第58話 風変わりな医者やな
武蔵・発令所。
藤林殿から連絡が入った。
「繋いでくれ」
「司令、患者が見つかりました」
「ご苦労さまでした。それで、どんな患者ですか」
藤林から、津田宗伴と清兵衛についての一通りの説明が行われる。
「わかりました——津田宗伴殿の治療から始めるのですね。必ず治しますので、その噂を——堺中にふれまわってください。とにかく噂が大事ですから」
藤林は思わず笑った。
「九鬼殿の耳に入るよう、堺中の噂にしてみせます。もちろん安土城下にもしっかりと流しておきます」
「頼みます。噂を聞いて——九鬼方から連絡があればしめたものですね」
藤林が自信を持って答えた。
「九鬼嘉隆殿は——織田様の耳目となっている方です。清兵衛殿を治せば、必ず安土に届きます」
「ぜひそうなってほしいものですね」
(宗及が宗伴か。やはりパラレルワールド、微妙にずれているようだな)
「そうなるよう頑張ります」
北沢は思わず笑った。
「忍びの仕事というのは——なかなか興味深い仕事ですね」
藤林は少し照れたように答えた。
「情報を操ること——それが、某らにとって一番得意な仕事でございます」
***
堺。薬草屋。
薄暗い店の奥に、小さな部屋があった。
津田宗伴は部屋の入り口で足を止めた。
宗伴は半信半疑だった。
(こんな小さな薬草屋の奥に——名医などいるんやろか)
大坂屋宗兵衛からの紹介でなければ、とうに帰っていただろう。
それに——治らなければ代金はいらない、という話も気になっていた。
(『お気に召さなければ、代金はいらない』——儂も駆け出しの頃、そう言うて品を売り込んだもんやったな。そこまでいうなら治してもらおうか)
宗伴は覚悟を決めて部屋に入った。
白い奇妙な服を着た男が、宗伴を迎えた。
髪が中途半端に短かった。
総髪でも剃髪でもない。
(医者は総髪か剃髪と決まっておるんやが——)
(噂通り、風変わりな医者やな)
助手の女も同じように、髪が中途半端に短かった。
(尼寺にでも入っておったのやろうか)
村上は穏やかに笑いかけた。
「津田宗伴殿ですね。よくいらっしゃいました。お座りください」
宗伴は座った。
「単刀直入に聞かしてもらいます——唐瘡は——ほんまに治るんですか」
村上は頷いた。
「治ります。ご安心ください」
「今まで、何人もの医者にそう言われてきたんやが——」
宗伴の声が、わずかに沈んだ。
「祈祷師にも拝んでもろた。水垢離もした。効くと言われた膏薬は——ひと財産使うたわ。それでも、ちっとも良うならん。むしろ、日を追うごとに悪うなる一方や」
宗伴は、自嘲するように小さく笑った。
「もう、誰の言葉も信じられんようになってな」
村上はその言葉を、黙って聞いていた。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「信じていただかなくても——結果でお示しします。某は——治ると確信しております」
その言い切り方に、宗伴は少し目を見張った。
これまでの医者は、皆どこか歯切れが悪かった。「おそらく」「きっと」——そんな言葉ばかりだった。
この男は、迷いなく「治る」と言いおった。
宗伴の中で、何かがわずかに動いた。
(自信があるのやろな。いいじゃないか。信じてみるか)
「某らの薬は——今まで受けてきた治療とは、まったく違います」
宗伴はしばらく村上を見つめた。
「わかった。任せましょ」
「では——そちらに横になってください」
宗伴が横になった。
水島が素早く動いた。
大きめの注射器がトレーに並んだ。
宗伴がトレーの上の道具を見た。
「なんや、その針は」
村上が説明した。
「注射と申します。この針を——腕に直接刺して、薬を体の中に入れます。すぐに体の中に薬が広まり——唐瘡を治し始めます」
「腕に、その針を刺すのか……」
宗伴は眉をひそめた。
「痛いのか」
「少し痛みますが——すぐに終わります」
宗伴は目を閉じた。
針が刺さった。
「……む」
少し間があった。
「終わりました」
「もう終わりか」
「はっ。これで終わりです。ただし——発疹が出ているということは、少し進んだ状態です。念のため、数日後にもう一度来ていただけますか」
「また来るんか」
「二度か三度来ていただければ——確実に治ります」
宗伴は起き上がろうとした。
「注射の後——しばらくここで休んでいただきます」
「どれくらい休むんや」
「四半刻ほどです」
宗伴は少し驚いた顔をした。
「四半刻だけか。それで帰れるんか」
「ただし——帰られてから、発熱や悪寒が出ることがあります。しかしこれは——薬が効いている証拠ですので、慌てずに横になっていてください。一日もすれば治まります。もちろん飲酒はだめです」
「なるほどな」
宗伴は静かに横になった。
しばらくして、村上が穏やかに言った。
「数日もすれば——体が楽になってくるはずですから」
「本当に治るんか」
「治ります。治らなければ——一文もいただきません」
宗伴はしばらく黙っていた。
やがて四半刻が経ち、立ち上がった。
「面白い医者だな。名前は何という」
「村上と申します」
「村上——覚えとこ」
宗伴は薬草屋を出た。
(本当に治るものかな——)
しかし——その足取りは、来た時より少し軽かった。




