第70話 もはや、名も無き忍びではないのだからな
堺。伊賀忍びの拠点。
北沢から藤林に連絡が入った。
「藤林殿——田村が村上水軍の安宅船と関船をすべて沈めてくれました。現在、大阪湾に向かって戻っているところです」
藤林は思わず通信機を握り直した。
「え——もう終わったのでございますか」
「はい。堀殿に——村上水軍の安宅船と関船を、片付けておいたとお伝えください。どうやったのかと聞かれれば——海の神の力を使ったと」
「承知しました。大急ぎでお伝えします。ところで——大和は大丈夫だったのでしょうか」
「ご心配なく。かすり傷一つ、負っておりません」
「そうでございますか」
通信が切れた。
藤林はしばらく通信機を見つめて言った。
「この方たちの力は——桁違いだ。それだけの力があれば——北沢司令ご自身が天下を取ることもできように」
ふと、疑問が浮かんだ。
(なぜ——織田様に天下を取らせようとされるのだ)
先の世から来られたお方なら、この国を思うがままに作り変えることも、たやすいはず。戦のない世を望まれるなら——ご自身で、この国を統べればよいだけではないか。
藤林は、しばらく考え込んだ。
だが——答えは出なかった。
(考えても、詮無いことか)
儂などには、思いも及ばぬ、ずっと先を見据えた考えがあるのだろう。
なにせこの国のずっと先に起こることをご存知なのだから。
藤林は立ち上がった。
(どこまでも——信じ、ついていくだけだ)
***
安土城。天主内の御座所。
堀が早足で入ってきた。
「上様——北沢将軍公から連絡がまいりました」
「なんだ」
「なんと——村上水軍の安宅船と関船を、あらかた片付けたそうでござる」
「どうやったのじゃ。村上水軍は大小合わせて何百隻は船を持っているはずだぞ」
「海の神の力を使ったと——それだけでございました」
信長はしばらく黙って考えていた。
「簡単には明かせないということじゃな」
信長は目を細めた。
「とにかく——願ってもない話ではないか。本願寺への兵糧の道を断てたのじゃ」
信長は堀を見た。
「堀——有岡城を攻める準備だ」
堀は頭を下げた。
「はっ」
(また——短いお言葉だ)
堀は退出しながら、頭の中で段取りを整えていった。
出陣の時期。各大名への連絡調整。北沢将軍公とのやり取り。そして——攻撃の日には、兵を城から遠ざけておくこと。
(たった一言で、これだけのことを詰め込まれる)
堀は苦笑しながら、足を速めた。
(まあ——儂のような有能な家臣がいてこそ、というものよ)
***
武蔵。大会議室。
藤林が口を開いた。
「堀殿から連絡がありました。有岡城を——十一月六日に攻撃できないかと」
北沢は橘を見た。
「橘さん、準備はどうですか」
橘は頷いた。
「本日中にお渡しできます」
北沢は藤林の方を見た。
「藤林殿——『最強忍び軍団』の選定、準備、銃の訓練も大急ぎになりますが」
藤林は笑った。
「大丈夫です。短期間に要領よく仕事をこなせなければ——忍びなど務まりません」
藤林は続けた。
「それに——我ら伊賀忍びの晴れ舞台です。最強忍び軍団に選ばれたい者ばかりです」
「頼もしいですね」
藤林は姿勢を正した。
「我らの部隊に、正式な名前をいただけないでしょうか」
北沢はしばらく考えた。
「海神衆——というのはいかがですか」
藤林は目を見開いた。
「そんな——大それた名前をいただいてよろしいのですか」
北沢は穏やかに笑った。
「もちろんです。織田殿が私を北沢将軍公と呼ぶくらいですから——それくらいの名前を付けた方がいいでしょう」
藤林はしばらく黙っていた。
「海神衆——」
藤林はゆっくりと、深く頭を下げた。
北沢は続けた。
「今回の任務は、それほど危険ではないと思います。ですが——海神衆の方々には、命を大事にとお伝えください」
藤林は感激して顔を上げた。
「必ず伝えます」
(使い捨て扱いだった伊賀忍びに、海神衆という名をいただき、命を大事にとまで言っていただいた)
***
天正六年十一月五日。
有岡城近隣の山間部。
篝火の周りに——藤林と才蔵、その他の中忍たちが集まっていた。
全員が自衛隊の服装を身につけていた。
ヘルメットとブーツ——銃身を延長し、着脱式の銃床を取り付けた南部十四年式を背負っていた。
藤林は全員を見渡した。
「皆のもの——準備は良いか」
「はっ」
「日が切り替わり十一月六日となったら——有岡城への攻撃が始まる。大和の兵器で城を破壊するとのことだ。連絡が来るまでは——決して城に近づいてはならんぞ。目は暗闇に慣らしておけ」
「はっ」
「手順を説明する。よく聞くのだぞ」
全員が姿勢を正した。
「日が落ちたら——城の周辺にて身を隠す。通信機に連絡が来たら——四手に分かれて城に近づく」
藤林は続けた。
「城が崩れれば——兵どもは蜘蛛の子を散らすように逃げるはずじゃ。逃げ足が落ち着くまでは、手を出すな」
少し間を置いてから藤林は続けた。
「ただし——武将だけは逃すな。荒木村重が、逃げ出そうとするやもしれぬ」
さらに、忘れずにと念を押した。
「城内に入ったなら——銃床と銃身の延長は外せ。狭い場所では、あれは長すぎる」
才蔵と中忍たちが頷いた。
「城内で荒木村重を見つけたなら——必ず仕留めろ。首を取るのだ」
藤林は続けた。
「それと——地下牢に、黒田官兵衛殿が囚われているらしい。そちらは儂も向かう」
藤林は少し間を置いた。
全員を見渡し、声を張った。
「よく聞け! 我らは今日から——海神衆である。その名に恥じぬよう働け。もはや、名も無き忍びではないのだからな」
誰かが呟いた。
「海神衆——」
その言葉が、全員の胸に響いた。
藤林は続けた。
「存分にやれ。この戦い——後の世まで語り継がれることになるぞ」
「はっ——!」
返事が夜の闇に響いた。




