第53話 みんな——よく生きていてくれた
武蔵・医務室。
才蔵は少し表情を硬くした。
「もう一つ——お伝えしなければならないことがございます」
藤林が才蔵を見た。
「なんじゃ。まだ、なにかあるのか」
才蔵は一拍置いてから、口を開いた。
「北沢司令が言われるには——三年後に、織田家が総兵力五万の大軍で、もう一度伊賀に攻め込み、伊賀は壊滅するのだそうです」
藤林の顔色が変わった。
「なんだと!」
「先の世の記録に、そう記してあるそうです」
「なぜ、そんなことに」
藤林は拳を握りしめた。
「ですが——北沢司令は、そうならないようにすると言われました。現在、某とは別に、北畠家・安土城・堺の九鬼衆を調べに、源次、甚兵衛、弥助が向かっています」
藤林はしばらく黙っていた。
(三年後に伊賀が壊滅する——)
(残った伊賀の者たちを——まだ死なせるわけにはいかない)
やがて言った。
「そんなことなら——北沢司令に協力するどころか——北沢司令の配下として動かねばなるまい」
才蔵は深く頭を下げた。
「ありがとうございます、藤林様」
「才蔵——その北沢司令に、儂を会わせてくれ」
「はい。きっと喜ばれます」
「ですが、その前に、この船で世話になっている者たちに顔をみせてあげていただけませぬか」
藤林は頷いた。
「そうだな。まずはそちらが先だ」
***
武蔵・食堂。
才蔵に付き添われた藤林が、ゆっくりと入ってきた。
最初に気づいた者が声を上げた。
「藤林様——!」
食堂にいた伊賀衆が、一斉に振り返った。
男も女も——その場に跪いた。
藤林は全員をゆっくりと見渡した。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて藤林が言った。
「みんな——よく生きていてくれた」
その声が、静かな食堂に響いた。
「伊賀で生き残った者たちは、山奥に逃げて暮らしておる。数百名はいるだろう。心配するな。必ず体制を立て直す。山に残っている者たちが飢えることがないよう——儂が必ずなんとかする」
中忍の一人が顔を上げた。
「藤林様——お怪我の具合はいかがですか」
藤林は笑った。
「この船の名医のお陰で、じきに元気になる。心配するな」
食堂が、静かなざわめきに包まれた。
「良かった——」
「藤林様がご無事で——」
「これで伊賀は——」
若い下忍の一人が、涙をこらえながら言った。
「藤林様、某の親父は——伊賀に残ったまま、まだ行方がわかりません」
藤林の表情が、わずかに曇った。
「名は」
「五平と申します」
「五平か……。すまぬ、今はまだわからぬ。だが、必ず捜し出す。約束する」
若い下忍は、唇を噛んだまま頷いた。
才蔵はその様子を、少し離れたところから見ていた。
(藤林様を支え、伊賀の山に隠れている者たちを早くなんとかしないと)
***
北沢が食堂に入ってきた。
才蔵が藤林の方を見る。
「藤林様——この方が北沢司令です」
藤林が跪いた。
それに合わせ、伊賀衆たちも再び跪いた。
「この度は——自身も含め、伊賀の者たちをお救いくださり、伊賀を代表してお礼を申し上げます」
北沢はゆっくりと頷いた。
「みなさん、顔を上げてください」
穏やかな声で北沢が続ける。
「今は食事の時間でしたね。私たちがここにいては、みなさんが食べにくいでしょう。藤林殿は才蔵さんと一緒に来てください。別の部屋に移動しましょう」
***
武蔵・大会議室。
いつものメンバーに加えて、村上医師が座っていた。
向かいに藤林と才蔵が座った。
村上が言った。
「藤林殿、体調はいかがですか」
「お陰様で——痛みもなく。医師殿のお陰です」
「それは良かった。後で薬をお渡ししますので、必ず飲んでください。丈夫な体をしておられましたから——すぐに良くなると思いますよ」
藤林は立ち上がり、深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
村上は照れくさそうに手を振った。
「これが仕事ですから」
北沢が言った。
「お二人ともお座りください。大事なお話をさせていただきます」
藤林は座った。
「才蔵から聞きました。今後——伊賀は北沢司令の配下となります。儂のことは藤林と呼び捨てにしてください」
北沢は首を振った。
「そうはいきません」
才蔵を見た。
「才蔵、伊賀では藤林殿を、なんとお呼びするのですか」
才蔵が少し考えてから答えた。
「頭領と呼んでおります」
北沢は藤林を見た。
「一つ、提案があります」
「なんでしょう」
「伊賀衆の前では——藤林頭領とお呼びします。そうでない時は——藤林殿とお呼びしてよろしいですか」
藤林は少し間を置いた。
「儂のことは気にせず、好きにお呼びください」
「では——そうさせていただきます」
藤林は北沢を見た。
「北沢司令、一つ伺いたいことがあります」
「なんでしょう」
「先ほど才蔵から、三年後に伊賀が壊滅すると聞きました。それを防ぐために——我らは、具体的に何をすればよいでしょう」
北沢はしばらく考えた。
「まずは調べる必要があります。すでに何名かの忍びに、調査をお願いしています。その結果を踏まえて、藤林殿の考えをお聞きしたいと思っております」
「なんでもお申し付けください」
「ありがとうございます。まずは傷を治してください」




