第71話 儂は——とてつもない味方を得た
有岡城を囲む織田軍。
篝火が、夜の野営地を照らしていた。
信長は城の方角を見つめた。
「堀——日が切り替わり十一月六日となったら、攻撃が始まる。城を取り囲む兵は後ろに下げているな」
「すでに下げさせております」
信長はしばらく城を見つめていた。
その目に、次第に光が宿っていくのを、堀は見逃さなかった。
「近くで見てみたいの」
「いや——それは、あまりに危のうございます」
信長は、堀の言葉など聞こえていないかのように、にやりと笑った。
「一緒に行ってみるか」
堀は絶句した。
(また——このお顔だ)
新しいもの、面白いものを前にすると、いつもこうなる。
だが今回ばかりはだめだ。
北沢将軍公が、危ないと言われたのだ。
とんでもなく危ないに決まっている。
堀は思わず声を上げた。
「お止めください。北沢将軍公が、命の保証はないとはっきり言われておられたのですぞ。本当に危ないと思います」
「わかっておるわ——残念じゃがな」
堀は信長の顔を見た。
目が——楽しそうに光っていた。
「上様——絶対に、なりませんぞ」
信長はおかしそうに笑った。
「冗談じゃ。そう慌てるでない、堀」
堀は深くため息をついた。
(まったく——心臓に悪い)
信長は再び城の方角を見た。
「海神衆とやら——どんな戦い方をするのか。楽しみじゃな」
夜風が吹いた。
遠くで——梟が鳴いた。
***
天正六年十一月六日。
大和・発令所。
暗闇の中、大和はレールガンの射程まで近づくために、有岡城にセイル深度で移動していた。
北沢は時計を見た。
「零時を回った。目的地まではどれくらいで到着する」
田村が答えた。
「まもなく到着します」
「到着後、ただちに浮上し、レーダードローンを飛ばせ。レールガンも用意せよ」
「準備にかかります」
大和がゆっくりと水面に浮上した。
甲板のハッチが開き、レーダードローンが勢い良く上昇した。
「宮本、藤林殿に繋いでくれ」
「繋ぎました」
北沢は通信機を取った。
「藤林殿——まもなく攻撃を開始します」
藤林の声が届いた。
「承知しました。皆、城から少し離れた場所で身を隠しております」
モニターに——夜の有岡城が映し出された。
篝火が、城のあちこちで揺れていた。
土塁と石垣に囲まれた城が——ひっそりと夜の中に浮かんでいた。
桐山が言った。
「司令、有岡城——映像で確認できました」
北沢はモニターを見つめた。
「そんなに大きな城ではないな」
「天守はありません。惣構えといわれる平城です——本丸の外側に侍町と町屋地区があります。ですが、町屋地区の町民は、ほとんど逃げていることでしょう」
「本丸を正確に狙えるか」
「レーダードローンで精密に照準を合わせますので、大丈夫です」
「頼む」
「はっ」
「照準を合わせろ」
「照準——完了」
「撃て」
レールガンが光を発した。
一瞬の後——本丸の建物の壁が粉砕された。
木片が夜の空に舞い上がった。
「一発目——着弾」
「続けて撃て」
二発目が本丸の柱を直撃した。
衝撃で建物が大きく傾いた。
「三発目——撃て」
轟音。
本丸の建物が——炎を上げながら崩れ落ちた。
「本丸——三発で崩壊確認」
北沢は頷いた。
「次——城門を狙え」
「照準——完了」
「撃て」
城門が粉々に吹き飛んだ。
石片が四方に飛び散った。
「城門——一発で破壊しました」
「城壁に穴を開ける。海神衆が侵入できる場所を数か所狙え。本丸周辺だけでいい——町屋地区はなるだけ避けろ」
「はっ——照準完了」
数発が次々と城壁に着弾した。
石垣の石が四方に飛び散り——大きな穴が開いた。
「城壁——数か所破壊確認。合計十発です」
北沢は通信機を取った。
「藤林殿——大和の攻撃が完了しました。ここからは海神衆にお任せします」
「お任せください」
***
有岡城内。
城内が——混乱していた。
突然の轟音。
炎を上げて崩れる本丸。
粉砕された城門。
何が起きたのか——誰にもわからなかった。
「なにごとだ——!」
