第87話 このままでは——織田殿が負ける
信長本陣。
「徳川が裏切った——!」
「信雄様の裏切りじゃ——!」
本陣が混乱した。
前衛との距離は離れてしまった——本陣に残った兵は二万。
左右からの同時攻撃に、本陣の兵が動揺した。
数の優位はある——しかし横からの攻撃には弱い。
陣が乱れ始めた。
信長本陣が——じわじわと押し込まれていった。
堀が信長のもとに駆け寄った。
「上様——安土に引きますか」
「ここで引けば——終わりよ」
信長が続けた。
「猿は甘くはない。退いた背中をどこまでも追ってくる。なに、ここで踏ん張りきれば——我らの勝利じゃ」
信長は堀をまっすぐに見た。
「全軍に、ここで踏ん張れば、我らの勝利だと伝えてこい」
「はっ——!」
堀が走った。
***
明智光秀の陣。
斎藤利三が駆け寄ってきた。
「殿——本陣が乱れております。徳川殿が裏切ったのかもしれませぬ」
利三はさらに続けた。
「このままでは——負けるかもしれませんぞ。後ろに下がり、上様とともに安土に引きましょうぞ」
光秀はきっぱりと首を振った。
「安心しろ。こんなことで——負けるような上様ではない。そんなことよりも——秀長を打ち破り、秀吉の首を取るのじゃ。それが我らの仕事よ」
「承知——!」
光秀の目が——鋭く輝いた。
***
織田信忠の陣。
長谷川秀一が血相を変えて駆け込んできた。
「殿——本陣が乱れております。上様が危のうございますぞ」
信忠が本陣の方を振り返った。
「なんだと——。いったん下がれ。本陣と一体となるのじゃ。信孝にも伝えよ——急げ」
「はっ——!」
長谷川秀一が走った。
信忠は戦場を見渡した。
本陣から——怒号と喊声が聞こえていた。
***
大阪湾。大和・発令所。
北沢は、レーダードローンの映像を見つめていた。
信長本陣が——じわじわと押し込まれていた。
「このままでは——織田殿が負ける」
田村が、少し不安げに言った。
「司令、昼間に陸へこれだけ近づいて、ハッチまで開けて——大丈夫でしょうか」
「構わん。すぐ近くで——大戦が行われているのだ。誰も、大和のことなど気にしていないはずだ」
北沢は続けた。
「織田殿の本陣に攻め込んでいる徳川と北畠の陣に、レールガンを撃ち込め。家紋の区別はわかるな」
田村はモニターを確認した。
「ドローンの映像で確認できます。三つ葉葵が徳川——笹竜胆が北畠で間違いないはずです。陣中央部、三つ葉葵の旗に向けて一発。続けて笹竜胆の旗にも、一発撃ち込みます」
「照準——完了」
「撃て」
***
徳川軍。
ドォン——!
黒い閃光が——徳川軍に走った。
ズドォォォン——!
マッハ六の弾丸が、轟音とともに地面にぶち当たった。
土砂と砂埃が——空高く舞い上がった。
衝撃波が四方に広がり——半径十数メートルの範囲の兵が一瞬で吹き飛んだ。
三つ葉葵の旗が——炎に包まれた。
「な——なんじゃ——!」
「神仏の怒りか——!」
「とにかく逃げろ——!」
徳川の兵が——総崩れになった。
***
北畠軍。
「続けて——北畠軍に向けて撃て」
ズドォォォン——!
笹竜胆の旗が——炎とともに吹き飛んだ。
地面が抉れ——土砂が兵を飲み込んだ。
衝撃波が陣幕を吹き飛ばした。
「ひ——!」
「なんじゃ、これは——!」
「逃げろ——!」
北畠の兵が——四方八方に散り始めた。
***
信長本陣。
「徳川軍が——崩れております!」
「北畠の陣も——!」
堀が信長のもとに駆け寄った。
「上様——何が起きたのでしょうか」
信長は、うれしそうに言った。
「海神衆に決まっておろう。『神仏が織田に味方してくれいる。このまま一気に押し込め』と伝えてこい。急げ!」
「はっ——!」
堀が命令を伝えに走った。
***
徳川軍。
本多忠勝が駆け回った。
「殿を探せ——早く探せ、急げ」
家臣の榊原康政が血相を変えて近づいた。
「忠勝——殿は、あの大きな穴のところに立っておられた。直撃だ——生きてはおられぬ」
本多忠勝は歯を食いしばった。
「殿の仇を討つ——!」
「引くのじゃ——忠勝」
榊原が忠勝の腕を掴んだ。
「我らには、嫡男の信康様がおられる。信康様をお支えして、武田、北条と組めば——徳川は必ず盛り返せる」
本多忠勝はしばらく動かなかった。
「わかった。悔しいが——三河まで引こう」
本多忠勝が叫んだ。
「殿の弔い合戦は必ずやる。この本多忠勝が誓う——。撤退だ!」
「おおーっ——!」
徳川勢が——じりじりと後退を始めた。
織田軍が、それを追いかけた。
「裏切った徳川を逃がすな——!」
「討ち取れ——!」
矢が飛んだ。鉄砲が鳴り響いた。
本多忠勝は馬を返しながら——追ってくる織田軍を一手に引き受けた。
「本多殿が殿を引き受けてくださる——急げ——!」
徳川勢が——少しずつ三河へ向けて引き上げていった。
***
北畠軍。
レールガンの着弾でできた大きな穴が——北畠軍の真ん中に口を開けていた。
信雄は穴の縁に立ったまま、震えが止まらなかった。
(父を討とうとしたことへの——天罰か)
滝川雄利が急いで近づいて来た。
「殿——伊勢に引きましょう」
信雄はしばらく穴を見つめていた。
「父に謝りに行く」
「殿——!」
「まさか息子を殺しはしまい。戦はやめじゃ。皆に伝えよ——降伏せよと」
家臣はがっくりと項垂れた。
信雄は穴を見つめたまま——言い訳を考えていた。
(生き延びさえすれば……)




