第67話 先の世の征夷大将軍でござるか
津田宗伴の屋敷。
村上が再び映像を再生させた。
iPadから北沢が語りかけた。
「我らは——織田家の天下統一に助力します。まずはどこかの城を攻略し、我らの力をお見せしたいと思います。詳しくは桐山とお話ください。では」
映像が終わった。
信長は、しばらく画面を見つめて考えていた。
やがて言った。
「この人物を司令と呼んでいたが——この時代でいえば、どういう地位の人物なのだ」
桐山は、どう説明すべきか考えた。
「我らは、先の世で——日本国を守る軍に属しておりました。この時代でいえば——なんと申せばよいか……」
信長が言った。
「国を守る兵なら——禁裏を守る近衛の武者か、あるいは公方様にお仕えする軍勢——そのようなものではないか」
「禁裏というより、国全体を守る軍の、一番上の位でございます」
信長の目が止まった。
「と、ということは——幕府じゃな。将軍であったか」
「まあ——そのようなものかと思います」
「先の世の征夷大将軍でござるか!」
桐山は答えた。
「征夷というのが——外つ国の兵から国を守るということであれば——そうなります」
信長の目が鋭くなった。
「なんだと——先の世の征夷大将軍が、儂に助力してくださるというのでござるな」
部屋が静まり返った。
堀も思わず桐山をじっと見つめた。
桐山は頷いた。
「そういうことになります」
信長はしばらく黙っていた。
やがて——笑った。
「面白い——これほど、うれしきことはないではないか。そうであろう、堀よ」
信長は、すばやく堀の方を振り向いた。
「堀——どこかに城はないか」
堀は少し困った顔をした。
「そういわれましても——城はいくつもございまして」
桐山が口を挟んだ。
「一つだけ条件がございます」
「なんであろう」
「その城は——海から離れていてはなりません」
信長が桐山を見た。
「なぜじゃ」
桐山は言葉を選んだ。
「我らをこの時代に飛ばした——神が、どうも海の神であったようでして。我らの力は海か、海の近くでしか使えないのです」
信長はしばらく黙っていた。
「なるほど。海の神か。ますます面白い。そう思わぬか、堀」
信長は堀を急かした。
「堀——すぐにだ」
「はっ——しかし、少しお時間をいただけますでしょうか」
「急げ」
堀は頭を下げた。
(急がねばならぬ。今回ばかりは、某の気持ちも急いている)
堀は考えた。
(海から近い城か——)
堀が言った。
「上様——有岡城はいかがでしょう。荒木村重が立て籠もっております。位置は、大坂湾から——二里半ほどです」
信長の目が光った。
「なるほど——村重め、謀反を後悔させてやろう」
信長が桐山の方を見た。
「桐山殿——有岡城はどうか」
桐山は頷いた。
「承知しました。ただし——攻略は夜の間に行います」
「夜か——それは面白い」
「それと——攻撃が終わるまで、織田家の兵は近づけないようお願いします。夜の攻撃ですので、織田家の兵の命の保証はできかねます」
堀が確認した。
「夜の闇では、敵味方の区別ができかねるということですな」
桐山は苦笑した。
「そのとおりです」
堀は桐山に向き直った。
「桐山殿——北沢将軍公との連絡はどうすれば」
「我らの配下となってくれている伊賀衆が、堀殿と連絡を取ります」
信長の脳裏に、一瞬——信雄が伊賀に攻め入ったことがよぎった。
(伊賀者が、なにゆえ——いや、それを今、問うている場合ではない)
信長は、その考えを頭の隅に押しやった。
今はまず——この者たちの力を、正しく見極めることが先だ。
堀は頷いた。
「桐山殿——よろしく頼む」
***
安土城。天主内の御座所。
信長は、堀の方を見た。
その顔には、隠しきれない笑みがあった。
「堀——ついに、天は儂に味方してくれたようじゃの」
めったに見せぬ、心底からの上機嫌だった。
堀は深く頭を下げた。
「そのとおりでござります。先の世の将軍様を遣わしてくださった上に——上様を毒から守り、天下統一の覇業にまで助力していただけるとは」
「であろう、であろう」
信長は、まるで童のように何度も頷いた。
「これで——儂の目指す世が、ぐっと近づいたわ」
堀は、その顔を見つめながら思った。
(このように上機嫌な上様を見るのは——いつ以来であろうか)
(村上殿に、解毒をしていただいて、体が本調子に戻られつつあるのだろう)
信長は声を落として続けた。
「桐山殿は——自分たちが先の時代から来たことは、秘密にしておいてほしいと言っておったの。堀、このことは儂とそなただけの胸に秘めておかねばならぬ」
「はっ」
「もっとも、口を滑らせたところで——儂がおかしくなったと思われるだけだがな」
堀は小さく笑った。
「おっしゃる通りでござる。先の世から征夷大将軍が来たなどと申せば——正気を疑われますぞ」
信長の目が、ふと鋭さを取り戻した。
「今話したところで、誰も信じまい。有岡城で、力を見せてもらうまではな——」
「有岡城の後——であれば、どうなるのでしょうか」
信長は、しばし黙っていた。
「力を見せつけた後は——厄介なやつらが動き始める」
堀は黙って続きを待った。
「その力を利用しようとする者どもが、北沢将軍公を目当てに群がってくるはずだ。とにかく——黙っておくにこしたことはない」
「そのとおりでございますな」
「ところで、伊賀は北沢将軍公の配下になったと、桐山殿が言っておったな」
「左様でございますな。それならば——信雄様が伊賀攻めをされたことも、よく思われておられないかもしれませぬな。なにか、手を打っておいた方がよろしいかと」
「どうする」
短い問いだった。
堀は、その速さに、内心で小さく苦笑した。
(早い答え、早い行動。これこそ——織田家のお家芸か)
堀は急いで答えた。
「まず——信雄様が、再び伊賀に攻め込まぬよう釘を刺しておく必要がございます」
「そうだな」
「それと——伊賀の地は、北沢将軍公にお渡しするのが良いのではないでしょうか」
信長は目を細めた。
「信雄の馬鹿が——伊賀に手出しできなくなるということか」
「そうですな。有岡城の攻略が上手くいきましたら——伊賀の地に加え、有岡城も北沢将軍公にお渡しされてはいかがでしょう。そうすれば——九鬼水軍への助力もしていただけるかもしれませんぞ」