「とにかく逃げろ——!」
兵たちが、我先に城から逃げ出し始めた。
壊れた城壁の隙間から——転がるように飛び出してきた。
薄い月明かりの中——転んだ者の背中を踏みつけながら、誰も振り返らなかった。
他人のことなど構う余裕は——どこにもなかった。
闇の中で、藤林はじっと城を見つめていた。
「海神衆——行けっ」
百名が——音もなく動き出した。
***
天正六年十一月六日。
信長・本陣。
信長の本陣は、有岡城を一望できる丘の上に築かれていた。
陣幕の中で、信長はしばらく座していた。
だが、やがて立ち上がり、囲いの外へと歩み出た。
「上様——」
堀が慌てて後を追った。
信長は、陣幕の外に立ち、じっと城を見つめていた。
供は堀と、警護の兵と小姓たち、わずか十数名だけだった。
「上様、そろそろかと」
堀が小声で言った。
信長は、じっと城を見つめていた。
月明かりの下、篝火で照らされた有岡城の輪郭が、ぼんやりと浮かび上がっていた。
兵の一人が、暗闇の彼方を指差した。
「あ——あれは」
誰も何も見えなかった。
ただ、闇があるだけだった。
次の瞬間——。
轟音が、陣まで届いた。
地面が、かすかに震えた。
少し遅れて——本丸のあたりから、赤い炎が上がった。
その炎に照らされて、初めて分かった。
本丸の一角が、崩れ落ちている。
「な——」
堀が言葉を失った。
兵たちが、次々と声を上げた。
「ほ、本丸が燃えている——!」
「なんだ、あの音は——!」
「何も見えなかったのに……」
また轟音。
また、遅れて上がる炎。
本丸が、さらに崩れ落ちていく。
信長は、瞬き一つせず、その光景を見つめていた。
口元に、笑みとも驚愕ともつかない表情が浮かんでいた。
「これが……」
信長の声は、かすれていた。
「これが——先の世の力か」
堀は、震える声で言った。
「上様——あれほどの城が、瞬く間に……」
兵の一人が、腰を抜かして地面に座り込んだ。
「神仏がお怒りに……」
信長は、その言葉を聞き流した。
ただ、燃え上がる有岡城を、食い入るように見つめ続けていた。
(儂は——とてつもない味方を得た)
堀は、信長の横顔を見た。
恐怖に震える兵たちとは違い、その目には——底知れぬ喜びが宿っていた。
***
大和・発令所。
北沢はモニターを見つめた。
「田村——レーダードローンを回収。潜望鏡深度に潜航せよ」
「はっ」
大和はゆっくりと、夜の海へ静かに潜っていった。
***
有岡城・城壁付近。
才蔵が配下を率いて、城壁の大穴に向かった。
城壁の手前で——手を上げた。
全員が物陰に身を潜めた。
城の中から——怒号と悲鳴が聞こえていた。
逃げ出す兵たちが、大穴に向かって殺到していた。
才蔵は低い声で言った。
「荒木村重が逃げ出してくるかもしれん。物陰に隠れ——城外に逃げ出す武将を討ち取れ」
「はっ」
一心不乱に逃げる兵の中に——鎧を身につけた武将が数名混じっていた。
「撃て」
乾いた音が数回——。
それだけだった。
数名の武将たちが倒れた。
やがてひとの波が途切れた。
炎だけが、赤々と燃え続けていた。
才蔵は、配下に目配せした。
「倒れた武将を確認しろ」
配下たちが、倒れた武将たちの鎧を素早く確認した。
「頭領——荒木家の家紋をつけた武将はおりません」
才蔵は頷いた。
「銃床と銃身の延長を外せ。城内に入るぞ」
「はっ」
全員が、銃床と銃身の延長部分を手際よく外した。
***
有岡城・城内。
城の中は——ほぼ無人だった。
燃える本丸の炎が、城内を赤く照らしていた。
どこかで柱が崩れる音がした。
才蔵は注意深く進んだ。
「生き残りを調べていくぞ。武将は撃て。それ以外は構うな」
「はっ」
数名の武将と遭遇したが——いずれも抵抗むなしく倒れた。
鎧の家紋を確認したが——荒木家のものはなかった。
才蔵は立ち止まった。
「荒木村重はいないようだな。よし、本丸跡に向かうぞ。気を引き締めろよ」
「はっ」
炎の光の中を——海神衆が音もなく進んでいった。




