第80話 楽しみが、また一つ増えましたな
武蔵・感染隔離室。
半兵衛は、今日、北沢司令から話があると聞かされていた。
部屋の扉が開いた。
北沢、桐山、藤林、それに黒田親子が入ってきた。五人とも、マスクをつけていた。
半兵衛はベッドの上に座り直した。
その傍らに、黒田親子が腰を下ろした。
北沢たち三人は、向かい合うようにパイプ椅子に腰掛けた。
北沢は穏やかに話し始めた。
「私がこの船の司令——北沢です」
半兵衛と黒田親子は、北沢に深く頭を下げた。
半兵衛が、真っ先に口を開いた。
「某は——京で死を待つだけでした。新しくいただいた人生でござります。この身をなんなりとお役にお立てくださいませ」
そう言いながらも、新たな発見や気づきを求めてか、半兵衛の視線は、きょろきょろと桐山の手元のiPadに向いていた。
官兵衛が、落ち着いた口調で続けた。
「この度は——有岡城の牢から救っていただき、松寿丸まで助けていただきました。この御恩は——一生を懸けてお返しいたします」
その言葉には、感謝の思いと共に、すでにこの先の身の振り方を見据えているような、確かな響きがあった。
最後に、松寿丸が姿勢を正して礼を述べた。
「美濃の垂井に隠れたまま、一生を送らねばならないところを——助けていただきました。父と同様、この御恩は必ずやお返しいたします」
幼さの残る声だったが、一語一語、はっきりと発せられていた。
北沢は、その姿に感心した。
(これが——武士の子というものか。まだ幼いというのに、たいしたものだ)
北沢は、松寿丸の方を見てにっこりと微笑んだ。
「すでに藤林殿や村上先生から、大まかな事情はお聞きになっているかと思います。織田殿からは——お三方の身柄を、我らに委ねるという一文をいただいております。『許す』にはそういう意味が含まれているそうです。どうか、ご安心ください」
北沢は続けた。
「我らは、この国から戦をなくすため、織田殿に助力するつもりです。海神衆に加わり——我らと共に、力を貸していただけますか」
三人が深く頷き、半兵衛が代表して述べた。
「なんなりとお命じくださいませ」
北沢は、少し表情を改めた。
「では——お三方にも、きちんとお伝えしておかねばならないことがあります」
「なんでしょうか」
「我らは——この時代から、何百年も先の世から来ました」
一瞬、部屋の空気が止まった。
半兵衛は、目を大きく見開いた。
「先の……世から、と」
官兵衛も、言葉を失ったまま北沢を見つめていた。
北沢は静かに続けた。
「この船も、我らが持つ様々な力も——すべて、先の世の技術によるものです。信じがたい話だとは思いますが」
半兵衛は、しばらく黙っていた。
やがて、震える声で言った。
「いや——むしろ、腑に落ちましてござる。この船の有様、村上先生の医術……先の世からと言われれば、得心がいきまする」
官兵衛も、深く頷いた。
「某も、同じ思いです」
北沢は頷いた。
「詳しい話は、後で桐山から聞いてください」
半兵衛がうれしそうに言った。
「じっくりとお話を聞かせていただきます」
そう言いながらも、半兵衛はしばらく考え込んでいた。
やがて、静かに口を開いた。
「今、思いついたのですが、よろしいですか」
「なんでしょう」
「北沢司令たちは、先の世から来られて、この世にはなかったはずの海神衆をお作りになられた。本来、これはこの世に存在しなかったはずのものでございましょう」
北沢は頷いた。
「そのとおりです」
「海神衆が働けば——この国の行く末は、当然変わってまいります。であれば」
半兵衛は、少し間を置いて続けた。
「先の世が変わってしまうと、この船にいらっしゃる、先の世でお生まれになった方々は——どうなるのです。消えてしまわれたり、いたしませぬか」
北沢は、思わず息を呑んだ。
(この男——たった今、転移の話を聞いたばかりだというのに、もうそこまで考えたのか)
桐山も、驚いた顔で半兵衛を見つめていた。
(パラレルワールドのことを——言っているのか)
北沢はしばらく言葉を選んだ。
「鋭いご指摘です。実は——我らも、まだすべてを解き明かせてはおりません」
「と、いいますと」
「この世界は、我らが元いた世界とは、少しずつ枝分かれした——別の世界である可能性が高いのです。ですから、この世界がどう変わろうとも、我らの元いた世界が消えてしまう、ということはないはずです」
半兵衛は、目を輝かせた。
「別の世界——枝分かれ、でございますか」
「はい。そのあたりの理屈は——早川という女性が詳しいです。後ほど、ぜひ聞いてみてください」
半兵衛は、満足そうに頷いた。
「なるほど——楽しみが、また一つ増えましたな」
官兵衛が、呆れたように半兵衛を見た。
「半兵衛殿——命の恩人との対面で、そのようなことばかり気になさるとは」
半兵衛は、悪びれもせず笑った。
「性分でござるよ、官兵衛殿」
***
北沢が言った。
「海神衆についても、説明しておきましょう。頭領を務めていただいているのが——藤林殿です」
藤林は三人の方を向いてゆっくり頷いた。
三人が藤林へと向き直った。
「よろしくお願い申す」
北沢が説明を続けた。
「海神衆には、先の世の軍人の装備を身につけ、活動してもらっています。武器は——先の世の拳銃になります」
「拳銃、でございますか」
官兵衛が身を乗り出した。
「小型の銃ですが、遠くを狙うときには、銃床を装着し、銃身を延長します。さらに——発射音をほとんど消す仕掛けも施してあります」
官兵衛は、驚いた顔で目を見開いた。
「音を、消す……。そのような銃が、この世にあり得るのですか」
「火薬の爆発する音そのものを抑える仕組みです。詳しくは、また別の機会に」
官兵衛はしばらく黙っていた。
やがて、感嘆したように呟いた。
「音もなく人を討てる武器とは……戦の形そのものが、変わってしまいますな」
「それと藤林殿には、伊賀国の領主も兼ねていただいております」
藤林が続けた。
「伊賀は——北畠信雄殿に攻め込まれ、壊滅寸前となりました。今の伊賀があるのは——すべて北沢司令のお陰なのです。ともに司令を支えていきましょうぞ」
三人はしっかりと頷いた。
***
半兵衛が口を開いた。
「北沢司令——一つ聞いてもよろしいでしょうか」
「なんでしょう」
「『この国から戦をなくすために助力する』とおっしゃいました。具体的に——どう助力されるのか。それによっては——某の知恵も、いささかお役に立てるやもしれません」
北沢は、その言葉に興味を惹かれた。
(さっそく、力になろうとしてくれているのか。頼もしい)
「それは——おいおい、お話しします。まずは体を治してください」
半兵衛は、うれしそうに頷いた。
見たことも聞いたこともない力、この身では思いも及ばぬ知識。
それらと共に、己の知恵をどう活かせるのか——考えるだけで、胸が躍った。
(新たな人生、なにが待っているかわからぬ。だが——これほど、面白そうな話もあるまい)




