第62話 織田殿はどのような人物だと思ったか
武蔵・大会議室。
北沢は全員を見渡した。
「まず——藤林殿、津田宗伴殿と清兵衛殿という、良い患者を見つけていただき、ありがとうございました。おかげで、思いがけない展開になりました」
藤林は頭を下げた。
「才蔵たちの働きでございます」
北沢は続けた。
「実は——その治療の場で、大きな出来事がありました。村上先生から、改めてみなさんに話していただきましょう」
村上が、津田宗伴の屋敷での唐瘡治療についての報告を始めた。
「九鬼家の清兵衛殿の一回目の治療が、無事終わりました」
「それは重畳」
藤林が頷いた。
「ですが——治療の場に、思いがけない人物が来ていたのです」
「思いがけない人物、とは」
「清兵衛殿を心配してついてきたという、作田甚右衛門なる人物が同席していました。その正体は——織田信長本人でした」
藤林の目が、大きく見開かれた。
「まことでございますか」
「はい。清兵衛殿の治療の後——織田殿ご自身にも、体調を気にされるようなご様子が見受けられましたので、診察を申し出ました」
藤林が身を乗り出した。
「織田様の体調は、いかがでしたか」
「その前に、少し肝を冷やす場面がありまして」
村上が続けた。
「診察を申し出た際、隣室の護衛の方々が動きかけたのです。無礼者と斬られるのではと、本当に心臓がどきどきしました」
桐山が補足した。
「織田殿ご自身が制してくださり、事なきを得ました」
北沢が言った。
「それは大変でしたね」
村上は頷いた。
「はい。話を戻しますと——診させていただいた結果、砒素中毒であるとわかりました」
藤林の表情が、険しくなった。
「砒素——それは、まさか」
北沢が引き取った。
「藤林殿からご報告いただいた、安土城での毒の件です。あれは、砒素だったということになります。この時代では『砒霜』と呼ばれる毒です」
「では——某が見た、あの女中が渡していた粉こそが」
「おそらく、そうでしょう」
藤林は低く続けた。
「砒霜という毒は、忍びの世界では、古くから知られております。無味無臭で、少量ずつ盛られれば、まず気づかれません」
藤林は続けた。
「それを使ったとなれば——甚兵衛の報告にあった通り、忍びの仕業と見て、まず間違いないでしょう」
北沢は頷いた。
「他の皆さんには、初めて聞く話だと思いますが——」
そう前置きしてから、北沢は改めて、安土城での毒の目撃と、今回の信長との面会・診察結果について、経緯を順に説明した。
村上が、砒素中毒だと気づいた後のことを説明し始めた。
「その場ですぐに、織田殿へお伝えするのは危険だと判断しました。九鬼殿、清兵衛殿、護衛の武士も同席していましたので。織田殿を廃そうとする勢力に——我らというより、伊賀の方々が狙われる恐れがありました」
桐山が感心したように言った。
「見事なご判断だったと思います」
村上は続けた。
「そこで——紙に『毒 調査』とだけ書き、対処法を記したものに見せかけて、織田殿に渡しました」
「織田殿は——一瞬目が鋭くなりましたが、何事もなかったように紙を折りたたまれました。そして『また連絡をする』と言い残し、足早に安土へ戻られました」
藤林はしばらく黙っていた。
やがて、静かに言った。
「一を聞いて十を知るお方です。安土に戻られたら——すぐに動かれるでしょう」
北沢は桐山の方を見た。
「桐山、織田殿はどのような人物だと思ったか」
桐山はひと呼吸おいて答えた。
「いらいらしたり、機嫌が悪くなったりというのが、砒素の影響であるということであるなら——本来は、身分の境なく気さくに人と交わる方だと思います。これはと見込んだ人材は、思い切って登用する。頭の切れも良く、行動力・判断力も——申し分ない人物と見ました」
北沢は小さく頷いた。
「村上先生——砒素中毒になると、どうなるのですか。初期から末期まで説明してもらえますか」
村上は順に説明した。
「初期は——食欲不振・倦怠感・腹痛・下痢が始まります。この段階では気づかれないことが多いのです」
「次第に——手足のしびれ・頭痛・体重減少が現れます。皮膚に色素沈着が出始め、爪に白い線が走ります」
「さらに進むと——肝臓・腎臓が障害を受けます。神経系への影響で気性が激しくなり、判断力が低下します」
「末期になると——臓器不全・意識障害・死に至ります」
「織田殿の現在の状態は——中期から後期の境目といったところです。これ以上放置すれば——判断力の低下が進みます」
会議室が静まり返った。
桐山が口を開いた。
「織田殿が——我らが期待するような人物だったとして、我らの力をどこまで見せますか」
北沢は少し考えた。
「織田軍とともに戦うよりは——我らは別働隊として、人知れず戦う方がいいかもしれない。たとえば我らだけで、能島村上水軍の本拠地に乗り込み、気づかれぬまま、船をすべて沈めてしまうとか」
桐山が続けた。
「別働隊として動いたとしても——なぜ、どうやって沈めたのか、必ず説明を求められると思いますが」




