藤林殿と繋いでくれ」
「繋ぎました」
「藤林殿——織田本陣の爆発を見ましたか。動揺している隙を狙って、羽柴秀吉と毛利輝元を狙撃してください。討ち取れなくてもいい。傷を負わせれば十分です。狙撃後は黒田殿とともに、戦場を離脱してください」
「承知しました」
「次は——黒田殿に繋いでくれ」
「繋ぎました」
「黒田殿——藤林殿が、羽柴秀吉と毛利輝元を狙撃します。黒田勢は、秀吉を助けに行くと見せかけて近づき、秀吉の首を上げてください」
「承知いたした」
「ただし——首を上げたら、即座に離脱を。狙撃の後、周囲は騒然となります。長くとどまれば、黒田勢が窮地に陥りかねません。首を得次第、海神衆とともに、速やかにお引き上げください」
「毛利輝元の首は——いかがいたしましょう」
「そちらまで手を伸ばす時間は、残されていないでしょう。秀吉の首のみで、十分です」
「承知しました」
通信が切れた。
***
羽柴・毛利陣営。
羽柴秀吉の陣と毛利輝元の陣は——混乱に包まれていた。
突然の轟音が二度、織田軍の方から響いてきたからだ。
続いて、土砂と砂埃が——黒い柱のように空高く舞い上がるのが見えた。
秀吉は、何が起こったのかわからないまま、じっとその様子を注視していた。
それは秀吉だけではなかった。
徳川と北畠の裏切りを、密かに知らされていた羽柴・毛利の主だった武将たちも——同じように呆然としていた。
秀吉は呟いた。
「なんだ——織田本陣の方で、いったい何が起きておるのじゃ」
輝元も大声で命じた。
「羽柴殿に使者を送れ。これは一体どういうことか——大至急、聞いてこい」
その時——蜂須賀正勝が、秀吉のもとへ駆けてきた。
「殿——徳川と北畠の陣が、崩れ始めましてございます。ここは、いったん姫路まで引かれますか」
前線で兵を率いる将たちからも、指示を仰ぐ使者が、次々と駆け込んでくる。
羽柴・毛利の両陣に——動揺が、波紋のように広がっていった。
秀吉も、輝元も、織田本陣近くで起きた異変の正体を、必死に見極めようと必死だった。
***
羽柴秀吉の陣の後方の林。
藤林が戦況を確認しながら、ゆっくりと手を上げた。
海神衆の二十名が——銃床を装着し銃身の延長をつけた南部十四年式を構えた。
「サイレンサーも忘れるな。見つからないよう二手に分かれて——秀吉と輝元を狙え」
「はっ」
***
羽柴秀吉の陣。
秀吉は物見台に立ち——じっと戦況を見つめていた。
蜂須賀正勝も横に立って、心配そうに織田軍の方を睨んでいた。
一方、海神衆は身を隠しながら、秀吉に少しずつ接近していった。
気配を消して忍び寄るのは、忍びの得意とするところだ。
中忍が指示を出した。
「撃て」
乾いた音が連続した。
パス——パス——。
秀吉に向けて、十発の弾が飛んだ——その瞬間。
「殿——!」
蜂須賀が身を挺して飛び込んだ。
蜂須賀の腹に——弾が数発当たった。
「ぐっ——!」
蜂須賀が倒れた。
秀吉も肩と腕に弾を受けていた。
「な——なんじゃ——!」
海神衆は、混乱に紛れて姿を消した。
***
毛利輝元の陣。
毛利輝元も戦況を確かめようと、慌てて物見台に上がっていた。
軍を引き上げるべきか、必死に考えていた。
パス——パス——。
乾いた音が連続した。
輝元は胸に——弾を受けた。
しかし、しばらくの間、立ったままだった。
やがて——静かに崩れ落ちた。
「輝元様——!」
「殿——!」
毛利の将兵が——一斉に輝元のもとに駆け寄った。
輝元は——動いていなかった。
任務を終えた海神衆は、音もなく姿を消した。
***
羽柴秀吉の陣。
蜂須賀正勝が——地に倒れていた。
秀吉は正勝の傍らに膝をついた。
「小六——死ぬな」
正勝は薄く笑った。
「某はもうだめです……。殿——天下をお取りください」
秀吉の目に——涙が光った。
「小六——!」
正勝は——動かなくなった。
秀吉はしばらく正勝を見つめていた。
やがて——ゆっくりと立ち上がった。
「おのれ——信長」
秀吉は、破り取った袖で、傷口を縛った。
「なんのこれしき、戦場では気弱になった方が負ける」
家臣が駆け寄ってきた。
「殿——黒田職隆殿が、黒田勢を率いて参りましたぞ」
「職隆殿が——」
秀吉は、少し違和感を感じていた。
(黒田勢など、呼んでおらぬが)
「通せ」
黒田職隆が、黒田勢を率いて駆けてきた。
「殿——ご無事でございましたか」
秀吉は、努めて柔和な笑みを浮かべた。
「職隆殿——よう参られた。黒田家の忠義、しかと見届けたぞ。持ち場へ戻られよ」
職隆は首を振った。
「それは——できませぬ」
秀吉の目が細くなった。
その瞬間——職隆の目の色が変わった。
「羽柴殿——申し訳ござらぬ」
音もなく——刀が抜かれた。
「ぐ——!」
秀吉が崩れ落ちた。
「殿に何をする——!」
「裏切り者——!」
近くにいた羽柴の兵が動こうとした——。
黒田勢が、素早く職隆の周囲を囲んだ。
パス——パス——パス——。
押し殺したような、乾いた音が続いた。
羽柴の兵が、次々と倒れていった。
何が起きたのか、誰にも分からなかった。
官兵衛と二十人の海神衆が姿を現した。
職隆が、秀吉の首を高く掲げた。
「羽柴秀吉を討ち取った。もはや勝敗は決まった——命が惜しくば、去るがいい——!」
羽柴の兵が——一人、二人。
やがて雪崩を打つように——我先にと戦場を逃げ去っていった。
「父上——ご無事で」
職隆は深く息をついた。
「官兵衛——これで良かったのか」
「こうしなければ、黒田家は生き残れませんぞ」
「そうだな——。これからどうする」
「海神衆のもとへ——全力で逃げまする」
職隆は頷いた。
「皆のもの——走るぞ」
黒田勢が——海神衆とともに姿を消した。




