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原潜大和・武蔵、転移す ―信長と、未来を変える―  作者: ゲンタ
第3章 戦国時代編

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第78話 なにが起こるかわからぬものですな

武蔵・感染隔離室。


半兵衛がベッドに横になっていた。

扉が開いた。

マスクを付けた黒田官兵衛が——杖をつきながら、ゆっくりと入ってきた。


半兵衛は顔を上げた。

「黒田殿——」


官兵衛は半兵衛の前にゆっくりと座った。

膝の関節が、まだ十分には曲がらなかった。


「竹中殿——松寿丸を助けていただき、心から御礼を申し上げる」

深く頭を下げた。


半兵衛は穏やかに笑った。

「どうせ命がなくなるのなら——少し良いことをしようかと思っただけでござる」


「そんな——一つ間違えれば、竹中家は潰されていたはず。この御恩、生涯かけてお返しいたします」


「生涯かけて——ですか」


半兵衛は、しばらく黙っていた。

やがて、口元を緩めた。

「生涯をかけるも、なにも——お互い、こうしてよれよれの体ではありませんか」


官兵衛も、思わず笑った。

「まったくもって——そのとおりですな」


「ところで——この病気、治るそうです」


官兵衛は目を見開いた。

「労咳《ろうがい》は——不治の病では」


「それが——村上先生から、当たり前のように治ると言われました。正直、驚きましたぞ」


「治って当たり前ですか——」


「それに——この船、見たこともないものばかりでござるな。村上先生が使っておられる道具も——どこで、どう造った物か見当もつきません」


「わからぬことばかりでござるな。ですが、松寿丸が戻ってきたら——北沢司令から説明いただけるそうです」


半兵衛は不思議そうな顔をした。

「司令とは——妙な呼び名ですな」


「はい。この時代には、聞いたことのない呼び方です」


半兵衛はしばらく天井を見つめた。

「しかし——面白きものですな。死を覚悟しておった身が、こうして未だ見たことなき場所に迷い込むとは。人の生涯というのは、最後の最後まで、何が起こるかわからぬものですな」


***


武蔵・黒田官兵衛の船室。


扉が開いた。

藤林に付き添われて——松寿丸が入ってきた。


官兵衛は思わず身を乗り出した。


松寿丸は、一歩足を踏み入れたところで、目を見開いた。

やつれ果てた父の姿に、一瞬言葉を失う。


だが——それでも、確かに父がそこにいる。

生きている。


「父上——!」


声が震えた。

松寿丸は、駆け出すように官兵衛の前に膝をついた。

「父上——ご無事でしたか」


目に、みるみる涙が盛り上がった。

こらえきれず、頬を伝った。


官兵衛はしばらく松寿丸を見つめていた。

「おまえこそ——どこも怪我はないか。大丈夫か」


松寿丸は、何度も頷いた。

言葉にならず、ただ頷き続けた。


ようやく、震える声で言った。

「このとおりです。竹中殿に助けていただき——ずっと隠れて暮らしておりました」


「どこに隠れておった」


松寿丸は答えた。

「美濃の垂井——五明という場所です。竹中殿の重臣、不破矢足《ふわやたり》殿の屋敷に匿っていただきました」


「不破殿が——」


「はい。女装して、於松と名乗っておりました」


官兵衛は思わず笑った。

「女装か、見てみたかったな」


「竹中殿から、女に化けているのが一番安全だと言われました。そこでは、幸徳《こうとく》という小坊主が遊び相手になってくれました」


「すべて竹中殿のお陰だ。この恩、生涯忘れるでないぞ」


松寿丸は頷いた。

「はい」


官兵衛はしばらく松寿丸を見つめていた。

(生きていてくれた——それだけで十分だ)


目が、わずかに潤んだ。


***


播磨・三木城。

羽柴秀吉・本陣。


秀吉は一人、篝火の前にじっと座っていた。

遠くに——三木城の輪郭が、暗闇の中に沈んでいた。


「さすがに三木城は、簡単には落ちそうにないな」


独り言だった。

(官兵衛は——有岡城に囚われたままだ)

(松寿丸は——もう死んでしまっただろう)

(半兵衛も——もう先はない)


秀吉はしばらく炎を見つめていた。

(それにしても——上様に仕えて、もう何年になるかの)


***


昔の記憶が、ゆっくりと流れ始めた。

まだ織田は、小大名じゃったな——あの頃は。


奇跡のような桶狭間。

義元の首を取り、尾張をまとめ、美濃を取った。

足利義昭を擁して、天下人を目指した。


振り返れば——まるで夢のような出来事の連続であった。


命がけの日々だった。

明日をも知れぬ戦《いくさ》に、幾度も身を投じた。

それでも——不思議と、心が躍った。


あの御方の天運に、我らは吸い寄せられるように付き従った。

勝てるはずのない戦に勝ち、開くはずのない道が開けていく。

それを間近で見続けることが——秀吉にとって、なによりの喜びであった。


命を懸けるに、値するお方だった。

百姓あがりの儂も、上様の下で、命がけで働いた。


初めて大名にしてもらった時——それは、うれしかった。

だが——あそこが、儂の人生の頂だったのかもしれないの。


そこからは——なぜか、つまらなくなった。


未だに、出自の低さを陰で嗤う者がいた。

昔は、そんなことなど——気にもならなかったのにな。


織田家が、日に日に大きゅうなっていく。

その渦の中に身を置いておるだけで、儂は満ち足りておった。

明日、この身がどうなるか。行く末が、どうなるか。

そんなことを、考える暇すらなかった。


だが——今は違う。


心の底で、気づいてしまったのだ。

儂には、これ以上——上はないと。


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