第68話 先の世では——忍びは大人気です
安土城。天主内の御座所。
信長は、膝を打った。
「それはいい。毛利が村上水軍を使って、前のように本願寺に兵糧を運び込もうとしておるからな。しかも九鬼のやつめ、鉄甲船が間に合っておらん。助力——いや、相談してみてくれぬか」
「では——そのように北沢将軍公にお伝えします」
堀は頭を下げながら、内心で考えた。
(相談しろと言われても、どうしたものか)
「頼む。それと——伊賀衆への詫び料として、一万五千貫をお渡しする」
堀は少し驚いた顔をした。
「一万五千貫も、でございますか」
「北沢将軍公に、これから助力願うのだ」
堀は頭を下げた。
(一万五千貫——いつもながら、決断が早いことよ)
***
武蔵・大会議室。
北沢は全員を見渡した。
「我らは——織田信長殿の天下統一に助力することになった」
北沢は続けた。
「織田家との連絡は伊賀衆を通じて行うことにする。織田殿に通信機を渡してもよいのだが——充電が必要だからな。その辺りは追って考えるとしよう」
北沢は村上の方を見た。
「村上先生——いろいろ、お疲れ様でした」
村上は照れくさそうに頭を掻いた。
「戦国時代で最も有名な人物、織田信長殿に会えましたからな。緊張はしましたが——楽しかったです」
笑いが起きた。
「桐山もご苦労だった」
「私も楽しかったですよ。頭は切れますが、人を惹きつける気さくさもある——そういう人物でした。天下人になるのは、こういう方なのだと思いました」
「とにかく織田殿が、我らが想像していた人物でよかった。ただ気になるのは——私が先の世の将軍と思い込まれていることだ。この時代の将軍とは意味合いが違うからな。妙なことにならなければいいが」
「自衛隊という組織を、あの時代の言葉で説明するのは——どうしても難しいところがありましたので」
「まあ——気にしていたらきりがないな」
田村がうれしそうに口を開いた。
「なんだか、面白くなってきましたな。ただ——隊員たちは出番がなくて退屈しております。それに少々運動不足でもあります」
北沢は、藤林に顔を向けた。
「藤林殿——忍びの体術を指導していただける方を、この船に派遣してもらえませんか」
藤林は少し驚いた顔をした。
「体術を——でございますか」
「田村もそうですが、隊員たちにも学ばせたいのです」
藤林は頷いたものの、内心では戸惑っていた。
(忍びの技など——この時代では、下賤の技と蔑まれているのに)
(先の世の方々は、なにゆえこうも興味を示されるのだろうか)
「教え上手な者を、田村殿のところへ伺わせます」
田村が身を乗り出した。
「隊員たちが大喜びですよ。忍術を学びたいという隊員が多いですから。それと——宝探しも時々させてもらえませんか」
藤林は、思わず尋ねた。
「田村殿——忍びの技でよろしいのですか。この時代では——忍びなど、日陰者の仕事よと蔑まれておるのですが」
田村は、意外そうな顔をした。
「そんなことはありませんよ。先の世では——忍びは大人気です。子供の遊びにもなっていますし、忍びの映画や物語は、日本の外でも大変な人気なのです」
「先の世では、そんなことが——」
藤林は、しばらく言葉を失っていた。
(この話を聞いたら、才蔵たちは大喜びだぞ。早く知らせてやりたり)
込み上げてくるものを、藤林は静かに噛みしめた。
***
北沢は苦笑した。
「田村——堀殿からの連絡を伝えるぞ」
「はっ」
田村の表情が厳しくなった。
「一つ目は——毛利家が村上水軍を使って、本願寺に兵糧を運び込もうとしている件だ。やはり、九鬼の鉄甲船が間に合っていないようで、どうにかならないかと相談を受けた」
田村は目を輝かせた。
「それなら、レールガンを搭載した大和の出番ですね。村上水軍の本拠地に向かい、大型船を片っ端から沈めてきましょう。それで兵糧は運べなくなるでしょうから」
「頼む。レールガンで——港に係留されている大型船を夜間のうちに攻撃してくれ。夜なら大和が見られることもないだろうし、乗船している者も少ないはずだ」
「はっ」
