第63話 それが、あの『本能寺の変』ですか
早川が、そっと手を挙げた。
「我らの支援を受けた、最強忍び軍団が人知れずやったことにすればどうですか。方法については明かせないとしましょう」
全員が早川を見た。
「たとえば——海からあまり離れていない城を、我らだけで攻略すると申し出ます。まず、夜のうちに、大和のレールガンで城を破壊するのです」
早川が説明を続けた。
「城の近くには、事前に忍びの方々百人ほどに潜んでいただきます。破壊した城で、最強忍び軍団が城主を捕らえる。——どうですか。これを一度でも見せておけば、以降は『最強忍び軍団』にしか、織田軍の注意が向かなくなるはずです」
橘が身を乗り出した。
「それは名案ですね。ですが——見栄えも大事ですよ」
「見栄え、ですか」
「自衛隊の服装に、ヘルメットとブーツを合わせてはどうでしょう。ストックが二百人分ほどあります。それらしい出で立ちになるはずです」
田村が、それを聞きながら楽しそうに笑っていた。
「まさに特殊部隊だな。面白くなってきましたね」
橘が続けた。
「南部十四年式の銃口にネジを切り——銃身を延長し、初速と直進性を高めます。火縄銃は丸い弾を、螺旋のない銃身から撃ち出すため、有効射程は五十メートル程度が限界です。こちらの弾はライフリングで回転がかかり、まっすぐ飛びます。有効射程そのものが——火縄銃よりずっと長くなるはずです」
藤林が聞いた。
「懐に入るほど小さい銃が——火縄銃より遠くから狙えるようになるのですか」
「はい。それに——着脱式の銃床も、お付けします」
「銃床、とは」
「銃を肩に当てて構えるための、支えの部分です。普段は外して懐に忍ばせられますが、狙いを定める時だけ取り付ければ——構えが安定し、狙いも格段に定めやすくなります」
藤林は興味深そうに頷いた。
「なるほど——狙う瞬間だけ、大きな武器に化けるというわけですな」
「そのとおりです」
「しかも、先端にサイレンサーをつければ、音がほとんどしません」
藤林は感心したように頷いた。
「それは——忍びにとって、夢のような武器です」
橘が続けた。
「南部十四年式は——横須賀鎮守府からいただいた三百丁があります。弾も十分な数があります。銃撃戦をするわけではありませんから——当面は問題ないでしょう」
北沢が満足そうに頷いた。
「それはいい。ですが、できれば弾はなんとか増産できるようにしたいものですね」
「弾丸の自前製造についても検討を進めておきます。薬莢と弾頭の材料は、堺の市場で調達できるはずです。火薬と雷管については——武蔵の設備を使えば製造できる可能性があります。少し時間をください」
北沢は橘の方を見て頷いた。
「よろしく頼みます」
桐山が言った。
「なんだか——筋道が見えてきましたね」
会議の参加者が桐山に注目した。
「砒素の件——おそらく、羽柴秀吉の企みでしょう」
早川が首をかしげた。
「羽柴秀吉が毒を盛って、それがなんの得になるのですか」
桐山が答えた。
「砒素は、体だけでなく心も蝕みます。織田殿は次第に苛立ちやすくなり、判断力も鈍っていく。そうなれば、配下の武将たちの心も、少しずつ離れていくはずです」
「家臣の心が離れると——どうなるんですか」
「見限られた者から、謀反を起こされる。あるいは、味方であるはずの者にすら、命を狙われる」
早川は少し考えてから、恐る恐る尋ねた。
「もしかして……それが、あの『本能寺の変』ですか」
桐山は頷いた。
「記録によれば、この後、明智光秀の謀反によって、織田殿は命を落とすことになっています。織田殿の変貌と、家臣たちの離反——それらの積み重ねが、その一因になったとも言われています」
「じゃあ——今回の毒の件を放っておいたら、その謀反も、実際に起きてしまうかもしれないってことですか」
「そういうことです。そして——その後、天下を取るのは羽柴秀吉です」
早川は目を見開いた。
「じゃあ、この毒は——最初から、そこまで見越して仕組まれたと」
「断定はできません。しかし、あり得る話です」
北沢が引き取った。
「我らとしては、毒を盛るような人間ではなく——織田殿ご自身に天下を取っていただきたい」
早川は、ようやく合点がいったように頷いた。
「なるほど……。今のまま進めば、織田殿が天下を取る方向に道が開けるわけですね」
藤林が遠慮がちに尋ねた。
「あの生真面目な明智殿が——謀反を起こされるのですか」
北沢が答えた。
「織田殿が砒素中毒でなくなれば、そうはなりません。この話は他言無用でお願いします」
藤林は頷いた。
「もちろんです。まだなにもしていない明智殿に、迷惑がかかりますので」
しばらく沈黙が続いた。
北沢が意を決したように口を開いた。
「近いうちに——織田殿から治療を求める依頼が来るでしょう。そのときに、我らが先の世から来たことを明かしましょう」
田村が心配そうに言った。
「信じてくれるでしょうか」
「そこは、もう心配いらないと思います」
村上が答えた。
「唐瘡を、注射一本で治したのです。あの織田殿なら——すでに、ただごとではないと察しているはずです」
田村はなおも続けた。
「信じてくれたとして——今度は、織田殿がなにを考えるかが問題ですね」
北沢が言った。
「そこは、話をしながら少しずつ腹を探っていくしかない。危険な人物だと判断すれば、織田殿に関わるのはやめて、早々に撤退する。その判断は、桐山に任せる」
藤林が口を開いた。
「織田様にお打ち明けになった際、万一不測の事態に陥ることがあれば——我ら伊賀衆が、命をかけてお守りいたします」
北沢は静かに頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いします」




