↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
原潜大和・武蔵、転移す ―信長と、未来を変える―  作者: ゲンタ
第3章 戦国時代編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/122

第86話 ここで引けば——終わりよ

摂津国。有岡城周辺。


夜明けの霧が——ゆっくりと晴れていった。

冷え込んだ大気の中、無数の旗指物が、朝日を浴びて色を取り戻していく。

広がる野には——鶴翼に構えた大軍が、互いを見据えるようにして布陣していた。


織田方の陣には——明智の桔梗紋、そして織田の永楽通宝の旗が、風にはためいていた。

その後方、中央に控えるひときわ大きな陣には——同じ永楽通宝の旗が、幾重にも連なっている。信長の本陣であった。


対する羽柴・毛利の陣には——羽柴の桐紋と、吉川の丸に三つ引両が並び立っていた。その後方——ゆったりと構えた本陣には、一文字に三つ星の旗が、悠然とはためいていた。毛利の陣であった。


その後方には、急ごしらえに修復された有岡城が、灰色の空を背に、黒々とした輪郭を晒していた。


馬のいななき。

具足の擦れる音。

誰かが小さく咳き込む音さえ、静寂の中で妙に響いた。


兵たちの吐く息が、白い靄となって立ち上り、朝の冷気に溶けていく。

ある者は槍を強く握りしめ、ある者は静かに数珠を繰り、ある者は虚空を見つめたまま、動かなかった。


二つの大軍が、無言で向かい合っていた。


やがて——霧はすっかり晴れた。

十三万に近い兵たちの視線が、敵の陣へと殺気をはらんで注がれていた。


***


羽柴・毛利連合軍。


ドン——。

羽柴・毛利連合軍の陣太鼓が、低く鳴り響いた。


前衛が動き始めた。

羽柴秀長が率いる羽柴軍——。

吉川元春・小早川隆景が率いる毛利軍——。


左右の雑賀衆も、旗をなびかせ、ゆっくりと前進を始めた。

足音が、大地に響いた。

無数の足音が、一つの波のように——じりじりと東へ向かって行った。


羽柴秀吉と毛利輝元は——動かなかった。

足利義昭は、有岡城の高みから戦場を見つめていた。


***


織田軍。


ドン——ドン——。

織田軍の陣太鼓も鳴り響いた。


丹羽長秀、明智光秀、織田信忠、神戸信孝——前衛の将たちが、それぞれの部隊を率い、旗をなびかせ、ゆっくりと前進した。


徳川家康と北畠信雄は——動かなかった。

信長本陣の左右に控えたまま、じっと前方を見つめていた。


***


戦場の中央部では、両軍の前衛が、鉄砲の射程に入った。


バン——バン——バン——。

雑賀衆の鉄砲が火を噴いた。

白い煙が、戦場に広がった。


織田軍も負けじと撃ち返した。

バン——バン——バン——バン——。

轟音が平野に響き渡った。


倒れる者、叫び声——。

煙の中で両軍が入り乱れた。

鉄砲の撃ち合いが収まると——今度は槍隊が前に出た。


ワアアアア——。

鬨の声が上がった。


槍と槍がぶつかり合う音——。

ガキン、ガキン——。

両軍の前衛が、少しずつ前進しながら激突した。


***


信長本陣。


信長は戦場を見渡した。

前衛の激突が続いていた。


「堀——前衛の数はこちらが少ない。徳川殿と信雄に前進せよと伝えよ。本陣からも一万ほど前進させよ。一気に勝負を決めてやる」


「はっ——ただちに」

堀が走った。


信長は腕を組んだ。

「これで——数ではこちらが有利だ。このまま押し込めば、儂の勝ちだ」


しかし——。

徳川家康は動かなかった。

北畠信雄も動かなかった。


信長は眉をひそめた。

「どうした——」


信長は、これまでの戦場の経験から危険な匂いを感じとっていた。

「堀——徳川殿と信雄にさっさと動けと催促してこい」


「はっ——」

堀が再び走った。


しかし——徳川の陣は、静かなままだった。

信雄の陣も——微動だにしなかった。


信長の目が細くなった。

(まさか、裏切るつもりか! なぜじゃ——)


その時——。

ボウ——。

有岡城から黒い煙が上がるのが見えた。


***


羽柴秀吉の陣。


秀吉は、生き物のような戦場の動きを目で追い続けた。

中央部の戦いが佳境となることで、信長の本陣と前衛の間が——じわじわと広がっていくのが見えた。

(ここだ、勝負時は!)


今頃は信長が堀に命じているはずだ。

「徳川殿と信雄に前進せよ」と。


(奴らは、動きはしませんぞ。無策で、有岡までやってくるはずがなかろう)

(罠にかかったな——信長よ)


秀吉は笑った。

「蜂須賀——有岡城に向けて合図を送れ」


蜂須賀正勝が素早く頷いた。

「はっ——ただちに」


***


有岡城の物見台。


秀吉の陣から、使者が息を切らして駆け上がって来るのが見えた。

「前野殿——殿からの合図でございます。狼煙を上げよとのことです」


前野長康は頷いた。

「狼煙を上げろ——」


「はっ——!」


ボウ——。

黒い煙が——空高く立ち上った。


前野長康は戦場を見渡した。

(殿——うまくいきましたな)


***


羽柴秀吉の陣。


秀吉は狼煙が上がるのを見上げた。

「勝ったぞ」


蜂須賀正勝も手を強く握って狼煙を見上げた。


秀吉はにやりと笑った。

「信雄には——織田家の当主の座と、将軍の位を。徳川殿には——関東一円を。信雄が信長本陣に兵を進めれば、それに合わせて攻め込む、という約定も交わしておる」


「欲深き者ほど——扱いやすいわ」

(いずれ——儂がすべてを取り上げるがな)


秀吉はゆっくりと腕を組んだ。

「さあ——信長。どうする」


***


北畠信雄の陣。


「殿、有岡城に狼煙が上がっておりますぞ。なんの合図でしょうな」


「兵に伝えろ。この戦《いくさ》をやめさせるため、上様の陣に兵を進ませる」


「今、そんなことをしたら、上様から裏切りと思われますぞ」


「構わぬ。兵を進ませろ。儂の命が聞けぬのなら切る!」


「はっ」


***


徳川家康の陣。


徳川家康は有岡城に上がる狼煙を見た。

「北畠信雄はどうなっている」


「上様の本陣に兵を進めています」


「羽柴の使者の言うことなど、半信半疑であったが、本当に信勝が動きおった」

(勝ち馬には乗らねばならぬ)


家康が将たちを見渡した。

「信長を討つ。兵を信長の本陣に向けて進めよ。信長の首を取ってくるのじゃ——さすれば、望むだけの恩賞を与える」


将たちから叫び声が上がった。

「おおーっ——!」


雄叫びを上げながら、徳川軍が——信長本陣右側から雪崩れ込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。