「二つ目は——有岡城の攻略だ。十一月上旬ごろに、お願いしたいと言われている」
田村は張り切った顔をした。
「村上水軍を叩いた後に、有岡城ですね」
北沢は橘を見た。
「橘さん、『最強忍び軍団』の準備は間に合いますか」
「百人分でよろしいですか」
「十分だと思います。城はレールガンで破壊します。最強忍び軍団は、有岡城が崩壊した後の状況確認を行い——荒木村重が生きていれば、捕まえて織田殿に引き渡すのが主な仕事になりますから」
北沢は続けた。
「それと記録によれば——城内の土牢に、黒田官兵衛という人物が幽閉されているはずです。のちに羽柴家の軍師となる男です。人物を見極めてください——救い出すかどうかは、藤林殿の判断に任せます」
藤林は深く頷いた。
「羽柴家は要注意ですからな。承知いたしました」
「三つ目は、良い知らせです。桐山が、織田殿に——伊賀衆が我らの配下になったことをお伝えしたところ、伊賀の領地を我らにお譲りいただけることになりました」
北沢は続けた。
「我らが拝領するとはいえ——我らの本拠は、あくまでこの船です。伊賀を治めるのは、これまでどおり藤林殿にお任せします。何より大きいのは——今後、どの大名からも攻め込まれる恐れがなくなった、ということです」
藤林の目が、わずかに潤んだ。
「それに加えて——信雄殿がやったことの詫び料として、一万五千貫をくれるそうだ。藤林殿、受け取ってください」
藤林はしばらく黙っていた。
やがて、声を絞り出すように言った。
「伊賀は、長きにわたり——下賤なる者として、日陰に生きてまいりました。それが、あの信長様自らの詫びを賜るとは……某の生きているうちに、このような日が来るとは、思いもよりませんでした」
藤林は、深く頭を下げた。
「北沢様——本当に、ありがとうございました」
「伊賀はこれで一段落しますが。今後も、引き続いて我らの配下でいてくださりますか」
藤林は頭を上げた。
「もちろんでございます。我ら、恩人に足を向けるようなことは絶対いたしません。なんなりとお命じください」
***
「それと——我らが攻略する有岡城も、そのままいただけるという話だ。藤林殿、有岡城の面倒も見てもらえないだろうか」
藤林は申し訳なさそうに言った。
「ありがたいお話ですが——我らには、領地を経営する能力はありません。生まれ育った伊賀とは、勝手が違いますので」
北沢は頷いた。
「だが、うちの者たちも同じく無理だと思います。なにせ、この時代のことを、なにも知りませんから」
北沢は全員を見渡した。
「ちなみに——この中で、領主をやってみたい方はいますか」
誰からも手が上がらなかった。
藤林は少し考えてから言った。
「では——領地を経営できる人物を、外から雇い入れるしかないでしょう」
「どこかの大名に仕えていない人物を、探していただけますか」
「承知しました。ですが、少し時間がかかると思います」
「ゆっくりで構いません。ばらばらに壊された城の修復に、相当時間がかかると思いますから」
北沢はふと笑った。
「それにしても——私が、将軍とはな。そうなると、この船は幕府ということになるのだな」
田村が首を傾げた。
「幕府……ですか」
北沢は田村を見た。
「田村、おまえ、幕臣だぞ。侍所所司かな」
「え——幕臣、侍所ですか」
田村はしばらく宙を見上げた。
「悪くない響きですね」
笑いが起きた。
「桐山は、なんとか奉行といったところだろうな」
「奉行ですか、なんかこういう話は楽しいですね」
みんなが面白がっていた。
北沢は藤林を見た。
「藤林殿——あなたも幕臣になりますよ。申次衆とかですかね」
藤林はしばらく黙っていた。
「我ら忍びは——世間から卑しがられる存在。幕臣などと……そんなことが」
北沢は穏やかに言った。
「私自身は、将軍として振る舞うつもりはありません。ですが——織田殿が我らをそのように見てくだされば、世間の目もいずれ変わるでしょう」
藤林はしばらく北沢を見つめた。
やがて——静かに笑った。
(儂が生きているうちに——この国は本当に変わるのかもしれないな)




